第7話 悲しいことじゃない
その日は突然やってきた。
一月も半ばのある日のこと。
ボクたちは一緒に帰って、例のT字路で分かれた。
みんな用事があるってことで、その日はそれぞれの家に帰って、個々のレベルアップに励む予定――だったのだけれど、ボクは勉強を開始してしばらくしてから、参考書を学校に置き忘れたことに気付いた。
ボクの苦手なところを分かりやすく解説しているからと紫苑ちゃんが渡してくれた参考書だ。面倒だったけれど、取りに戻ろうと家を出た。
そしていつものT字路で、ボクは見てしまったんだ。
光君と紫苑ちゃんがふたり並んでどこかへ行こうとしているところを。
単なる偶然かもしれない。
声をかければよかったのかもしれない。
だけどボクはゴクリとツバを飲むと、ふたりに気付かれないようそっと後ろを追いかけた。
遠くからでも分かる、ふたりの楽しそうな雰囲気。
いつもはボクを挟んでいるふたりの距離が、何か異様なほど近いように見える。
紫苑ちゃんの手が、光君の指と絡みたいようにゆらゆらしていて。
光君の右腕が、紫苑ちゃんの肩を抱き寄せたいようにそわそわと動く。
見ちゃいけないものを見ている気分になったけれど、ボクは頑張って目を逸らさず、ふたりの後を付いていった。
ふたりが向かったのはいくつものテナントが入っているショッピングセンター。その中でふたりは雑貨屋さんやスポーツショップに入ったり、服を見たりと終始楽しそうだった。
デート、だよね、やっぱり。
紫苑ちゃんが大きなぬいぐるみを抱えあげるのを見て、光君が苦笑いしたり。
光君がじっくり靴を選ぶのを、紫苑ちゃんが茶化したり。
バレンタインコーナーで、チョコレートの山を散策するふたりはどこから見ても立派な恋人同士だった。
良かった。
とうとうふたりは付き合いはじめたんだ。
これまで頑張った甲斐があったし、これでボクもようやく変態出来る。
本当に良かったと思った。
だって全部ボクが望んだことで、望みのままになったんだもん。
死ななくて済んだんだもん。
それは絶対に喜ばしいことで。
いくら視界が滲んで、歪んで見えていても。
絶対。
絶対に。
悲しいことなんかじゃないんだ。
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