異種との交わり

@tumayouji

第1話 龍と人

 龍と人との争いが最盛期だったのは二代前のへルウィンⅣ世の時代だろう。当時は龍が家畜を略奪し、人を食らうことも、人が霊薬として龍の卵を盗むことも、ごく普通に起こっていたそうだ。憎しみ合いながら続けられたその激しい戦の種火が消えたのは、先王ラッサネーロⅢ世が龍族の長老バルトロスと相互不可侵の盟約を結んだからだ。双方が長く不毛な戦いの終焉を祝い、宴を催した。その中で人は龍の知性を知り、龍は人の情愛を知った。その意義は深く、龍も人もお互いを対等な存在として認めあうようになった。その誓いは現王へルウィンⅤ世の治世下でも変わっていなかった。つい先日までは。


「フィムネンよ。妹の病がようやく平癒しかかっているというのに、その祝いの席を待つことすらせずに、任務に旅立つと言うのか?」

「はい、父上。龍がディミトア城を襲ったことは、我が国を揺るがす一大事です。私が動かなければなりません。必ずや事態を収束させて参ります」

「そうか……。わかった。御身に天の守護あらんことを」父上は涙ながらにそう言った。

「兄様。お戻りになる日を心待ちにしております」大病が治ったばかりだと言うのに、妹のミーシャはわざわざ玄関まで見送りにやってきた。そのか細い立ち姿を見て、必ずや任務を果たそうと改めて心に誓った。


 へルウィンⅤ世に命じられた任務は、盟約を破って龍が城を攻めた理由の特定と、龍王のバルトロスに釈明を求めることだった。返答如何によっては戦争に発展するかもしれず、責任は重大だった。供の者を連れ、龍の国バーラドへと向かった。


 バルトロス王は山脈に形成された大洞窟の最深部で鎮座していた。

「フィムネン将軍よ。お主がヘルウィン王の名代か。そろそろ来るころだと思っていた」

「龍王よ。お久しゅうございます。再び謁見できましたこと、光栄でございます」

「世辞は良い。お主ほどの地位の者が、ただの挨拶に来るわけがあるまい。用件はディミトア城のことであろう」

「はい。ご存知とあれば単刀直入に申し上げます。此度の襲撃の理由をお聞かせ願いたい。ラッサネーロ王と龍王とのご友誼は、今も継続していると考えてよろしいのでしょうか」

「然り。襲撃は我が国の総意ではない。ある龍の独断で行われた行為である。我々も死者が出たことを歯がゆく思っているが、ラッサネーロ王との盟約を守るには、お主の国の領土に派兵するわけにはいかなかったのだ。静観することしかできなかった。我が一族の不明を深く詫びたい」バルトロス王はその眼を憂愁の色に染めていた。

「事情はわかりました。ならば、我が国の法と兵によって処罰して構わぬのですな」

「いかにも。しかし、私にはなぜあやつがそのような罪深いことをしたのか理解できないのだ」

「と仰いますと」

「龍は盟約を重視する。それ相応の理由がなければ、誓いは破らぬ。それに本来は狩りか迷子になった子龍を追いかける時くらいしか領土は出ない。そういう種族なのだ。故にあやつがなぜ城を襲ったのかは未だに分からない。もし可能ならばその理由を調べ、私に個人的に伝えてもらえないだろうか。同じことを二度と起こさないためだ」

「わかりました。謹んでお受けしましょう」深く頭を垂れた。


 バルトロス王の言葉が伝わるや、へルウィンⅤ世は精鋭兵を選抜し、大規模な討伐軍を編成した。その部隊を率いることとなり、王都から一路ディミトア城へと向かった。その道すがら、たくさんの難民と遭遇した。彼らはディミトア城から取るも取りあえず逃げてきた者ばかりだ。彼らの話によると、

「龍は突然やってきたんだ。街に降り立って、建物を破壊してまわったんだ」

「警備兵は勇敢に戦ったが、あの寡兵じゃあ龍とは戦えない。弓や弩の矢の備蓄だってあまりなかった」とのことだった。不思議なこともでもない。ディミトア城は商業都市として発展はしていたが、他国との境界ではなく、龍の恐怖が去った今は軍備が縮小された城だったはずだ。よくわからないのが、なぜ龍はそんな場所を襲ったのかということだった。地理的に龍の国からは遠い上に、王都からは近い。すぐに討伐部隊が送れてしまう。物質的には家畜が多いわけでもなく、宝石といった価値のあるものも少ない。大学や病院や工房などの総本山があり、どちらかというと学問や産業の街である。龍にとっては無価値なはずだ。往路のさなかずっと悩んでいたが、答えは出なかった。


 龍は市街地の真ん中で寝そべっていた。小高い丘からディミトア城の壁の中を遠望すると、その巨体が微動だにしていないことが分かる。陣を張ってから数日、様子を見たがやはり動きは無い。変に思って、偵察部隊を送ると、

「龍、すでに死す」の報がもたらされた。さっぱりわけがわからない。

 翌日、龍の元へ行くと、龍は何かを守るように腕を組み、その上に頭を載せて石のように眠っていた。その下にあったのは店の残骸だった。龍の腕の隙間から、その中を確かめると、それは薬屋であった。そして、その店は正規の薬ではない、違法な薬を売買する業者であることもわかった。店の奥には大きめな水槽があった。龍が襲った衝撃で床に落ち、中身がこぼれている。それは黄色だった。薬として精製するために様々な材料とともに発酵させたためか、鋭い異臭を放っている。この匂いには覚えがあった。鶏の卵の腐ったにおいだ。しかし、その液体はあまりにも量が多かった。そして、ゴミとして棄てられようとしていた物の中には、明らかに大きな卵の殻がいくつもいくつもあった。龍の卵だった。

 その時直感した。あの龍は盗まれた我が子を追って、遠路はるばるやってきたのだ。そして、間に合わなかったことを知り、悲観して死んでしまったのだろう。龍の一族は生涯に数度しか卵を産めない。子供を根こそぎ奪われた恨みや苦しみや怒りはいかほどだっただろうか。部下に隠れて一人涙した。

 

 へルウィン王にことの次第を伝えると、若く聡明な王は憤慨し、国中に指名手配して犯人を捜した。そして、賭博の借金を返すために卵を盗んだ男と、卵から薬を作って販売した薬屋の一党が根こそぎ捉えられた。彼らはヘルウィン王の「われらの友誼を壊す者」という簡潔な罪状によって、問答無用で処刑され、その躯は天へ還れぬように塩漬けにされ、バルトロス王に捧げられた。

「この者達の処刑によって我らが友誼は保たれた」という龍王の声明が国中を安堵させたのであった。


 全ての後処理が終わり、久しぶりに我が家に帰ると、ちょうど夕餉を終えたところのようだった。

「お兄様。お帰りなさい。ご活躍なされたんですってね。お話を聞かせてください」晴れやかな顔で妹が走り寄って来た。

「待ちなさい。もうしばらくは薬を飲み続けなさいと、お医者様が仰っていただろう」そう言って父上は妹を手招きした。

「わかりました。お父様」イタズラっぽく笑うと、ミーシャは父から薬匙を受け取って、黄色い液体を口に入れる。鋭い香りがぷーんと鼻孔をくすぐる。それは、鶏の卵が腐ったような不快な匂いだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異種との交わり @tumayouji

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る