第5話
ガルンに支配されたフレヤは、漆黒の風のように森の中を走り抜けてゆく。ふと、ガルン=フレヤは足を止める。遠い空の彼方を見上げた。そこに白い翼を認める。
ベリアルであった。
漆黒のフレヤは、剣を抜く。しかし、その剣が振るわれることは無かった。
疾風と化したベリアルが急降下をすると、フレヤを抱きかかえ宙へ舞い上がる。
それは天使に死神が抱えられて、運ばれてゆくように見えた。フレヤ=ガルンは、あえてベリアルに抵抗していない。
ベリアルはフレヤを抱えたまま、急降下してゆく。ベリアルはあの巨木、黄金の林檎を封じ込められるという巨木があるところ目差し、飛んで行った。
ベリアルはフレヤを抱えたまま、巨木の根元の地面へ激突する。地面に巨大な穴が穿かれた。
フレヤは、穴の中から歩み出る。剣は手にしたままだ。ベリアルの姿は無い。フレヤはベリアルを求め、あたりを見回す。
突然、気配を感じフレヤは巨木を見た。おそらくその巨木が数千年に渡り蓄えてきたのであろう膨大な量の気、それが地底の最奥で眠る龍が吐息を吹き出したように、地上へと溢れだして来ている。
フレヤ=ガルンは理解した。巨木とベリアルが一体化したということを。
ざわっ、と枝が揺れる。
巨木は巨獣が身震いするように、震えた。
枝が伸びてゆく。
無数の腕が差し伸ばされるように。
フレヤは鬼神のように剣を振るった。常人には見えない速度で剣は振るわれ、閃光が走る度に枝が切り落とされてゆく。
木の枝は無数の蛇がのたうつようにフレヤへ群がり、フレヤの身体をとりまいていった。やがて、剣を振るう速度が追いつかなくなり、フレヤの手や足に木の枝が絡みついてゆく。
フレヤは、激しい勢いで伸びて行く枝の奔流に呑み込まれた。そのまま枝は生き物のようにフレヤを抱え上げ、幹にむかって引き寄せてゆく。
全身を封じられたフレヤは為すすべもなく、巨木へと取り込まれていった。フレヤは巨木の幹へ磔にされた形となる。そしてフレヤの身体に絡みついた枝は、その先端をフレヤの肉体へ食い込ませていった。フレヤの身体の中を細かな枝が這い回り、フレヤはあたかも木の一部となったかのようだ。
フレヤの動きは完全に止まる。その瞳は閉じられた。
巨木は一瞬、揺らいだ。その葉は少しずつ金色へと変わってゆく。巨木=ベリアルは、黄金の林檎のエネルギーを吸収し始めた。
巨木は暁の光を浴びているように、少しずつ金色の光を放ち出す。
「見ろあれを」
黒衣のロキは、森の一角を指さす。巨木が金色の光を放っているのが見える。
「ガルンはフレヤのコントロールに失敗した。やっかいなことになるぞ」
ブラックソウルは苦笑する。
「おれにはたんに、黄金の林檎のコントロールがガルンからベリアルへ、移っただけのように見えるが」
「いや」
ロキは無表情のまま言葉を続ける。しかし、その瞳には焦燥の色があった。
「黄金の林檎はヌース教団の持つ秘技をラフレールを通じて盗み取ったガルンであるからこそ、まがりなりにも暴走せずコントロールできていた」
ごおっ、と凄まじい地鳴りが起こった。立て続けに細かな振動が、天空城を襲う。
「ベリアルでは無理だ。というよりも、既にベリアルは扱いきれないエネルギーを吸収し、やつの最大の望みであった死を手にいれたはずだ」
「なんか随分困った状況にしてくれたみたいだねぇ」
やたらとのんびりした声がした。ブラックソウルは驚いて振り向く。美しい顔に、のんきそうな笑みを浮かべた青年が立っている。
「エリウス王子か、それに」
エリウスの後ろにはバクヤと魔導師ヌバークが立っている。
「よお、また会ったな。ブラックソウル」
バクヤは野獣の笑みを浮かべて、ブラックソウルを見つめた。ブラックソウルはやれやれといった顔になる。
再び、地鳴りがあった。無数の亀裂が空中庭園の地面に走る。森の数カ所が陥没していた。天空城は揺れ動きながら、崩壊し始めている。
「で、どうするよ、王子」
ブラックソウルはうんざりした表情で言った。
「おれとヴェリンダとやるのか。そこのお友達に敵を討たせるために。多分ロキ殿は傍観するだろうから2対3ということだな。しかし」
ブラックソウルは肩を竦める。
「そうしている間にこの天空城が崩壊するのは間違いない」
「どうしようか、考えているんだ」
そう答えたエリウスはものを考えているとは到底思えない、茫洋とした表情をしている。
「僕は別に構わないんだけどね、ここで死んでも。バクヤに敵を討たせてあげれるなら」
ブラックソウルはため息をついた。
「王子、ようするにおまえはこう思っているんだろう。たとえここを生き延びたところで、おまえの帰る世界はあのくそったれた王国の中だ。そこで生きてゆくくらいなら、ここで死んでもいいと。しかしな、」
ブラックソウルは獣の笑みを浮かべた。
「おれがその王国を破壊してやるといったらどうする?」
エリウスは無邪気といってもいい笑みを浮かべた。
「神々の約定はどうするの」
「神々ごと破壊するのさ、王国を」
エリウスは、楽しげにくすくす笑った。
「へえ、面白いね。でも信じられない」
ブラックソウルの瞳に苛立ちの色が浮かぶ。神経は研ぎ澄まされ、エリウスが手に提げたノウトゥングに注意を向けている。
「そこまでする理由はないでしょ、あなたに。あなたは神々の約定に縛られてないじゃん」
「おれもテリオス王の子だとしたら?」
エリウスはけらけらと笑った。
「面白いこというねぇ」
「おれはおれの父親を知らない。おれの母親はオーラの貴族、デリダ家の娘だった。
おれの母親はおれを孕んだ時、父親はテリオスだと主張した。証明された訳ではないが、まだ王になっていなかったテリオスが放浪中におれの母親と交際していたのは事実だ。おれの母親は、結局デリダ家によって狂人として扱われ幽閉される。そのうちに本当に狂ってしまったようだがね。おれはかろうじて、殺されずに済んだ。
事実はともかくおれの母親が幽閉されたのは、クリスタル家と結びつきの強いデリダ家としては、対立する王家であるアルクスル家の世継ぎテリオスと関係を持っているように見られるのは、危険なことだと判断した為だ」
「それで?」
エリウスは無邪気な笑みを見せて尋ねる。
「それがどうした訳?」
「おれの血もおまえと同じで、神々の約定に縛られたものという訳さ。判るだろ、おまえには」
エリウスは肩を竦めると、振り向いてバクヤに語りかける。
「とりあえずここを生きて脱出するというのは、どうでしょうか?」
「なんやてぇ」
バクヤはむっとした顔になる。
「一応さあ、僕に借りがあったはずだよね、バクヤは」
「むぅ」
バクヤは唸った。エリウスが宥める。
「アルケミアで魔法に対抗する方法を身につけるのに、協力してあげるからさ」
バクヤは肩を竦めた。
「ま、ええやろ。おれが死ぬのはかってやが、おまえらを巻添えにしていい理由はないからな」
エリウスは美しい顔で微笑んだ。バクヤは思わず頬を染める。
「じゃ、僕は何をしたらいい?」
エリウスの問いに、ロキが答えた。
「おまえは王の指輪を持っているな」
「うん」
「それを使え。理屈は、おまえがメタルギミックスライムからバクヤを救った時と同じだ。ただ、フレヤに渡すものは、おれがおまえに渡す」
「ちょっと」
エリウスは、困った顔になってロキを見る。
「どうやってフレヤに触れるの?あの黄金に光っている木のところまでいく訳?」
「それではだめだ」
ロキは水鏡を指さす。
「ここへ入れ。ここからフレヤのところへいける」
エリウスは目を丸くした。
「ええーっ、水の中に入るの?」
ロキは無表情で答える。
「表面だけだ、水に見えるのは。その奥はアイオーン界に繋がっている。アイオーン界を通じて、黄金の林檎のある空間へ行ける。とにかく中に入れば黄金の光が見えるから、そちらへ向かえ。その光の中に入り込めば、フレヤに接触できる」
「へーえ」
エリウスは、緊張感のかけらもないのほほんとした顔で、水鏡に歩み寄る。まるで水遊びをする子供のような気楽さで、ひょいとその水の中へとエリウスは飛び込んだ。
バクヤはやれやれと首を振る。
「大丈夫か?あいつ」
そう問われたヌバークは肩を竦めた。
「私に聞かれても困るが」
「そりゃそうやけど」
ロキは歩きだした。バクヤが問いかける。
「どこへ行くんや?」
「この城の地下だ。そこに天空城を動かすシステムの心臓部がある。そいつを動かす」
「へえ?」
バクヤは理解できなかったが、それ以上問うても無駄と知り階段を降りていくロキを見送った。
エリウスは水の中を通り抜けた。一瞬奇妙な幻惑を感じたが、あっという間に水を抜け、自分が虚空に放り出されたことを知る。
南の海を思わせる、青さに満ちた空間であった。上も下も果てしない青い空が広がっており、自分が壮大な虚空に浮いているような気がする。
しかし、間違いなくエリウスは落下していた。自分がこのまま落下していくとどうなるのかは判らなかったが、ただ落下しているだけでは目的地へ辿り着けない気がする。
とりあえず、エリウスは糸を放ってみた。魔繰糸術は作動したが、糸を絡める先が無い。とにかく、手当たり次第糸を放ち、ひっかかるものを探す。
突然、糸が何かに絡みつき、落下が止まった。大きく振り子の運動が起こり、エリウスは青い虚空の中をぶらぶらと揺れ、やがて止まる。
「黄金の光なんてないじゃん」
一言愚痴を漏らすと、エリウスは糸を手繰って昇ってゆく。やがて頭上に金色の光が現れた。その光の中に糸は続いているようだ。
「あれかあ」
エリウスはため息をもらす。
それは巨大な樹の根であった。複雑に絡み合い、雲のように不定形なそれは、黄金の光を放ちながら青い虚空に浮いている。
「あれに触ればいいのかな」
ロキは城の螺旋階段を降りて行き、最も深い地下に辿り着いた。そこは薄暗い空洞になっている。足下には、神秘的な青白い輝きを放つ湖がある。
ロキは湖をのぞき込む。表面は青白い光を放っているが、その奥は濃紺の闇に包まれていた。そして濃紺の闇の中を銀色の光が走っている。それは深い青色の宇宙を、無数の流星が飛び交っているように見えた。
ロキは黒い衣服を脱ぎ捨て、均整のとれた彫像を思わせる裸体を顕わにする。その美しいといってもいい裸体に、無数の線が走った。ロキの全身は深紅の格子に覆われる。そして、ロキの身体は細かな断片に分解されてゆく。ロキは幾百もの小さな立方体に分割された。その微細な立方体たちは空中を浮遊し、湖の中へと入って行った。
湖は青白く輝く表面に微かな波紋を起こし、小さな立方体たちを受け入れて行く。
立方体は、深い紺色の湖の底へと沈んでいった。
分解されたロキの入り込んだ湖の奥深く、紺碧の空間の中で銀色の光によって幾何学模様が構築されていく。それは明白にあるパターンを持ち、幾何学的な巨大図形を造り上げていった。
湖はやがて銀色の光に満たされる。
エリウスは青い虚空の中を、黄金色に輝く樹の根に近づいてゆく。それは、近づいてみると、青い海に浮かぶ一つの島に思えるほど巨大であった。
それは複雑に絡み合う巨大な臓物のようでもあり、壮大な迷路のようでもある。
エリウスは上下の感覚が薄れてきている為、巨大な金色の雲の中へ落ちていくような気にもなった。
エリウスは、やがて樹の根のすぐそばにつく。指輪をした左手でその根に触れようとした。
「待て、王子」
突然、声をかけられ驚いてエリウスは振り向く。そこにいたのは、ロキである。
「えっとお、ロキさん。なんかずれてるけど?」
虚空に浮かぶロキの裸体には格子が走っており、ときおりその格子の線で分解しそうになる。ロキはいつもの無表情で言った。
「気にするな。それよりその樹の根にふれてはいけない。それは、分解されたベリアルの死体だ。そこに触れると、おまえもベリアルに取り込まれる」
「えーっ」
エリウスは慌てて手を引っ込める。
「そんなのあらかじめ言っておいてよ」
「私とて万能では無い。アイオーン界でもベリアルがフレヤを取り込んでいるとは思わなかった」
エリウスは、ちょっと不機嫌な顔になる。
「じゃあどうするのさ。打つ手無し?」
「斬れ」
ロキは無造作に言った。
「おまえの無敵の剣、ノウトゥングでベリアルの死体を斬るんだ」
「そんなむちゃな」
呆れ顔で抗議するエリウスを、ロキが遮る。
「心配するな、中のフレヤが傷つくことは無い。やれ」
エリウスはふーんとうなると、ノウトゥングを抜いた。刀身が半ばで断ち切られたその剣を、エリウスは無造作に振る。
凍りつくような真冬の光を放つ刃が、青い虚空を切り裂く。黄金の光を放つ樹の根は、ため息をつくように少し揺らいだ。
ごっ、と音をたてて樹の根は二つに割れた。その中心に、白く輝くフレヤがいる。
真白き姿に戻ったフレヤは、生まれたばかりの赤子のように、身体を丸めて虚空を漂っていた。眠っているように、瞳は閉ざされている。
ロキの身体が、一瞬震えた。その裸体は格子の線で分解し、微細な無数の立方体となる。そしてその立方体は、エリウスの耳の穴からエリウスの脳へと入り込んでゆく。
『行け、王子』
エリウスの頭の中で、ロキの声がした。エリウスは青い虚空の中を、真白き巨人フレヤめがけて鳥のように飛翔する。
ロキが頭の中に入ることによって、エリウスはアイオーン界を自在に飛ぶことができるようになっていた。風のように早く飛翔するエリウスの両脇で、切断された樹の根が再び閉じようと動き始める。
エリウスは巨大な壁が両側から迫ってくるように感じた。エリウスはもう少しでフレヤの所に辿り着きそうだ。しかし、両側から迫る樹の根もぎりぎりのところまで来ていた。切断された樹の根は、無数の腕が伸ばされるようにエリウスへと迫ってくる。
エリウスの身体に樹の根が触れる寸前に、エリウスの指輪がフレヤに触った。エリウスは、自分の頭の中からフレヤの中へとロキが移動するのを感じた。
ざわざわとした感触。
それは、無数の音の断片が散りばめられたような。
そして光と色彩が分解され浮遊しているような。
全てが偏在し、全てが生起してゆき、全てが変化していく。
いたるところに、ざわめきがある。
あらゆるところに、光の切れ端がある。
判る。
その向こうが。
全ての断片の彼方。
全てのノイズはあたかもそれが全てであるように見え、しかし、その向こうがある。
全てが生起してくる何ものか。
判る。
それは、限りなき暗黒のようにも思え、凄まじい太陽の光のようにも思える。
真夜中の暗黒を覆う太陽。
いや、無限の暗闇と同化した、無限の光。
それは、断片と化した音や光の向こうに垣間見える。
じりじりとした、思念が焼けこげるような感触。
突き動かされるような感触。
深い、深い泥沼の奥底より、巨大ななにものかが浮上してくるような。
ざわざわと。
ざわざわとした。
その無数のノイズの彼方。
何かがある。
触れようとして触れられない。
しかし、歴然とした。
暗黒。
あるいは果てしなき輝き。
あるいは無限の死滅。
そして果てしなき生成。
向こう側へ。
行こう。
突然、それは出現した。
それは降りてきたというべきか。いきなり交響楽のクライマックスが始まったような。あるいは、霧に覆われた向こう側より、突然巨大な建造物が出現したかのごとく。
フレヤは自身を知った。
そこは、天空城の、空中庭園である。あらゆるノイズが音へと編成され、光の洪水に過ぎなかったものが形態を備えた。
手には剣がある。フレヤはその剣を、腰に戻す。その美しい花々に彩られた夢幻的庭園を見渡す。
ブラックソウルが、ヴェリンダが、そしてバクヤとヌバークが沈黙したまま、自分を見つめているのを知る。
「私は」
フレヤは呟く。
「私はここでは無い、どこか別の世界から来た。それが今、判った」
水鏡の中から、エリウスが出てくる。美しい王子は、全身から水を滴らせて庭園に降り立った。
「やれやれだなあ」
ずぶぬれのエリウスはぼやく。相変わらず、のんきそうな瞳であたりを見る。
「黄金の林檎はどうした?」
ブラックソウルの問いかけに、エリウスはぼんやりと答えた。
「さあ、どうしたんでしょ」
突然、水鏡が黄金の光を放つ。あたかも昏い深淵から太陽が昇ってくるように。
光は無限の高みを持つ紺碧の空を貫く。天空城は、光の柱に串刺しにされたようだ。
そして、その黄金の輝きを放つ物体は、ゆっくりと姿を顕わした。
死せる女神の心臓である、黄金の林檎。
そこにいるものたちは、フレヤをも含め息を呑んだ。それが啓示するのがまさに宇宙の外であることを、本能的に理解したためだ。無限の宇宙よりさらに果てしない、宇宙の外。そこからその暴力的な黄金の光は到来し、あたりを覆ってゆく。
まさに、世界を終焉に導くであろう力を秘めた光。
それが黄金の林檎。
全くコントロールされぬ、野生の姿を人前に晒したのは、おそらく地上に持ち込まれてから始めてであろう。
ブラックソウルでさえ、身体を震わせた。自分の求めるものが放つ、あまりに凶暴であまりに陶酔的な美しさに酔わされている。
誰もが思った。
フレヤでさえ。
ここまでのものとは。
世界の果てを超えたものを啓示するということが、どれほどのことかということを。
今、始めてそこにいる者たちは理解した。
最初に冷静さを取り戻したのは、ブラックソウルである。
「できるか、ヴェリンダ」
ヴェリンダは頷き、両手を動かし呪術文様を空中に描く。手の動きに沿って、異質な空間が宙に出現した。
ヴェリンダが、トラウスを訪れた際に学んだ黄金の林檎の封印の魔法。
その封印空間は、中空を横断し黄金の林檎へと向かう。そして、黄金の林檎と重なり、光を封じ込める。そこにいる者たちは、ため息をもらした。
その時。
漆黒の鳥が、水鏡から出現し封印空間を掴んだ。
「ガルンか」
ヴェリンダが呻く。
「ザンネンダッタナ、ヴェリンダ。オレハ、シナナカッタ」
黒い鳥は、そう言い残すと封印空間を掴んだまま紺碧の空へと舞い上がる。凄みを秘めて昏く青い空の彼方へと、漆黒の鳥は飛び去っていった。
「しぶといやつだ」
ブラックソウルは苦笑する。
「全部終わったようやが、どうするんや、ブラックソウル」
バクヤが凶暴な視線を、ブラックソウルに投げかける。ブラックソウルは肩を竦めた。
「とりあえず、ガルンを追わなきゃな。また会おう、嬢ちゃん」
「また会おう、て」
ブラックソウルの背後から、音もなく飛行機械が出現した。その卵形の飛行機械を操縦するのは、シャオパイフォウである。ブラックソウルとヴェリンダは飛行機械に飛び乗った。
エリウスたちが見守る中、飛行機械は軽やかに空へと舞い上がってゆく。バクヤがため息をつく間に、飛行機械は天空城から去っていった。漆黒の鳥を追って。
そこにようやく黒衣に身を包んだロキが、城の地下へと続く階段から現れる。
「残念だったな、ロキ」
フレヤは皮肉な笑みをロキに投げかける。
「黄金の林檎はガルンに持ち去られたぞ」
ロキは冷静な声でいった。
「やつの行き先は判るさ。アルケミアしか無い。とりあえず、地上へ降りよう。トラウスの神殿への通路は閉鎖したが、サフィアスのフライア神の神殿への通路が残っている」
ヌバークがロキに言った。
「アルケミアへは私が船でお連れしよう、ロキ殿」
ロキは黙って頷いた。
「全くえらい目に会いましたよ」
シャオパイフォウは飛行機械の中でぼやく。ブラックソウルとヴェリンダは放心状態で、飛行機械の座席に身を投げ出している。
「私以外は全滅でした。天空城の中に天使どもが大勢残ってました」
ブラックソウルはうんざりした口調で言い放った。
「そんなことは見れば判る。それより、天空城のシステムは把握したのか?」
シャオパイフォウは肩を竦める。
「頭の中にちゃんと詰め込みましたよ」
シャオパイフォウはとんとんと指先で額をつつく。
「この私にしても、えらく手こずりましたがね。それはそれとして、少し気になることがあるんですけど」
ブラックソウルはじろりとシャオパイフォウを見た。
「なんだ」
「本当にブラックソウル様、あなたはヌース神とグーヌ神を滅ぼすためにだけにあの黄金の林檎のエネルギーを利用するシステムをお使いになるんでしょうね?」
ブラックソウルはあからさまに、不機嫌な声を出す。
「あたり前だ。昔説明した通りだよ。神々の約定から人間を解き放ち、全ての人々を王国より解放する。それがおれの目的だ」
「だといいんですがね」
シャオパイフォウは首を振る。そして呟いた。
「まさかそこまで、おれは自分の上司が狂っているとは思いたくない」
「何くだらないこと言ってやがる」
ブラックソウルはやれやれと首を振る。
「何か疲れてません?ブラックソウル様」
「あたりまえだ」
ブラックソウルはそういうと、口を閉ざす。
「まあ、元気だしてくださいよ。いいこともきっとありますから。で、次はどこへ行くのでしたっけ」
ブラックソウルは遠くを見つめる。そして一言だけいった。
「アルケミアだ」
天空のワルキューレ 憑木影 @tukikage2007
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