(3)

◎◎



 世間を震撼させた現代の切り裂きジャック事件。

 その真犯人が逮捕されて、随分な時間が経過した。

 私は久しぶりの非番を親友と過ごすべく、待ち合わせの喫茶店で一人、値段の割にはおいしい珈琲を飲んでいた。

 今日は、深酒をしていない。

 だから、待ち合わせの十分前に到着している。


「えらい。えらいです、私」

「なにが偉いものか、大馬鹿者」

「……え?」


 ぽそりと呟いた私の言葉に、応じる声があった。

 美しい声。

 その主は……まあ、わざわざ言うまでもない。

 紳士の仮面はどこへやら、横柄な態度で私の対面に勝手に腰掛けると、彼はマスターに紅茶を注文する。前回は気に入らなかったくせに、またも注文する嫌味な客だった。


「……その眼はやめたまえ。僕とて恐ろしいものはある」


 そんな事よりも、聴きたいことがあるのだろう? と、その黄金は訳知り顔で問うてくる。

 私は何だか憤懣やるかたなしな気分になって、なんとなく、不機嫌な声で尋ねていた。


「ふたつ。質問させて下さい」

「その眼を止めたら考えよう。僕は紳士で寛大だ」

「……ひとつ、本当はどうして、黒詩継美は師匠であるジャック氏を殺したのですか? ふたつ、彼女が犯した、不可能犯罪とはいったい?」


 私の問いに、少年はしばし沈黙した後、哀しげな声音で答えてみせた。


「その問いかけの答えは一つだ。ジャック・C・フットレルは自ら彼女に殺されることを選んだ。師匠としてすべての業を与え、彼女の義肢となる道を選んだ。知っているかね、壬澄」


 少年は、哀憫をその瞳に宿し、こう囁いた。


「黒詩継美は産まれつき四肢を持たなかった。そんな彼女が独力で師匠を殺し義肢を作り上げる――これ以上の不可能犯罪があるものかね」


 彼女は口にナイフを咥え、最愛の師匠を解体したのだよ。


「…………」


 少年はそんな風に言ったけれど、残念ながら私は、それに騙されてあげることはできなかった。

 この黄金はかつてこう言った。

 超常犯罪と不可能犯罪は違う――と。

 そしてその事件を、彼は不可能犯罪と呼ぶのだ。

 答えは、とてもはっきりしていた。


。それは確かに、犯罪王が容赦するにたる美談ですね?」


 私の嫌味に、彼は少しだけ苦笑して見せた。


「その愛を、彼女は見失ったんだ。本流じこぎせいからはぐれ相反する奔流さつじんしょうどうへと至ってしまった。だから仮に、あのナーサリークライムに、二人の命の結晶に名をつけるのなら、こうなるだろう」


























 黒詩鳥の相矛盾ブラックバード=ダブルスタンダード

























 若き犯罪王がそう名付けた犯罪詩は、他の誰にも二度と語られる事無く、闇の中に消えていくのだった。

 黒い鳥が、夜の闇に融け込むように。

 その、美しい歌声だけを儚く残して――






第二講義 ブラックバード=ダブルスタンダード 終了

第三講義に続く

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今後はRe;bake版を更新します。ナーサリークライム 【原本】はいったん終了します。 雪車町地蔵@カクヨムコン9特別賞受賞 @aoi-ringo

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