土曜の朝

○ 衣原家・リビング(朝)

   LDKの縦長リビング。

   衣原明日香きぬはらあすか(9)、テーブルの窓際席に座っており、窓の外を見ている。

明日香「今週は日本だね。先週はインドで、先々週はイタリア」

   衣原みどり(34)、窓際に立ち、悩ましげな表情で外を見ている。

みどり「(溜息)どうしちゃったのかしら、花。いつも金曜の夜よね……」

   衣原雅人まさと(36)、明日香と対峙したテーブルの席に着き、新聞を広げてい

   る。

雅 人「幼稚園で嫌なことでもあるんじゃないか、金曜に。明日香、何か聞いてない

    か」

明日香「さあ。世界地図を完成させたいだけなんじゃない?」

雅 人「(溜息をつき、みどりに)休み明けにでも先生に聞いてみろよ」

みどり「そうねぇ」

明日香「……(無言で訴えるような眼差しで、雅人とみどりを見やる)」

   と、衣原花(5)が入室。

 花 「あー! 見ちゃだめぇ!」

   花、窓に駆け寄り、カーテンを閉める。


○ 衣原家・庭

   家のリビングに接地している庭。

   物干し台に敷布団が干されてある。

   敷布団には、日本地図のようなおねしょの染みがある。

みどりの声「花、カーテン閉めたら暗くなっちゃうでしょ~」

花の声「だってぇ~……」

みどりの声「誰も見ないから」

   リビングの窓のカーテンが開けられる。


○ 同・リビング(日中)

   みどり、テーブルでノートパソコンを操作している。

   画面は、アパートの賃貸紹介サイト。

   花、みどりのそばに来る。

 花 「お母さん、いっしょに遊ぼう」

みどり「ごめんね~、今忙しいの。お父さんに遊んでもらって」

   花、しょんぼりした表情。

     ☓   ☓   ☓

   雅人、ソファに寝転び、テレビのバラエティ番組を見ている。

   花、雅人のそばに来る。

 花 「お父さん、いっしょに遊ぼう」

雅 人「お父さん疲れてるんだよ。お母さんに遊んでもらいなさい」

   花、ムッとして雅人の体を揺さぶる。

 花 「遊んで、遊んで!」

   雅人、花の手を払うように寝返りをうつ。

雅 人「おねしょする子とは遊んであげませ~ん」

 花 「……(ハの字眉で雅人を見つめる)」

   と、明日香が花の肩を叩く。

明日香「(笑顔)お姉ちゃんと遊ぼう」

   明日香はドールハウスを手にしている。

 花 「(嬉しそうな表情)」

     ☓   ☓   ☓

   床に置かれ、開かれてある二階建てのドールハウス。小脇に明日香と花が座っ

   ている。

   依然、みどりはテーブルに、雅人はソファにいる。

   明日香、擬人化されたウサギの人形(父ウサギ)を手にしている。

明日香「お姉ちゃんはお父さんウサギの役をやるから、花はお母さんね」

   と、花に、母ウサギの人形を渡す。

 花 「うん(と、受け取り)。どうするの?」

明日香「(ニッと笑い)すぐわかるよ」

 花 「?」

     ☓   ☓   ☓

   明日香、父ウサギを酔っ払っているように動かしながら、ドールハウスの玄関

   から家の中に入れる。

明日香「(大気な声で)お~い、母さ~ん、帰ったぞ~。お父さんのお帰りですよ

    ~。ヒック」

雅 人「?(ドールハウスの方を見る)」

 花 「あ、わかった!」

   花、ドールハウスのリビングから、母ウサギを父ウサギの元に動かすと、憤っ

   ているように激しく上下させる。

 花 「(人が変わったかのように)お父さん! 今何時だと思ってるの?」

みどり「?(ドールハウスの方を見る)」

明日香「んあ? 九時かなぁ~、ハハハッ」

 花 「もう夜中なの夜中! 静かにしてよ、子供たちが起きちゃうでしょ!」

   ドールハウスの二階は子供部屋で、ベッドが二つあり、ウサギの人形(姉ウサ

   ギと妹ウサギ)が寝ている。

明日香「はいはい、静かにします、静かにしますよ~。ヒック」

 花 「そんなに酔っ払って、遅くまで飲んで」

明日香「仕方ないだろ? 週末の付き合いってものがあるの」

 花 「毎週毎週じゃない! たまには早く帰って来れないの!?」

明日香「わかった、わかった。怒鳴るなよ」

 花 「いつもいつも、わかったって、全然わかってないじゃない! それに、あな

    た、本当に――」

   と、ソファの雅人、テーブルにいるみどりに向かって、

雅 人「(半ば動揺しつつ)か、母さん、見つかった……?」

みどり「(同じく動揺しつつ)……え?」

雅 人「ほら、今日、遊園地行くからいろいろ調べておくって言ってただろ?」

みどり「(意図を察し)あ、うん。見つかったわよ、いいところ」

   みどり、アパートの賃貸紹介サイトを開いているノートパソコンの画面を閉じ

   る。

 花 「(元の調子に戻って)遊園地!? 今から行くの?」

明日香「……(うつむいている)」

雅 人「そ、そうだよ。なあ、母さん」

みどり「そ、そうそう。準備しなくちゃね、花、いっしょに支度しましょう」

   みどり、花を連れて退出。

明日香「……(依然、うつむいている)」

   雅人、明日香の隣にゆっくり歩み寄ると、優しくポンポンと頭を撫でる。

   明日香の瞳から涙が一粒落ちる。

   その涙が、ドールハウスの二階のベッドで寝ている妹ウサギの掛け布団上に落

   下し、染みこむ。


○ 同・外観(夜)

   夜空に星と月が浮かんでいる。


○ 同・リビング

   誰もいない暗いリビング。

   床にドールハウスが開かれて置かれてある。

   と、ドールハウス一階の室内灯と、おもちゃのテレビが点く。


○ ドールハウス・一階

   リビングのテーブルに、母ウサギ、姉ウサギ、妹ウサギが座っている。

   テーブルにはおもちゃの食事が並んでいる。

   擬人化ウサギの人形が生きているように動き出す。(ストップモーション撮

   影)

妹ウサギ「まだ食べちゃダメ?」

母ウサギ「う~ん、もうちょっとまってね」

   姉ウサギ、テーブルに、もう一人分の料理がのっているのを見て、

姉ウサギ「……今日、金曜日だけど?」

   と、

父ウサギの声「ただいま~」

   父ウサギ、玄関からリビングに来る。

妹ウサギ「お父さん! お帰り!」

姉ウサギ「――(驚いたように父ウサギを見る)」

   妹ウサギ、父ウサギに駆け寄って抱きつく。

姉ウサギ「――(父ウサギから母ウサギに視線を移す)」

母ウサギ「――(姉ウサギにウインクしてから、父ウサギに)お帰りなさい」

姉ウサギ「(嬉しそうな声で)お父さん遅い。ごはん冷めちゃうよ!」

   父ウサギ、妹ウサギを抱きかかえてテーブルにやってくる。

父ウサギ「お、美味そうだな~。やっぱり母さんの手料理が世界一だな」

母ウサギ「(嬉しそうに)はいはい、ちゃっちゃと座って、食べますよ」

   四匹のウサギ人形が席につく。

四匹のウサギ「いただきます」


○ 衣原家・庭(朝)

   何も干されていない物干し台。


○ 同・リビング

   窓際に立って外を眺めている明日香、口元をゆるめ、微笑む。

   台所からみどりの声。

みどりの声「明日香、ごはんできたから運んでちょうだい」

明日香「は~い」

   と、台所に向かっていく。

   リビングの片隅に、閉じられたドールハウスが置かれてある。


○[タイトル]『土曜の朝』


[END]

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【シナリオ】 土曜の朝 のうみ @noumi

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