第13話
再誕 《終》
雪が降りしきる中、不死王テレ・ネアの消滅を感じ取ったのか、不死王アーバインはその方角に目を向けた。
『良い気分では無いな。残り一人となるも。まぁいい。王とは常に孤独なるものなのだから』
憂い気に呟き、アーバインはトゥセとアーゼに向き直った。
「ウオオオオオッッッ!」
と叫び、トゥセとアーゼは同時に攻撃を繰り出した。
しかし今、トゥセのカードはアーバインにかすりもせず、また、アーゼの拳もまたアーバインに手の平で防がれていた。
それどころか、アーバインは一瞬にして反撃を示し、掌底をアーゼの胸に叩きこんだ。
これにより、あまりにあっけなくアーゼの心臓は破裂した。
力なく倒れるアーゼ。
そんな相棒を見て、トゥセは半狂乱となる。
「テメェェッッッ!」
叫び、トゥセはアーバインに迫りながらカードを最高速で放ち続ける。しかし、アーバインは両の手でそれらのカードをたやすく弾いていくのだった。
さらに、わずかな隙をつき、アーバインは両拳からそれぞれオーラを飛ばすのだった。レーザーの如きそれらのオーラはトゥセに直撃し、彼の体を無惨に地に転がしていった。
「あ・・・・・・ああ・・・・・・」
何とか起き上がろうとするも、トゥセは全身に力が入らないのであった。
一方で、アーゼは完全に絶命していた。
「嘘、だろ?・・・・・・アーゼ?」
よろよろと何とか歩みながら、トゥセは相棒に呼びかけた。
しかし、死者より返事など有りはしなかった。
「チクショウッッッ!」
とのトゥセの悲痛な叫びが天に轟いた。
対し、アーバインは哀れみを掛けた。
『カード使いのダーク・エルフよ。お前は良く戦った。仲間達のもとで、もう休め』
刹那、アーバインより巨大な霊体の手が出現し、トゥセを押し潰さんとした。トゥセはとっさにそれを躱し、空中にカードを召喚し、アーバインに向かい放った。
だが、それらのカードはアーバインの前で灰燼(かいじん)と化して虚空に消えていった。
『無駄だ。その技は見切った。結局の所、その召喚されしカード、それは魔導的な構成が甘い。何故なら、お前は魔導士では無く、単なるカード使いだからだ。故に、たやすくその構成を崩せる。もし真に私を倒したくば、実体のカードを使う事だ。すなわち、お前が元々、所有していたカードを』
「黙れッ!」
トゥセは次々にカードを空中に召喚し、アーバインへと撃つのだった。しかし、それらはアーバインの説明の通り、一瞬で魔導的な構成を崩され、灰となるのだった。
『私は嘘は吐(つ)かない』
「チクショウッッッ!」
怒声を発し、トゥセは実体としては最後のカードを抜き放つのだった。これに対し、アーバインは右拳で軽くそれを弾いた。
『そうだ。その攻撃ならば、私も手を使わざるを得ない。だが、弾切れか?』
とのアーバインの言葉に、トゥセは言葉を詰まらせた。
もはや、トゥセはカードを一枚も持っていなかった。
『ならば、霊なる一撃で散るが良い』
そう告げ、アーバインは霊体なる拳をトゥセに向かい繰り出すのだった。しかし、その攻撃がトゥセを吹き飛ばす事は無かった。
同じく霊なる手と腕がトゥセの身を守護していたのだ。
それらの腕は2本どころか4本であった。
『馬鹿な・・・・・・』
思わずアーバインも声を震わせた。
一方、トゥセの頬からは涙が伝っていた。
「アーゼ・・・・・・ガイン。やっぱり、お前達は心強いぜ」
そうトゥセは死した仲間の名を呟くのだった。それらのたくましい腕は相棒のアーゼ、そしてかつて亡くなった仲間のガインの霊体なのだった。
『相棒、役立てなくてすまなかった。でも、力を貸すぞ』
『トゥセさん、私の力も役立てて下さい』
と、アーゼとガインの霊は告げるのだった。
「ああ。ありがとうな、二人とも」
涙を拭い、トゥセは答えるのだった。一方で、アーバインは驚愕を禁じ得なかった。
『私と同系列の力?いや、違う。死した魂を守護霊として召喚しているのか?』
などとアーバインは自問していた。
「理屈なんか、どうでも良い。不死王アーバインッ!どれ程に俺に勝ち目が無かろうと、俺は貴様を倒すッ!アーゼとガインと共にッ!」
すると、霊なる声が響き、新たな霊体の腕が出現した。
『フンッ、ワシを忘れるで無いぞッ!』
それらはドワーフのギートの声であり腕だった。
「ギート。お前も逝ったか・・・・・・」
さらに、腕は次々と増えていく。それらはヒヨコ豆-団の仲間達の魂によるものだった。今、皆が力をトゥセに貸していた。
トゥセの背後には無数の腕が出現しており、その様(さま)はさながらに千手の観音を思わせた。
『トゥセ』『トゥセさん』と死した仲間達の声が響き渡る。
「ああ、みんな。行こう、共に」
そう優しく言い、トゥセは魔力を最大限に高めるのだった。
これに対し、アーバインは畏怖を抱かざるを得なかった。
今、アーバインにはトゥセの背後にいるヒヨコ豆-団の魂をはっきりと霊視できていたのだ。
しかし、彼も最強なる不死王、決して怯みはしない。
『言葉は無用。来るが良い』
その不死王の言葉を契機に、霊なる死闘が始まる。
トゥセは無数の手をアーバインに繰り出す。
『クゥッッッッ!』
渾身の魔力を解放し、アーバインは迫る敵の霊体を防いでいった。互いの霊体がぶつかり合い、ガラスの鳴るような透明な音が響き渡る。
そんな中、徐々にアーバインは押されていった。
アーバインの使う手は2本、一方でトゥセの放つ腕は無数。
いかにトゥセがその力に使い慣れておらずとも、物量の差は圧倒的だった。
そして、とうとうアーバインの防御が崩れた。それをトゥセが見逃すはずも無く、召喚したカードを神速で放つ。
それらのカードは半ば灰と化しながらも、アーバインに突き刺さっていった。
しかし、最強なる不死王はここで終わらなかった。
『まだ、だ』
刹那、アーバインは第三の腕を出現させ、トゥセを襲った。
この奥の手にトゥセは反応できなかった。成すすべも無く、トゥセに第三の手が迫る。
その時、人影がトゥセをかばった。それは猫人のリーゼだった。次の瞬間、リーゼとトゥセの体は吹き飛んで行くのだった。
荒い息を発しながら、不死王アーバインは全身から血を零していた。彼とて限界であった。しかし、限界の中で勝利をもぎ取れたのだ。
リーゼさえ居なければ。
そして、アーバインは倒れこむ二人を鋭く見据えていた。
「ウ・・・・・・ア・・・・・・」
目を覚ましたトゥセは血まみれな事に気づいた。
しかし、それが自身の血では無く、リーゼの血だと知るのだ。
もちろん、トゥセの体からも所々、血は溢れており、地面には二人による血だまりが出来ていた。
「リーゼ・・・・・・?」
恐る恐るトゥセは横たわるリーゼに声を掛ける。
すると、その声に反応したのか、リーゼが体をピクリと震わせた。さらに、リーゼの猫に似た顔が突如として、見る間に人間の女性の顔へと移り変わっていった。
「お前、その顔・・・・・・」
他に言うべき事はいくらでも有ったが、トゥセの口から出たのはそんな言葉だった。
「あれ、もしかして戻った?呪いが解けて・・・・・・。えへへ、けっこう、美人でしょ?」
と言うリーゼの顔からは死相が浮かんでいた。
トゥセはうつむき涙しながら、何とか微笑みを浮かべた。
「ああ。想像以上だぜ。すごく綺麗だ。でも、猫顔も本当はけっこう好きだったんだぜ」
そんなトゥセに対し、リーゼは笑みを返した。
「アハハ・・・・・・良かった。トゥセ、愛してるから」
それきり、リーゼは物言わなくなった。
彼女の体からは生命の光(マナ)が虚空に散っていった。
トゥセはそれを呆然と見つめる事しか出来なかった。
「俺だって愛してたし、愛してるさ」
そうトゥセも彼女の亡骸に向かい告白するのだった。
すると、不死王アーバインがようやく口を開いた。
『どうする?もう止めにするか?』
と、情けでアーバインは尋ねた。
対し、トゥセはゆらりと立ち上がり、叫んだ。
「冗談ッ、言ってんじゃねぇッッッ!」
トゥセの魂の咆哮が周囲を震わせた。
『なら全霊を見せよう。天魔よッ!』
そう告げ、アーバインは自身の体を変化させていった。
トゥセは手を出すこと無く、それをただ鋭く見据え続けた。
吹き荒れる魔力の中、アーバインの体からは新たな腕が3本、生えてきたのだ。合わせて6本の肉体の腕をアーバインは有する事となる。
『何故、攻撃してこなかった?』
とのアーバインの疑問はもっともだった。
力を解放する瞬間こそ、最も隙が生じるものである。
それを見逃す程、本来、トゥセは愚かでは無かった。
「あんたと同じさ。リーゼとの最期の時を、あんたは邪魔しなかった」
そうトゥセは素っ気なく返した。
『・・・・・・そうか。なら始めよう』
と告げ、アーバインは6本の腕で究極なる構えを見せるのだった。
それに気圧されること無く、トゥセは全力で攻撃を開始した。
しかし仲間達の霊なる手、さらにカードをアーバインの4本の腕は易々と弾いていく。
『お前の力を讃え、教えておこう。6本の腕にはそれぞれ役割がある。下の2本は霊体の攻撃を無効化する。中の2本は魔導の攻撃を無効化する。上の2本は実体の攻撃を。故に、その霊体の手は下の2本の腕で、召喚したカードは中の2本で打ち消す事が出来るのだ』
「そうなんだろうなッ!」
トゥセは攻撃を続けながら、叫び返した。
『唯一、弱点があるとすれば、上の腕、すなわち物理的な攻撃を防ぐ腕だ。これに関しては完全に無効化するという事は出来ぬ。特にお前程の使い手ならば』
「そうかいッ」
『悲しいかな、カード使いよ。もし、お前が格闘家か剣士でさえあれば、私に通用するかもしれない攻撃を繰り出す事が叶ったのだ。だが、今のお前は実体のカードを持たない。どうだ?気づいたか、カードという武具を選択した愚かしさを?』
すると、トゥセは狂ったように笑い出した。
「くだらない、くだらねぇんだよッ!お説教なら、あの世でいくらでも聞いてやるぜ。大体なぁ、このカードはなぁッ、団長が、アーゼが、モロンが、皆が、そしてリーゼが認めてくれたんだよッ!そうさ、お前の言うとおりさ。カードなんて変な武器、使うべきじゃ無いって、何度も思ったさ。変えるべきだってな。でも、でも、みんな今のままで良いって言ってくれたんだ。ありのままの俺で良いって。だから、俺はッ、この力で戦い続ける。そして、お前を倒してみせるッ!」
そうトゥセは叫んだ。対し、アーバインは狂喜の笑みを浮かべた。
『なら、証明してみせよッ、孤高なるカード使いよッ!』
と告げ、アーバインは天地一体の構えを示すのだった。
その時、トゥセの両腕から血が滴り、それが集まる事で朱いカードを形成した。
「喰らえよッッッ!」
血で出来たカードは音速を超え、アーバインへ迫った。
その不可避なはずの一撃を、アーバインは天性の反射神経で弾くのだった。しかし、アーバインの手も無事では無く、深く傷ついていた。
「アアアアアッッッッ!」
トゥセはさらに血のカードを作り上げ、アーバインへと神速で飛ばしていく。
対し、アーバインは無我夢中で上の2本の腕で、それらのカードを防いでいった。
『グッッッ!』
今、不死王アーバインは徐々に押されていた。他の4本の腕を使いたい衝動に駆られるが、もし、それを成せばトゥセは間違い無く霊体の手や召喚したカードで攻撃してくるだろう。
そうなれば、血のカードに防御を割いてしまっている分、それらの攻撃を無効化する手立てがなくなる。なので、今アーバインに出来るのは、上の2本だけでひたすらに血のカードを弾く事だけだった。
だが、トゥセの攻撃でアーバインの腕はヒビ割れつつあった。
もはやこれ以上はトゥセのカードを防ぐ事は出来ない。
その時、突如として攻撃が止まった。あと少しという所で、トゥセは力尽きたのだ。
血を使い果たし、トゥセは力なく倒れこむ。
深く傷ついている彼の体からは、もはや血が出る事は無かった。
『危なかった・・・・・・恐るべき敵だった』
片膝をつき、アーバインは呟いた。
『しかし、魔王アセルミアは記憶世界に飛んだか。今なら間に合うか?』
立ち上がり、トゥセに背を向けながらアーバインは言うのだった。
その時だった。アーバインは背後よりただならぬ殺気を感じ、大きく距離を取った。
『まさか』
身を恐怖で震わせながら、アーバインは言葉を漏らした。
見れば、そこではリーゼに唇を重ねるトゥセの姿があった。
トゥセは切なげに、彼女の口から唇を離す。
「すまない、リーゼ。力を貸してくれ・・・・・・」
その言葉が届いたのか、リーゼの美しき亡骸は心なしか微笑みを浮かべたかに見えた。
刹那、リーゼの体から彼女の血がトゥセの両手へと集まっていった。そして、その血はトゥセに残されたわずかな血と融合し、新たなカードを形成するのだった。
「終わりだッ、不死王アーバインッッッ!」
トゥセは叫び、最後のカード達を放っていった。
今までで最高の速度で迫るカードが次々にアーバインに突き刺さる。しかし、トゥセの攻撃は止まらない。
もはや、無我夢中でアーバインは6本の腕でカードを叩き落とそうとした。そうでなければトゥセのカードは彼の魂をも砕くだろう。
だが、当然、トゥセは次なる力を同時に繰り出した。
ヒヨコ豆-団の霊体の腕、さらに召喚したカードがアーバインに迫る。血のカードを含めた三種の力がアーバインに襲いかかる。
これにより、アーバインの防御は許容を越え、彼の腕は1本また1本と砕けていった。
そして、全ての腕を失ったアーバインは、トゥセの全ての力を受け、成すすべも無く吹き飛んで行くのであった。
砕け散る不死王アーバインを見届け、トゥセはリーゼの横に倒れこんだ。それから、最愛の人の手を握り、満足そうにその人生を終わらせるのだった。
・・・・・・・・・・
魔王アセルミアと、ヴィル、ティアの最後の死闘はアカシック・レコードにて行われていた。
すると、空間の全てが鳴動を開始した。
「これは・・・・・・」
思わず、ヴィルは呟いた。
『ハハッ!我が核(コア)がアカシック・レコードと一体と化そうとしているのだ。もはや、誰にも止められぬ。とうとう、この日が来たのだッ!力、力が溢れるぞッ』
そう叫び、アセルミアは無数の魔刃を放ってきた。
対し、ヴィルはその攻撃を何とか防ぐも、衝撃で吹き飛ばされていった。
「ヴィルッ!」
しかし、ティアのその声は突如として止んだ。
ティアの体から何十もの刃が生えていたのだ。
彼女の背後にはアセルミアが瞬間移動しており、彼女の背から刃を突き立てたのだ。
そして、その刃の一つはティアの心臓を無慈悲に貫いていた。
戦闘において死は唐突に訪れるものではあるが、それはあまりに切なくもたらされた。
「あ・・・・・・」
何かをヴィルに言おうとしても、それを紡ぐ事は出来ない。
そして、全ての刃が引き抜かれ、ティアの体は地面に崩れ落ちた。
ヴィルは言葉にならぬ絶叫をあげ、アセルミアに襲いかかった。しかし、アセルミアは余裕の表情で、ヴィルを軽くあしらうのだった。
『感情に囚われるとは愚かなものだ、ヴィル・ザ・ハーケンスよッ!』
そう告げ、アセルミアの刃はヴィルの体を袈裟(けさ)斬(ぎ)りにした。
これをモロに喰らい、ヴィルは鎖骨とその下の動脈を砕かれ、大量に出血しながら倒れていった。
勝敗はついた。もはや、ヴィルはアセルミアには敵わない。
それが確定したのだ。
今、アセルミアは勝利を噛みしめていた。
『アカシック・レコードよッ!我に全てを与えたまえッッ!』
と、アセルミアは叫んだ。
それに呼応するかに、アカシック・レコードは打ち震えながら扉を出現させた。
これを見て、アセルミアは狂喜を浮かべた。
ゆっくりと、魔王は扉へと進む。
そして立ち止まり、魔刃を扉に突き立てた。
これを受け、扉は分解されていき、ついには消失した。
おぞましい笑みを浮かべ、アセルミアは中へと足を踏み入れようとする。
次の瞬間、扉の内に広がる黒より、銀色の腕が現れた。
その銀の手から波動がアセルミアへと放たれた。
とっさに大きく後方に跳び、アセルミアはその攻撃を何とか躱した。
一方、扉の中からは銀色の甲冑と兜に全身を包む騎士が出てきたのだ。顔すら完全に見えず、完全なる銀が騎士を覆っている。しかし、その雰囲気から男である事が覗えた。
『貴様は・・・・・・まさか、ゼオスかッ?』
と、アセルミアはその名を口にした。
これに対し、銀色の騎士は無言で頷くのだった。
それを見て、アセルミアは焦燥と苛立ちで顔を歪めた。
『ゼオス、銀河を統べんとした皇帝ゼロスの模造品(レプリカント)。母なる女神にも見捨てられた失敗作が、何故このような場に』
とのアセルミアの言葉に、ゼオスはようやく口を開いた。
「失敗作か、違うな。母なる女神は俺が完璧すぎるが故に畏れ、封印したのさ、このアカシック・レコードの片隅に」
これを聞き、アセルミアは高笑いを発した。
『貴様が完璧?所詮はオリジナルに勝てなかったのだろう?』
「確かに、一度は敗れた。だが、それは経験の差だ。今の俺は奴にも負けはしない。あぁ、そうだ。もはや眠るのも飽きた。誰だか知らないが、まずは、お前を倒そう」
そして、ゼオスは銀に輝く宝剣を抜いた。
今、アカシック・レコードを巡る、新たな戦いが幕を開けるのだった。
一方で、ヴィルは何とか立ち上がろうとするも、力が入らずにいた。魔王の刃には禍々しい呪詛が込められており、それがヴィルの肉体と魂を蝕んでいたのだ。
そんな中、ヴィルは霞(かす)む視界で、魔王アセルミアとゼオスの戦いを見つめていた。
(どうする・・・・・・どうすれば良い?あの二人、俺よりも遙かに強い。ティア・・・・・・ティア、教えてくれよ、俺はどうすれば)
などと泣き言を思うのだった。それ程までに実力差は圧倒的なのだった。もちろん、ティアは死しており、何も答えてくれない。
しかし、ヴィルは剣を支えに必死に立ち上がろうとした。
だが、アセルミアとゼオスの戦いの余波が吹きあれ、ヴィルの体を無慈悲に倒した。
今、ヴィルの体からは止めどなく血が溢れていった。
そんな中、ヴィルは光を見た。
光の先にはトゥセ達にティアなどヒヨコ豆-団の皆(みんな)、そしてロー達に、今まで出会ってきた逝きし者達が居た。
彼らに向かいヴィルは手を伸ばそうとした。
そんなヴィルに彼らは微笑みかけ、光の先へとヴィルを促した。彼らは光の先へと進んで行ってしまった。
(待っててくれ・・・・・・俺もすぐ行くから)
気づけば、ヴィルは力無く跪いていた。
その目は虚ろで、今の光景は夢か幻に感じられた。だが、彼らの存在をヴィルは確かに感じたのだ。
一方、その間にアセルミアとゼオスの死闘は魔王の勝利で終わっていた。
ゼオスの全身は魔王の刃によって全方向より貫かれており、その銀の鎧からは赤い血が滴り落ちていた。今、ゼオスは物言わぬ骸と化していた。
とはいえ、アセルミアも無事では無く、全身のあちこちより黒い血を流しており、荒い息を吐いていた。
『ゼオスめ・・・・・・手こずらせおって。ある意味、危なかった。だが、我が勝利は勝利だ』
すると、アセルミアは気づいたようにヴィルの方へと歩いて来た。
それをヴィルはあえて動かずに待った。
『さらばだ、ヴィル・ザ・ハーケンス。地獄で我が覇道を見ているがいい』
そして、アセルミアは魔刃を振り下ろした。
刹那、ヴィルの意識は草原にあった。
かつてヒヨコ豆-団の皆と歩いた草原だった。涼やかな風の中、赤いトンボが軽やかに飛んでいた。皆がトンボを見て、指さしてる。皆が喜びを共有していた。
(ああ・・・・・・永遠にこの時間が続けばいいのに)
そうヴィルは心から願った。
しかし、それを自らヴィルは断った。ヴィルの意識は強制的に覚醒された。
『ムッ』
魔王アセルミアは驚愕した。
死体に等しいはずのヴィルが、剣で魔刃を受け止めていたのだ。
しかも、その力は強く、魔刃を押し込もうとしても、ビクともしなかった。
「オオオオオオオオオオオオッッッッッッ!」
ヴィルは吼えた。かつてない激情を剣に乗せて、それを振るった。
世界は遅まり、凍れる時のように緩やかに進んだ。
魔王アセルミアの刃は弾かれ、しかし、ヴィルの剣も弾かれた。
そして、ヴィルは剣先をくるりと回し、下から思い切り切り上げた。
まるでトンボが空を一回転するような軌跡を描き、ヴィルの剣はアセルミアに吸い込まれていった。
それは
『ヴィル・ザ・ハーケンスッッッ!そのような技でッッッ!』
怒れる魔王に、ヴィルは次々と基本の型を叩き込んでいった。
もはやろくに体は動かず、全ては反復に過ぎなかった。
しかし、数えきれぬ剣士を葬ってきたアセルミアは逆にこの攻撃に対応出来なかった。
さらに魔王の魔刃は砕け、次々に飛んでいった。
そして、その刃の一つをヴィルは無意識の内に剣で弾き、魔王の核へと飛ばした。
刹那、核へと魔王自身の刃の断片が突き刺さり、その核は砕け、波動が吹き荒れていった。
声ならぬ絶叫が魔王より溢れた。
『私はッ、滅びぬッッッ!』
叫び、黒き炎の如くに化した魔王アセルミアはヴィルに飛びかかっていった。
それをヴィルは両断し、ついに魔王アセルミアは火の粉と化して散っていくのだった。
アカシック・レコードの世界は崩れていった。
いや、厳密にはヴィルという存在が元の世界へと戻って行くのだ。
今、ヴィルとティアの体は魔王城へと戻り、そして、天空の魔王城は崩壊していった。
主(アセルミア)の死と共に魔王城は崩れ、ヴィルはティアの亡骸と共に、果てない空を一直線に落ちていった。
(もう・・・・・・これでいい。俺の役目は終わった。みんなの所に)
猛烈な落下の加速に朦朧とする意識の中、ヴィルは安らかな終りを望んだ。
だが、それは果たされなかった。
声が聞こえた。彼の名を呼ぶ声が。
『ヴィル』と。
それは最愛のヒト、ティアの声だった。
次々と新たな声が重なっていく。『団長』、『団長』とトゥセ達の声が。
さらにティアの聞こえざるはずの声が聞こえた。
『ヴィル、あなたは生きて』
そして、ヴィルが抱き締めるティアの亡骸から赤き光の翼が湧出した。その光翼はヴィルを優しく包み込み、一気に開かれた。それと共に落下の加速は止まり、ヴィルの体は赤く輝きながら緩やかに地上へと降り立っていった。
ヴィルの足が地に着くと共に、赤き光の翼は役目を果たしたかに虚空に消えて行った。
光は失われ、静寂のみが暗き世界に満ちた。
もはや声は聞こえなかった。どれ程までにそれを望もうと、ティアやヒヨコ豆団の仲間達は
声を返してくれない。彼らは遠くへ去ってしまったのだ。ヴィルは一人、世界に残されていた。
「何の為に・・・・・・俺は生きていくんだ?」
乾いた声がヴィルの口から漏れた。それでもどうしようもなく彼の物語は続いていくのだ。
「ティア、みんな」
その言葉は誰も居ない平原に虚しく響いた。
ヴィルは力無くティアを地面に降ろし、そのままの体勢で嗚咽を漏らした。
「ただ傍にいてくれれば良かった。お前達が傍に立っていてくれる、それだけで良かったのに。俺は・・・・・・ただ一人」
そして、ヴィルは何も出来ずに、ティアの亡骸の前で両膝をつきながら俯いていた。その姿は彼がかつて父を失った時と同じであった。しかし、その悲しみはそれを上回ると言えただろう。
もはや彼は永遠の孤独なのだ。新たな家族や仲間を作るという希望すら持てない程に。
しかし女神アトラは聖使命を果たした勇者に、無慈悲にも祝福を贈った。
長き夜は破れ、地平の彼方より暁の精霊が姿を現わす。
その暁の灯明はヴィルを照らし、彼の心を光で満たそうとしていた。
時は動きだし、世界は回り出す。昼と夜の均衡は戻り、生者は黄昏を許されはしない。
祈るようにヴィルは暁の陽を見つめた。それは天使や聖霊の発する不変の光明の如くにも感じられた。
世界は荘厳なる聖堂にも感じられた。
もはや言葉は無かった。
始めに言葉があるのなら、終りには言葉は失われるのだ。
ヴィルにとり、これは新たな始まりで無く、果てない終りであった。
誰よりも女神アトラに祝福されながらも、ヴィルはそれを感じ取れなかった。
彼は冷え切った広大な聖堂に閉じ込められているかにも感じた。その遙か彼方に女神アトラの住まう神殿があるのだろう。その内には彼の愛した者達が選ばれ住まうのだ。
その時、ヴィルは悟った。
これこそが真理だと。
宇宙とはあまりにも多様であり、隔たりと分散は確約されているのだ。
それでも二重連鎖のように確かな相手をヒトは求め、体の最小単位なる細胞のように他者と連綿と繋がる事を望む。
今、ヴィルは魔王のオーブに蓄えられし知り得ぬ情報を、脳に巡らせていた。
しかし、どれ程の知識が彼を救い得るだろうか?彼は虚無感の中、考えるのを止めた。
理性の光は生命の光に転じ、ただ彼は神々の光を感じる器と化した。
その瞳は薄幕のような涙を通し聖なる光を受けた。
彼の内なる聖堂は崩れ、外なる神殿は消え去った。
ただあるのは光だけであった。
そして光の中、ヴィルという存在は新たに生まれ、彼は星の新生児のように覚醒した。
もはや言葉は必要無かった。
言葉は神々と共にあり、その使者のように彼は言葉そのものとなったのだから。
子供達よ、今の君達には私の最後の言葉は深く届かないかも知れない。
しかし、神秘の文言が八万四千の毛孔より染みいるように、それより遙かに弱き言葉も本人の気づかぬ間に、そのヒトの心に響いているものなのだ。
全てを分かる必要は無い。
それは気づいた時には理解して居る。
とはいえ君達が不可思議な心持ちで聞き終わるより、笑顔でお家に帰って欲しいと思う。
だから歌を謳おう。
暗闇は破れ、大空は光で満ちた。 《The darkness has faded ,
and the light is coming to fill the world.
もう怖くない、もう怖くない。 You won't be afraid. We won't be afraid.
目覚めの時だ、時は今。 The time to wake has come. The time is now.
空にはトンボが飛んでいく。 The dragonfly through the air,
たった一匹飛んでいく。 he is flying in the sky alone.
クルリと回って飛んでいく。 He is tumbling up in the sky alone.
トンボは空を支えている。 The dragonfly, the dragonfly props up the sky.
空が落ちぬように支えている。 The dragonfly props up the sky not to fall.
トンボは夜を回していく。 The dragonfly, the dragonfly sends around the night.
夜が止まらぬように回してく。 The dragonfly sends around the night not to stand still.
トンボは子供を乗せるだろう。 The dragonfly will carry children on his back.
色んな子供を乗せるだろう。 The dragonfly will carry children of all species.
小さな星の子も乗せるだろう。 He shall carry a little star child .
トンボはみんなの傍を飛んでいく。 The dragonfly will peacefully pass by everybody.
トンボはみんなを楽します。 The dragonfly will please everybody.
みんな大好き、赤トンボ。 Everybody loves him, the red dragonfly.》
ランドシン伝記 キール・アーカーシャ @keel-a
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