第1話 司令官との一悶着
紅い空は人間に悪影響を及ぼす。身体の一部を機械にして、その気体を人間が吸っても安全になる様に浄化しなくてはらない。未来の科学だからこそ実現できた内臓などの完全機械化。デメリットも苦しみも少なくこの処置を取るのは、人間を家畜として飼いならすためなのか、ただ単に働く人手が減るといけないから、どんな下級の生物だろうと処置に手は抜かないということだろうか。
3つのボール状の目玉のようなものが頭部についた、輝く銀色が不気味な二足歩行の巨大な人型機械、通称平和の証「ジャライト」のコックピット内で、改造され鋼鉄と化した両腕を見ながら、青年「水無月ミナヅキ ワタリ」は心の中でそんなことを思う。
人間と言う種族が奴隷として扱われるこの社会で、ワタリは他とは違う使われ方をしていた。元は、パーチェの貴族、ロッドワルト侯爵という、小さな街とその周辺の地域を治める王様のような立場の人物の使用人として使われるはずだったのだが―――
「―――っと、オストレリアエリアに入ったか。こちらミナヅキ、本部へ応答願う」
コックピット内に設置された小さなディスプレイに、アラームと共に表示された「Cross-border」の文字を見て、別のエリアに入ったことを知る。この場合、別のエリアと言うよりは自分の所属しているエリアだが。
『お帰りなさいワタリ、お待ちしておりましたわ』
「ミティア様!?何故、軍の基地に…いえそれよりも何故通信を取っているのです」
『奴隷如きが気にすることでは無くってよ。さぁ、急いで御帰りになってくださいな』
「…了解」
応答が来たのは良いが、その相手は女性であった。しかも、ワタリが仕えているロッドワルト侯爵の娘である「ミティア・ロッドワルト」の声である。
オストレリアエリア内部に存在する街とその周辺の土地を治める貴族の娘が、軍の基地にいて、しかも通信を受けるとは流石にワタリも予想外だった。
奴隷呼びされたことで、少々ミリ単位で残っている人間としての反抗精神が沸きたてられるも、それを声色に重ねないように、小さく、低い音程で返す。
そう、彼に人間としてのプライドや精神はミリ単位でしか残っていない。人間でありながら、パーチェという種に完全に忠誠を誓い、それで待遇が良くなることなど無いというのに、パーチェと国のために尽くしたことによって、奴隷としての精神が勝ってしまったようだ。
「…今日暴れてたのも、人間か。どうして、どうしてあんなことまでして…」
しかし、同族を殺めてしまうことには抵抗を捨てきれない。行動に躊躇いの色が現れていなくても、ただそれが現れる前に行動してしまうだけで、後悔の念などを消すことができない。
人間のレジスタンスによる「ジャライト」強奪事件、その被害を見たワタリは、自分達の自由をかけて戦う人間より、平和を破壊されたパーチェの民を選んだ。この時の彼は、機体強奪の犯人の人間を、深く憎悪していた。
先に人と言う種から平和を奪い、文化を奪ったのはパーチェのはず。それでも、やはり悲惨な光景を見れば、どちらが悪かなど、瞬時に判断することはできない。
「それに、そんな文化を奪うとかなんとかなんて、もう100年前の話だしな。共存の道を進めたら一番いいんだけど」
機体に揺られながら、事件の事や世界のことを考えている間に、基地が見えてくる。信号を出して、着陸を誘導している。
「本部へ、これより帰投します」
『了解。機兵No.3323ワタリ・ミナヅキ、貴様は帰投後、指令室に出頭せよ』
「…はい、了解しました」
―――今度はミティア様じゃないのか
ワタリは先程ミティアが通信に出たことには驚いただけで嫌というわけでは無かった。別にミティアの事を想っているわけでもなく、ただ、冷たく蔑むような上流階級の軍人の声よりはよっぽどいいというだけだ。
「誘導確認、感謝する」
機体が誘導され、格納庫へと収納されると、機体と自分自身を繋ぐプラグが自動的に腕から外れ、電源がオフになる。パーチェはこのジャライトを特別な認証なしで動かせるが、人間が使う際は、改造を施した機械部分を、コックピットにあるプラグコードで接続しなければ動かすことができない。
中枢神経と直接リンクして、動きや反射をしやすくするためらしい。
コックピットが開いたので、下に降りるためのロープを垂らす。しかしここで上司パイロットなどは嫌がらせを仕掛けてくる。
ロープを揺らしたり、切ったり。酷い時は、機体を後から収納するふりをして体当たりを仕掛けてくる。
基地内で機体同士をぶつけてまで嫌がらせによる被害を大きくしたいと考えてるあたり、よっぽど人間が嫌いなのだろう。
「お、奴隷兵士様のお帰りかァ」
「他の人間を売って軍に入ってきたクソ野郎が」
いつもワタリに陰湿なイジメをしかけてくるパーチェの騎士階級パイロット、いわば上司だ。
犬耳犬鼻の釣り眼の者と、猿のような丸い耳とリーゼントが特徴的な者で、前者がラルフ、後者がゴッズと言う名だ。
嫌がらせの質もさることながら口での罵倒も学生レベル。地味に心に響いてくるが、折られるほどのものではない。しかし頻繁なのが苦しい点である。
「今日はロープを揺らさないのですね。手加減をしてくださってるんですか?」
「はぁ?話しかけてくんなよな奴隷風情が」
「そうだ、俺達は騎士、お前はお情けで機体を使っているゴミだ」
―――本当に学生しか言わなそうな暴言だ
一応相手は、ワタリからすれば格が上の上なので、表情にも声にも出さないが、内心では苛立ちを募らせている。
「私は、急ぎ司令室に向かわなくてはならないので、失礼します」
「おっと行かせねぇ」
ゴッズが無駄に長いリーゼントを揺らしながら道を塞ぐ。後方にはラルフが、腕を鳴らしながら構えている。囲んだつもりだろうか
「何故でしょう?」
「お前をここで足止めすりゃ、遅刻ってことでお前は処分されんだろ」
「そうだそうだ、人間と同じ基地にいて同じ機体使ってるって考えると毎日鼻から糞が出そうになんだよ!」
二人はここでワタリを処分してしまうつもりらしい。確かに、邪魔をされていたことが事実でも、人と言う身分では話は通らないだろうし、何より格上であるラルフとゴッズを理由に使うことはできない。
―――だったら!
「ッはぁ!」
「なっ!?」
「飛び越えたァ!?」
相手に捕まれないように、高く、走り高跳びの要領で身体を曲げて、頭上を超える。
それに驚き、数秒間硬直したイジメ騎士組2人が「待て」というのも聞かずに、道を走り抜ける。
これならば、無礼を働いたという事実も証拠もない。立場を振りかざされ強引に話を進められればそれまでだが。
追っては来ない、彼等の身体能力なら追えばワタリなどあっという間に捕まえられるというのに、それをしないということは、諦めたのだろう。
「まったく、厄介な先輩方だ」
誰にも聞こえないように呟くと、走りを緩めて、徐々に普通の歩行へと戻していく。
―――――
ワタリは最近、司令室によく呼び出されている。
人間と言う、いつ裏切ってもおかしくない身分と立場にあるはずが、自分達を虐げているパーチェのために戦っていることが信じられないのか、尋問のようなもほぼ毎日行っており、その内容はどれも殆ど同じだ。
何のために戦うのか、何故我々の民を守るのか、目的は何なのか、など、質問の数は少なくとも、返答に困る質問が多い。
水無月 ワタリという人間は、自分の行動理由が明確に定まっていない。ただ、今の平和を守りたいと言うばかりで、先を見て動いているわけでもなければ、別段パーチェを守りたくて戦っているわけではない。彼が守りたいのはあくまで平和であり、それを脅かすのならば相手の種族など関係はないのだろう。
しかし、毎度毎度同じ質問に同じ答えを返していれば、立場の弱いワタリの方が一方的に疑われる。自分が同じことしか聞いていないにも関わらず、理不尽に。
しかし、解放されるまではそれを続けるしかない。それ以外に応えなど無いのだから。
重々しい司令室のドアの前に立つ。陰鬱な気分を無理やり押し込んで、そのドアをノックする。
「ワタリ・ミナヅキ、機兵No.3323。召集に応じ、参上いたしました!」
「入れ」
いつもの司令官の低く冷たい声。奴隷階級はおろか、全ての低階級を見下すような、蔑んだ目。正直正面に立っていると足が震える。
恐る恐る、それでいてそれを悟らせないよう、ゆっくりと扉を開く。
「失礼いたします」
「貴様を呼んだのは、いつもの問いかけをするためではない」
「そうですか、では、どういったご用件でしょうか?」
冷静に言葉を返すが、内心は尋問が無いことに安心している。
「まずは戦果報告をせよ」
「了解しました。今回の任務で向かったアッフェリカエリアでは、暴徒が軍事基地のジャライトを1機強奪し、街を破壊していました。機体は奪取されるのを止めるためか、着いた時には既に半壊しておりました。私はナイフによる近接戦闘で、コックピットのみを破壊し、機体のフレームは保持できました」
「ご苦労」
元々、任務の内容は、別エリアの暴徒鎮圧に強制介入せよという滅茶苦茶なものだったが、他の任務を投げだしてでも介入すべき状況にあったアッフェリカと呼ばれるエリアの小国。一撃で任務を終了させたとはいえ、人間が乗っているコックピットにナイフを突き刺すまでに、どれほどの葛藤をしただろう。
「では本題に入る。貴様は、12年前のレジスタンスメンバーにいた人間の息子らしいな」
「…そうですが」
「否定はしない、か。なるほど、では貴様の目的は評価を上げておいて、いつか裏切るということか。手の込んだ作戦だな」
「私と父は関係ありません!父は愚かな人間だった、レジスタンスなんか立ち上げて…無駄だというのに」
「そうやって私の前ではパーチェの味方を気取って、最後には裏切るのだろう?レジスタンスも巧妙な手口を使うようになったものだなッ」
そうだ、ワタリの父はレジスタンスで、最初から最後までパーチェに従うことはせず、死に際までその恨みを語っていた。
ここで述べているように、彼は父を嫌ってはいないが、全うな人間だとも思っていない。だが相手は人間ではなくパーチェ、自分たちの上に立つ存在であり、別種の生物だ。言葉では信用してもらえないだろう。
「では今までの私の戦いは、国への献身は、全てレジスタンスの作戦のためであると?」
「奴隷風情が。まぁいいだろう。その通りだとも、貴様は今まで父親がレジスタンスであったことを報告しなかった」
「それは…」
言葉に詰まる。確かにこれは、事前に報告しなかった自分の責任かもしれない。
「それは、何だ?言えぬのだろう。それはそうだろうな、なぜなら貴様は父の遺志を継ぐ卑劣なレジスタンスなのだからな」
「そんなはずはありません!ではなぜレジスタンスである筈ぼ私が、同じレジスタンス達を殺さねばならないのです!?」
「貴様等卑劣な人間はもはや手段など択ばないのだろう。信用のためなら命も投げだすし、それを喜んで刈り取る。自滅の道を辿っていることにも気づかずな。実に滑稽だ」
最早、こうなってしまった相手には何を言っても無駄だ。流石のワタリもこんな事態になることは想定外だっただろう。焦りから、大粒の汗を流しながら言葉を捻りだそうとする。だがきっと、いくら考えて出した言葉も、簡単に跳ねのけてしまうのだろう。最後には双方滅茶苦茶な理論を飛ばし合い、権力のある方が、権力の力で勝利するのだ。
「少々お待ちになってはどうかしら?司令官様?」
「誰だ!無礼であるぞ!」
「その声は…」
このピンチを救う天使が現れたと思った。
開いた窓から吹く風が、蒼いロングの髪を撫でる。風に当たってくすぐったいと言うようにピコピコ動く狐耳が愛らしい。顔立ちは限りなく人間型だが、それを人間と表現するには足りないほどの美しさを持つ。そして華奢な身体を包む白いドレスは、彼女の美しさをこれでもかと言うほどに引き立てている。
そう、現れたのは、ワタリが使用人として仕えているロッドワルト家のお嬢様、ミティア・ロッドワルト、その人であった。
「ミティア様、何故ここに」
「奴隷風情が聞いて良い事情では無くてよ。それより司令官様、無礼なのはどちらかしら?」
「ロ、ロッドワルト侯爵の娘様でしたか…これは失礼を…」
いつもは上から押さえつけるような雰囲気を出していた司令官が、いきなり低い位置にいる者に見えてしまう。これが貴族制による階級の力か、と、関心半分疑念半分で見るワタリ。
ミティアは「ふん」と鼻で笑うと、靴音を鳴らしながらワタリの隣へと移動する。
「確かにワタリは、下の下の階級の奴隷ですわ。この世界への不満も、必ずある。更に親がレジスタンスだなんて、生まれも育ちも最低ですわね」
「そうです、こんな奴が軍いいれば、いつかきっと」
「裏切る、とでも言いたいのでしょう?でも生憎、こんな奴隷風情に裏切りなんて大それた行為ができるとは思えませんわ」
「ミティア様…」
二人の会話を聞いていると、ワタリが集中して蔑まれているようだが、ミティアはさりげなくワタリを補助している。
不敵な笑みを浮かべたまま、隣の奴隷に目もくれず軍の司令官と対峙するお嬢様は、とても凛々しく、強さを持っていた。
「し、しかし、ですな!そんな憶測で話をしていては、もしもの時に」
「もしもの時は機体ごと吹き飛ばすように爆弾でもなんでも仕掛ければいいんですわ。臆病なのね、司令官様」
「なッ!?ン゛ンッ、とにかく、いくら貴方様が侯爵の娘であっても、軍のことはこちらで決めなくては」
臆病、という言葉が気に障ったのか、一瞬だけ部下たちに見せるような怒気の籠った表情になるが、なんとか咳払いをすることで抑える。
「私はワタリという奴隷の飼い主ですわ。だからこそなんでも知ってますの。ワタリは、一度忠誠を誓ったものから離れていくことはありませんわ」
「……」
ミティアの話に言葉を失うワタリ。司令官はぐぬぬと唸って握り拳を作っている。
ここで人間の青年は自分で自分に問いかける。水無月ワタリという人間は、忠誠を誓ったら必ず裏切らないと、はっきり肯定できる人間か?
答えはNOでもありYESでもある。必ずしもこうである、なんてものはこの世に存在しない。よほどのことがない限り離れたりしないが、そのよほどが起こってしまえば、その時点でアウトだ。
だが、少なくとも、今ここで裏切ろうなどと考えてはいないし、何より、ミティアの言葉を無駄にすることはできない。
「…!私、ワタリ・ミナヅキは、レジスタンスとの繋がりは一切ありません、その上でこの国に、この世界に忠誠を誓った身として、恐れながらも言葉を残させていただきます!私は、この国のために、この身を投げうって戦います!」
「そ、そんな言葉で」
「言葉が駄目なのであれば、行動で示しましょう!私の機体のコックピットに、どうか起動式の爆発物を搭載してください!」
「な、何を!?」
「僚機を巻き込まぬよう、怪しい動きをした際には勝手に機体が遠くへ飛んでいき、何もないところで爆発物が起動するようにプログラムしていただきたく存じます!」
司令官の顔が、今まで見たこともないような困惑の色に染まっていく。自分の身を本当の意味で削る決意を示した人間の、覚悟を決めた顔を見て、ミティアは満足げに笑う。
「くっ!解った!貴様の機体は、貴様が反政府勢力と見なした際に自動で自爆するようプログラムしておく!だが覚えておけ、それは味方への誤射でも起動するぞ!」
「構いません、信用、と言えばおかしいですが、私がまた、この国のためにあの機体を駆ることができるのなら、喜んで」
まさか、自分を使っている家のお嬢様が助けてくれるとは。ワタリは心の底から感謝した。
苛立ち気味の司令官は、機体のプログラムを作ってくれるのか、ズカズカと部屋を出ていってしまった。
「ミティア様、本当にありがとうございました。私のような薄汚い奴隷に、こんな」
言葉を紡ぐワタリの口を封じたのはミティアの人差し指だった。
「貴方に何かをした覚えはありませんわよ。人間の癖に上流階級に立ち向かった愚かでおバカな、貴方の戦果ですわ」
言い方に棘があるが、その芯はとても温かいものだった。なぜミティアは、奴隷であるはずのワタリに優しく接するのだろうか。ロッドワルト家とは、差別意識が緩いのだろうか。
―――そういえば、侯爵もなかなか気の緩そうな人だったな
「…そういうことにしておきましょう。それではミティア様、ご自宅まで護衛を致します」
「頼むわよ。貴方は私の盾、弾は頭で受けるのよ」
「お望みとあらば」
二人は笑い合いながら帰路につく。
車を操縦できるワタリが、ミティアを後部座席に乗せてから、運転席へ移動する。
「そう言えばミティア様」
「奴隷風情が質問?まぁいいわ、私は寛大ですから」
「聞き入れていただき感謝します。なぜ、私を軍に入れるように手引きしてくださったのですか?」
「そんなこと。それは簡単ですわ、貴方は鉄の塊と一緒に空でバラバラになって死ぬのがお似合いだったからですわ」
「そうですか」
「そうよ。奴隷としては、最上級ではなくて?」
「えぇ、その通りですとも」
侯爵の反対も、その親戚の反対も押しきり、ミティアが単独で行ったワタリの軍人化計画。その理由を知りたかったのだが。いつもの冗談で捲し立てられてしまう。冗談なのか本気なのかは、まだわからないが。
疑問は疑問のまま、車は走りだす。
今日は、少しだけ勇気を付けられただろうか。
紅空の劣種機兵 @arudebaran3103
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