第313話 ブラインドキャット

「むっふふふ。なかなかやりますにゃ」

「はぁはぁはぁ……上から見下してんじゃねぇぞ」


 荒い息を上げる俺に対して、ラッキーは黄色い目を細めながら余裕の笑みを浮かべる。

 ゼノを逃がしてから五匹のラッキーズの猛攻を耐え続け、なんとか一匹は倒した。だが、その代償におびただしい切り傷を負わされていた。

 腕からポタリポタリと赤い雫が滴り、落ちた血が小さな血だまりを作る。


「持って後5分といったところでしょうかにゃ?」

「5分もありゃオリオン達が駆けつける」

「むっふっふっふ、実はそんなこともないんですにゃ。このダンジョンの構造に気づいたのはいつ頃でしたかにゃ?」

「……どういう意味だ?」

「多分円形ダンジョンだと気づいたのは大分後だと思いますにゃ。実はこのダンジョン全体に惑わしの呪法がかかっていますにゃ」


 惑わしの呪法って確か方向感覚を狂わされ、同じところをグルグル回らされてることに気づかなくなる、幻影魔法の一つだ。

 魔女が自身の住処を隠す時、結界がわりに設置することがあると聞くが。

 ラッキーは洞窟の岩壁を撫でると、赤い蜘蛛みたいな形をした呪印が浮かび上がる。


「これが目隠し蜘蛛ブラインドスパイダーの封印石ですにゃ。これが起動すると、方向感覚が狂い、ずっと同じ場所をグルグル回ることになりますにゃ。つまりさっき逃げたクルト族は、多分この近くを彷徨ってるはずですにゃ」


 道理でゼノを追いかけなかったのか。


「おいおいそんな弱点バラしていいのか? 俺がそれをぶっ壊せばいいだけだろ?」

「クスクス、人間の力で壊せるようなもんじゃないですにゃ。そんなことよりご自分の心配をされたらどうですにゃ?」


 四匹のラッキーは頭に水中眼鏡のようなダサいゴーグルを被ると、真っ黒い球を地面に放り投げた。

 ボンっと玉が爆発すると、どす黒い煙が発生し、元から暗かった洞窟が真っ暗闇に覆われる。


「むふふ、これは闇玉と言って少しの間、周囲を真っ暗闇にできますにゃ」

「いちいち説明してくれるなんて、えらく余裕があるな」

「はい、あなたの命は我々の手の中ですにゃ」


 背後、それも至近距離からラッキーの声が聞こえて、慌てて振り返る。その瞬間、血で汚れたショートソードが振るわれる。

 俺は不意打ちに反応できず、肩を袈裟切りにされてしまった。


「つぅっ!」


 血を飛び散らせつつ反射的に黒鉄を振るうが、刃は空を切った。

 奴らは一撃入れただけで、すぐさま闇に身を潜ませてしまう。


「にゃふふふ外れですにゃ。暗闇というのは恐ろしいもので、どんな武の達人でも視界を奪われれば体が萎縮し、反応が遅れますにゃ」

「四匹もいるくせにコソコソ闇に隠れやがって……」

「にゃふふふ。目で見て考えるな、心で感じろという奴ですにゃ」

「カンフースターみたいなこと言ってんじゃねぇぞドラ猫」


 俺は音だけを頼りにして見えない攻撃を黒鉄ではじき返す。しかしどうしても反応が一瞬遅れてしまう為、自然と生傷は増えていく。

 攻撃力自体はそこまで高くないが、見た目通り動きが早く、攻撃が来たと思った次の瞬間にはいなくなっている。


「むっふっふ、暗闇が恐いですかにゃ? 我々には真昼のように明るく見えますにゃ」

「あの変なゴーグルのおかげか……」


 何か機械のようなものがついていたから、恐らく暗視ゴーグルみたいなものなのだろう。

 暗闇の中、機敏な動きでラッキーズが駆けまわっているのがわかる。

 どこから来る……右か、左か、後ろか――。


「上ですにゃ♪」

「チィッ!」


 声に反応して黒鉄を頭上に振るうと、火花が飛び散り一瞬だけラッキーの姿を視認できた。

 反撃しようとすると、すぐさま残りのラッキーが俺の背を斬り裂き一瞬で離脱していく。

 こいつらよくこの暗闇の中で、これだけの連携コンビネーションがとれるものだ。


「お早めに死んでいただけると、こちらも手間が無くて助かりますにゃ。あっそうだ我々葬式サービスもしておりますので、死後の事はお任せくださいにゃ」

「ふざけんな自作自演の悪徳ガイドが――」


 言いかけた瞬間、背後で何かが地面を蹴って飛び上がった。音からして二匹同時の奇襲攻撃。

 すぐさま身を反らすがザクッと嫌な音が鳴り、再び鮮血が舞う。


「くっそ……痛ぇなオイ……」

「むふふふ、肉を削り取って鰹節みたいにしてもいいですが、そろそろさよならバイバイですにゃ。全員やってしまうにゃ!」


 暗闇の中で勝ちを確信したラッキーが声を上げる。しかし、数秒待っても何も起きなかった。


「あれ? 皆どうしたにゃ? 早くやってしまうにゃ」

「み、見えない! 何も見えないニャ!」

「真っ暗闇だニャ!」

「にゃ、にゃにごとにゃ!?」


 ラッキーズに動揺が走る。それもそのはず、俺は斬られた瞬間、二匹のラッキーのゴーグルに自分の血をべったりと塗り付けてやったのだ。

 ゴーグルが故障したのかと思い、動揺の声を上げるラッキーたちに突進する。


「おらぁっ!」

「「にゃああああっ!」」


 相手の声を頼りに黒鉄を十字に振るうと、二匹のラッキーを切り裂いた手ごたえがあった。


「にゃにゃ、にゃんて泥臭い戦い方をする奴にゃ……」

「そんな玩具に頼ってるからだ。考えるな感じろだろ?」

「コイツめっちゃムカつくにゃ!」


 沸点の低い猫が闇の中で地団駄を踏んでいる。


「残り二匹、俺一人でもドラ猫駆除いけそうだな」

「それは考えが甘いスイーツですにゃ」


 見えないラッキーに向かってドヤ顔したが、不意に足音が増えた。

 増援が来たのかと思ったが、この足音は10や20じゃない。


「言い忘れておりましたが、我ら【三毛猫の瞳】は総勢38名で構成されていますにゃ」

「あぁそう……30匹以上増えたわけね」

「えぇ。あまり調子に乗られても困りますにゃ」


 ラッキーは丁寧な口調だが、その声は明らかに怒りを孕んでいた。






―――――――――――――――――――――

ガチャ姫発売まであと1日!

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文字数が少なくなったので明日も更新します。

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