第314話 底抜けポジティブシンキング


「はぁはぁはぁ……くっ……」


 ゼノは息を切らし、痛む左足を引きずりながら洞窟内を進んでいた。

 薄暗く、ゴツゴツとした岩肌がむき出しになった地面は、怪我をした足には歩きにくい。


「早く、早くしないと!」


 ――このままではあの男が死んでしまう!

 気ばかりあせり、脚がもつれて倒れ込んでしまう。


「痛った……」


 両膝とおでこを擦りむいたが、それでも無理矢理前へと進む。


「助けを……呼ばないと……」

「むっふっふっふ、痛む足でご苦労様ですにゃ」


 ゼノの進行方向から、不気味な笑みを浮かべた二足歩行する猫が姿を現す。


「どうして前から……」


 いくら自分の移動速度が遅いとはいえ、ラッキーが追い越したとは思えない。

 ゼノはそこで、ようやくこの空間が何らかの魔術によって隔離されていることに気づいた。


「幻影魔術をかけていますわね」

「その通り、しかし気づくのが少し遅かったですにゃ」


 ラッキーが合図すると、別の猫族が真っ赤に染まったナニカを引きずって来る。

 ゼノはそれを見て言葉を失った。

 全身斬り傷にまみれた、あまりにも無惨な王の姿がそこにあったからだ。


「死んで……いますの?」

「生きていますにゃ。虫の息と言う奴ですがにゃ。でっかいガイコツのお化けみたいなのを召喚したのには驚きましたが、どうやらコレがないとうまく力を発揮できないようですにゃ」


 ラッキーは王から奪ったスマホを見せつける。

 液晶画面は血で汚れ、一瞬それが何か判別がつかないほどだった。

 ゼノは傷にまみれた王を見て、きっとオリオンは怒り、ソフィーは慌て、銀河は悲しむだろうと察した。


「さてさて、クルト族の貴女様、とても痛そうな足をしていますにゃ。でもまだ動けるようなので、完全に動けなくなってもらいますにゃ」

「何を……」


 むふふと黒い笑みを浮かべるラッキーは、小さなボウガンを取り出す。

 ゼノはマズイ! と慌てて身を反らすが、注射器のような矢が彼女の右脚に命中する。

 すぐさま突き刺さった矢を抜くが、膝に力が入らなくなり、ペタンと尻をついてしまう。


「おわかりかと思いますが、その矢は強力な麻痺毒ですにゃ♪」


 笑顔のラッキーは巨大なノコギリを取り出すと、ゼノへと迫る。


「この特注アダマンタイトノコギリで、あなたのツノをギーコギーコしますにゃ」

「や、やめなさい!」

「やめないですにゃ……と思いましたが、良いことを閃きましたにゃ」


 ラッキーは動けないゼノを軽々担ぐと、洞窟の奥へと運んでいく。



「がはっ……くっ……ここは……」


 クソ猫どもに袋叩きにされて、どれくらい時間が経ったのか。

 俺の体は全身血に塗れ、少し動くだけで心臓に強い痛みが走る。


「ぐうっ……痛ぇ……」

「むっふっふっふ、起きましたかにゃ?」


 地面に這いつくばる俺を、愉快気な目で見やるラッキー。

 相変わらずダサいゴーグルを頭に被っており、その手には巨大なノコギリが握りしめられていた。

 よく見ると奴の隣には拘束壁に捕えられたゼノの姿があった。

 今度は壁尻ではなく、両腕が壁の中に埋まっており、悪の秘密結社に捕えられたヒロインのようにも思える。

 どうやら俺を昏倒させた後、ゼノを捕縛したようだ。


「さてさて王様、これからクルト族のツノ切りを行いたいと思いますにゃ」

「鹿のツノ切りみたいに言ってんじゃ……ねぇぞ、ドラ猫」

「自分の立ち位置を考えて物を喋った方がよろしいかと思いますにゃ」

「なぜわざわざ俺にこんな光景を見せつける」

「僕が性格悪いだけと言えば話は終わりにゃのですが、少しだけお話いたしましょうにゃ。その昔我々長靴猫族は人より優れた筋力で、人間の荷物持ちとして旅につきそっていましたにゃ。しかし人間はいつしか我々を戦いの道具として使い始め、拒否する長靴猫族を力で無理やり従わせたのですにゃ。そこには明らかな上下関係が生まれていましたにゃ」


 この猫族、それで人間を恨んでるのか。だからダンジョンに人間を誘い込んで殺し……。

 そう思ったが、ラッキーはこちらの思考を見透かすように大きく首を振った。


「ノーノ―。人を殺しているのはあくまで死体ビジネスの為ですにゃ。こんにゃ話はよくあることにゃので、別に人間に対して恨みとかはありませんにゃ。……ちょっと嘘、ちょっと恨んでいますにゃ。しかし僕が本当に恨んでいるのは」


 ラッキーはゼノを睨むと、彼女の顎を爪で引っかけて無理やり上を向かせる。


「この傲慢な神気取りの種族ですにゃ。こいつらは昔人間にコキ使われている我々を見て、信じられないことを言ったのですにゃ」


 全くクルト族ってのは全方位に敵を作ってやがるな……。一体どんなことを言ったら人間より恨まれるんだ?

 そう思いラッキーを見やると、奴は忌々し気に呟く。


「こいつらは我々のことを”無様ね”……と罵ったのですにゃ」

「「…………」」


 まだ何かあるのかと思ったが、ラッキーはどうだと言わんばかりに胸をそる。


「…………それだけ?」


 拘束されたゼノはポカンと口を開ける。

 その程度ゼノなら毎日口走ってそうだが


「それだけですと!? こいつらはピラミッドの頂点で下層の我々長靴猫族を見下したにゃ! 僕たちが一体どんな気持ちで人間に従っていたか、全く理解していないのですにゃ!」


 えてしてこういう憎しみの種というのは、相手側は別に何も思ってない時の発言が多い。


「聖十字騎士団のクーデーターでたくさんのクルト族が死んだと聞いて、実に胸がすく思いでしたにゃ」

「くっ……キサマっ!」

「話を戻しますが、あなたとそこの王は何やら喧嘩していた様子でしたにゃ。確かトライデントを出て行けとかそんな感じの。詳しくは存じませんが、どうせクルト族のわがままに人間が耐えきれなくなったのでしょう。心中お察ししますにゃ」


 そう言うとラッキーは俺に巨大ノコギリを差し出した。


「なんのつもりだ」

「人間の王様、あなたが助かる方法を教えますにゃ。クルト族のツノを斬り落とし、こいつのプライドをめちゃくちゃにしてやるですにゃ」


 めちゃくちゃの意味はわかるなと目で合図するラッキー。


「どうせ喧嘩別れしかかっていたのでしょう? この恩知らずで礼儀知らずなクルト族に溜まったストレスを全部ぶつけてやるのですにゃ。そうすればあなただけは助けますにゃ」

「…………」


 俺はじっくり時間をかけて立ち上がると、身動きがとれないゼノを見やる。

 彼女は一瞬だけ体を強張らせた。


「なぁゼノ、人間への感情はかわらないか?」

「……かわりませんわ……やるなら早くしなさい」


 そう言ってゼノは瞳を閉じ、頭を下げてツノを差し出した。

 そうか……やはりクルト族と人はわかり合えなかったか。

 残念だと俺も首を振る。


「やっちゃうですにゃ♪ やっちゃうですにゃ♪」

「…………」


 俺はノコギリをゼノのツノに当てる。

 その様子をラッキーはワクワクした様子で見守っていた。

 小さく息を吐き、ノコギリに力を込め、力強く引――


「くわけねぇだろうが! 俺がどんだけ酷い目にあってこのツノ治したと思ってんだクソ猫!」

「に゛ゃ!? 本気かにゃ!? あなたもこのクルト族の傲慢さにうんざりしていたのでしょうにゃ!」

「それは確かだ。だけど見ろこいつの傷を」


 俺はゼノの擦りむいた、おでこと膝を指す。


「こいつは俺を助けようと必死に走ったんだ。きっとオリオン達なら助けてくれと信じて。そこには確かに人とクルト族の間に信頼関係があった!」

「それはあなた様に死なれると困るという打算からですにゃ」

「打算結構。打算だろうと下心だろうと、それが誰かを助ける為の行為なら全部ひっくるめて優しさなんだよ!」

「そのクルト族は自らツノを差し出したにゃ! つまり人間とは相いれないと言っているにゃ!」

「違うな。俺の底抜けポジティブシンキングがこう言っている。俺を助けるために自らツノを差し出した。つまりツノと俺の命を天秤にかけて俺の命が勝ったんだ。つまりこいつは俺の事が好き!」

「ち、違いますわ! あなたが死んだら他の人が悲しむと……!」

「やっぱりお前、俺たちの事好きなんじゃねぇか」


 自分のことより皆が悲しむほうが嫌だったんだろう?

 ゼノに微笑むと、彼女は顔をカッと赤くして、そっぽを向いた。

 やっぱりこいつ、ほんとは仲良くしたいんだよ。


「なぁゼノ。お前はもう無意識のうちに俺達のことを仲間と認めてると思う。だけど人間に酷いことしてきたからっていう後ろめたさが、自分を素直にさせてくれないだけだ。きっと今頃謝っても許してくれないと心が怯えてるんだ」

「…………」

「バカを言うにゃ! クルト族は人を下等生物と見下す自称上位種にゃ! そんな殊勝な種族じゃにゃいにゃ!」

「お前は黙ってろ! こいつはもう既に人によって罰を受けた後だ。ゼノ、お前は十分地獄をさまよった。俺がお前を許す! 世界中の人間がまだダメだと言っても俺はお前を許すぞ!」


 ゼノをビッと指さすと、彼女は言葉を失っていた。


「……どうして……どうしてそこまで」

「仲間が地獄に落ちたなら引きずり上げんのが仲間の役目だろ」

「でも……あなた出て行けって……」


 ゼノの目にジワジワと涙がたまる。強がってたけど相当メンタルに来たのだろう。

 やっぱり一人になるのは寂しかったんだ。


「はい上がる意志がない奴を助ける義理はないって言ったんだ。手を伸ばしてくれる人間に唾吐きかける奴は仲間じゃねぇ。だが、ほんの少しでも助けを求め俺たちを信頼するなら……俺は、俺達は、お前を地獄の果てだろうが迎えに行って地上に押し戻してやる。それが仲間であり、友であり、チャリオットだ!」


「間違ってたらあたしがぶん殴る」

「凹んでいたらわたしが傍にいましょう」

「悲しい時は自分が一緒に泣きましょう」


 バカ三人の歌うような声が響いて、その場にいた全員が振り返る。

 そこにはオリオンたちがゆっくりと歩く速度でこちらに向かってきていた。


「バ、バカにゃ目隠し蜘蛛の呪いを超えてきたというのか……にゃ。一体何をしたにゃ!?」

「何もしちゃいねぇよ。これが俺たちの仲間の絆だ」

「ブサイクな顔で臭いことを言うにゃ!」


 ブサイク関係ないだろブサイクは!


「ホーーリィィィビーーム!!」


 オリオンが何の前触れもなく叫ぶと、彼女の持っていた樫の杖から眩い光が全方位に向かって放たれる。


「ぎにゃあああああ眩しい! 目が目がああああああああ!!」

「潰れるニャアアアアア!」


 ラッキーたちは目を押さえ、その場でのたうち回った。

 暗視ゴーグルを被ったままだったので、今の光は相当効いたようだ。


「お前ホーリービーム使えるようになったんだな」

「おう、嫌だけどソフィーのバイブスを信じることにしたら撃てるようになった。ちなみに光るだけで威力は0だぞ」

「目くらましできるだけで十分だろ。俺もソフィー教入信しようかな」

「入信料は一人2万5千ベスタで、お菓子の献品も受け付けています」


 やらしい値段設定だな。


「ってかあの猫敵だったんだね」

「お前は敵味方確認せずホーリービーム撃ったのか」

「当てられれば誰でも良かった」

「通り魔みたいなこと言うな」

「ぐぅぅぅぅ、許さないにゃ。皆殺しにゃ!」


 ゴーグルを外して目を押さえたラッキーが合図すると、総勢30を超えるラッキーズが姿を現し、俺たちを取り囲んだ。







―――――――――――――――――――

ガチャ姫、本日発売でございます。

ここまで読んで下さってる方に買って下さいというのもどうなんだ? という気がしてならないのですが、それだと話が終わってしまいますね。

現在ガチャ姫は文量にして文庫本13巻分くらいあります。

私は長くガチャ姫を書いていますが、皆さんも長くお付き合いしていただいております。その長い間で、楽しい時間が過ごせたなと思っていただければ、書店で手に取って下さると嬉しいです。

私は書籍版を眺めながら、お前らこれから酷い目にあうぞとシュタインズ・〇ート的な気分で主人公とオリオンを見ております。

あと新規に追加したディーの話がかなりぶっ壊れてるんで必見ですよ。


amazonさんは発売後いきなり在庫警告出てるみたいなので、購入を検討されている方はお早めにどうぞ(12/29現在)


2巻が出せれば、次はフレイアとクロエとレイラン回だなぁ……エロい書き下ろしが書けそうだと妄想しております。

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