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 この日、佐藤警部ひきいる第3係は午後2時半に出勤し、翌日の午前10時まで勤務する「第二当直」に当たっていた。

 巡回の前に拳銃、警棒、手錠などの装備と服装の点検が行われ、地域課課長の簡単な注意報告に入る。その場で新宿西署の講堂に、特別捜査本部が設置されたことを告げた。

 司法解剖の結果、南野佳織の遺体の太腿に多く残された注射痕のうち、いくつかの孔は本人では打つことの出来ない角度から作られたものと判明した。少女の死の可能性を認識しながら、大量の薬物投与は未必の故意に当たるという解釈により、殺人事件としての捜査が開始されたとのことだった。

「被疑者として浮かび上がったのは、かねてから無認可の性風俗営業を疑われ、生安課が睨んでいた男だ。家出人の少女を多く擁していると推測され、今後とも歌舞伎町の周辺に出没する可能性がある。十分に警戒してもらいたい」

 課長がしめくくると、黒い革のコートをまとった第3係は号令とともに、地域課の会議室を出た。真壁が同僚の落合諒介と出ようとしたところで、呼び止められた。

「真壁、ちょっとコッチへ」

 地域課課長代理の上岡英昭だった。真壁を歌舞伎町交番に引っ張ってきた人物だった。

 上岡は自分の机の上に置かれたファイルを開き、写真を1枚取り出した。

「これは特捜本部から借りてきたものだ。この顔に見覚えはあるな」

 真壁は写真を手に取る。被写体は金色に染めた短髪に、同じ色と長さの髭を顎一面に生やした30代ぐらいの男だった。

「銀色のステーション・ワゴンの持ち主です。間違いありません」

「確認できたら、それでいい」上岡はうなづいた。「有村は優秀なんだが、少し抜けてるとこがある。人の顔をよく覚えられんらしくてな」

 真壁は写真を手にしたまま、言った。

「この男の名前は・・・?」

 上岡は訝しげな顔をし、ファイルに眼を通した。

「知りたいのか?ええっと・・・窪田惇一というそうだ」

「ワゴンには、大量のヤクがありました。どこから仕入れてるんでしょうか?」

「この資料によると・・・コロンビアからヤクを輸入してるブローカーがいて、そいつから仕入れてるらしいな。で、そのブローカーは吉澤会系の暴力団とつながりがあるとされている」

「では、特捜本部の狙いは窪田じゃなく、ブローカーと吉澤会系暴力団・・・?」

「まぁ、そうだろうな」

 真壁は写真を上岡に返した。上岡は声を低くした。

「不服そうだな?顔に出てるぞ」

「いえ・・・」

「いいか、これは捜査員の仕事だ。制服警官の出る幕なんて、ないぞ」

 真壁は無意識のうちに、低い声で返していた。

「やるべきことをやるだけです」

 署の玄関に向かいながら、真壁は途中で立ち止まり、眉間に手をやった。さっき上岡が言っていた「窪田惇一」という名前。窪田の顔の記憶と名前が具体的に結びつき、脳裏に焼けつくような焦燥が増していくのを、真壁は感じていた。

 署の玄関で、落合が待っていた。コートの肩に留めた無線のダイヤルを回していた。

「どうしたんです?」真壁が言った。

「さっきから、署活系の無線がうるさいんだよ。今夜あたり、何か動きがあるかのかもしれんな」

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