第315話 患っている

「ソフィーは咲の回復を」

「皆さん、毒持ちが何人かいるようです。お気をつけを」


 オリオン、ソフィー、銀河は、俺と壁に拘束されたゼノの前に並び立つ。


「大丈夫だゼノ、俺たちが守ってやる。だから安心しろ」

「血まみれでよく言うよな」

「絶対わたしたち、帰ったら正座でディーさんのお小言二時間コースですよ」

「自分はお館様と一緒なら二時間でも十時間でも構いませんが……」


 俺が嫌だよ。

 マゾが自分の胸を抱いて体をくねらせる。


「おいゼノ、関係ないみたいな顔してるけど、お前もディーさんのみっちりお小言コースだぞ。慈悲はない」

「…………」


 沈黙するゼノに、オリオンが近づいて何かを囁く。


「――闇は晴れたかい?」


 ゼノは一瞬だけ目を見開くと、コクリと頷いた。それを見てオリオンはニシシと笑みを浮かべる。


「闇は……自分で晴らすものですわ!」

「吹っ切れたいい顔だね」

「わたくしの麻痺をとってください! わたくしも戦いますわ!」

「おう、期待してるぜ新入り」

「そうだぞ新入り」

「わたしより働いてくださいね新入り」

「み、皆で頑張りましょう」


 俺達がそう言うとゼノは嬉し気に頷いた。

 ソフィーが麻痺を取り払うと、ゼノは気合一閃、拘束壁から自分の腕を無理やり引きぬく。

 力技で脱出してきたゼノは、目尻をぐりっと拭うと自身の両頬をパンっと叩く。

 そして強い決意を秘めた目で、天に向かって叫んだ。


「タナトス!!」


 ゼノの咆哮に洞窟が一瞬揺れた。地上に何か大きなものが落下してきた振動が響く。


「な、なんにゃ!?」


 驚きの声と同時に洞窟の天井が崩れ、薄暗い空間に光が差した。


「に゛ゃ、にゃんじゃありゃ……」

【深淵の求めにより、我馳せ参ぜり】


 漆黒のマントをなびかせ、その手に巨大な鎌を握りしめた機械の死神が、崩れた天井からゆっくりと降下してくる。

 タナトスはゼノの叫びに呼応し、魔軍基地から転移してきたのだった。


☆☆☆


 ――五分前 聖十字騎士団、魔軍専用アーマーナイツ補修基地【アンドラスベース】内


 一部の乱れもなく軍服を身に纏い、漆黒のコートを肩掛けしたイングリッドは、装甲交換中のタナトスを見上げていた。

 カーテンで目隠しがされた格納庫ハンガーで、片膝をついた死神のような機械甲冑アーマーナイツは、魔軍兵によって整備を受けている。

 忙しなく作業を続ける魔軍兵と共に、赤鬼族の紅が重い装甲板を片手で持ち上げ、取り付け作業を手伝っていた。

 氷のような無表情さを見せるイングリッドの隣にはバエルが立ち、書類を片手に整備状況の報告を行っていた。


「タナトスの装甲剥離、及び死霊樹による呪いの除染作業は完了。現在新規外部装甲の取り付け作業中で、明日にも機体の復旧は完了します」

「時間がかかったな」

「お嬢様が抜けた穴は大きいということですね。蒼鬼隊オーガ2が派遣先から戻れば改善されると思いますが……」

「……機械技師メカニックの補充は必須か。……輸送機を用意しておけ」


 バエルは甲冑の下で眉をひそめた。


「よろしいのですか、この機体を奴らに返してしまって? このまま魔軍我々の物にしてしまってもよろしいのではないでしょうか?」

「ヘックスで失われたはずの試験機が、ここにあってはおかしいだろう? それに起源聖霊は天使兵器と同じく、搭乗者と深くリンクすることで転送トランスシフトを可能にする。機体の拘束は無意味だ」

「そんなことが……。失礼ながらイングリッド様はいつも機体を戦車フォートレスで運ばれていたので、そのようなことが可能とは思いませんでした」

「私とてレイ・ストームの転送は未だ成功していないが、よりセルシウスとの同調シンクロ率を上げれば――」


 イングリッドが言いかけた時、タナトスのフレームが光を放ち姿を透過させていく。


「な、なんだこりゃ!? 全員離れろ!」


 紅が慌てて避難を促すと、整備中の魔軍兵達はタナトスから離れた。

 バサバサと目隠しのカーテンが揺れ、漆黒の死神が勝手に起動すると、髑髏の頭部に赤い光が灯る。


【深淵が我を呼んでいる……。時空機関クロノスが動き出した。再び禁術を操り、時の秘宝ファティマを奪おうとしている。そうはさせん虚無の根源エターナルゼロの繰り返しは我と深淵が阻止する】


 タナトスのコアが音声を発すると、機体は僅かな残像を残し格納庫から姿を消した。

 ガランとした整備ハンガーには、取付中の装甲板だけが残され、呆気にとられていた魔軍は我にかえる。


「「…………」」

「あいつは何を言っているんだ?」


 イングリッドは眉を寄せ、低い声で呻く。


「さ、さぁ…………時空機関とはなんでしょうか?」

「知るか」

「トライデントの王が言うには、あの起源聖霊、患ってるらしいっすよ」

「患ってるとはなんだ?」

「とにかくカッコイイ言葉を使いたくて仕方ない、本人が設定した架空のキャラを演じることらしいっす」

「聖霊がキャラを演じる……?」


 イングリッドは「だからお前は何を言っているんだ?」という瞳で紅を見やる。


「多分時空機関とかファティマとかは架空の設定なんだと思うっすよ」

「なぜ聖霊はどいつもこいつも頭がおかしいのだ」

「と、とにかく搭乗者に呼ばれて転送したということでしょうか?」

「そういうことになるな」

「イングリッド様でもできないことをやったんだな……」

「…………」

 

 紅がボソリと呟くと、イングリッドは踵を返し愛機レイ・ストームの元へ向かう。


「イングリッド様、一体何を?」

「予定を変更してレイ・ストームの転送テストを行う」


 突然の予定変更に、バエルと紅は顔を見合わせる。


「ありゃイングリッド様、自分が出来ないことをトライデントの連中にあっさりやられたせいで、プライド傷つけられてんぞ」

「お前が口に出して言うからだろう。イングリッド様はああ見えて大の負けず嫌いだからな」

「ボスは手に入らなければ入らない程燃えるタイプの変態だからな……」

「お嬢様もその傾向が強かったな……」

「やっぱ姉妹だな」

「黙れ」


 イングリッドは銀色のリボルバー拳銃をバエルと紅に向けると、あっさりと引き金を引いて発砲する。

 顔の真横を弾丸がかすめ、二人は両手を上げて困った顔をしていた。


☆☆☆


「…………音速で決着したな」

「そりゃあんなロボット持ち出したらこうなりますよ」


 正直俺もタナトスは路上格闘技でガトリング砲使うくらい反則感があると思う。

 タナトスを見たラッキーズは最初やる気だったが、鎌を一振りしただけで仲間のほとんどが吹っ飛ばされていったのを見て、即座に降伏した。

 現在ラッキー達は、それはもう見事なDOGEZAを目の前で慣行し、全く微動だにしない。


「参りましたにゃ」


 狡猾なだけあって、白旗を上げるタイミングは心得ているといったところか。

 俺たちは【三毛猫の瞳】構成員全員を縄で縛り、そのままダンジョンの外へと連れ出した。

 洞窟の前には人だかりができており、どうやらタナトスを召喚した際の衝撃音が観光客を集めてしまったようだ。


「とりあえず蜜男に報告するか」


 頬をかきながらそう呟くと、こちらが呼ぶまでもなく騒ぎを聞きつけた、アロハシャツにグラサンをかけたトロピカルブサイクが姿を現した。


「おいおい盟友、こりゃなんの騒ぎだよ?」

「誰が盟友だ。親友からさらっと格上げするんじゃない。ちょうどいい――」


 俺はダンジョンガイドのラッキーが、探索に来た冒険者を闇討ちし、その死体を遺族に売りつける死体ビジネスを行っていたことを告げる。


「お前はまんまと三毛猫の瞳コイツらにとりいられてたわけだな」

「なんてこった、灯台下暗しって奴かよ」

「その通りだな。金があるからって変な奴信用するからだ」

「畜生金持ちな自分が憎いぜ。おら、お前ら! 洗いざらい全部話してもらうからな!」


 蜜男は捕まったラッキーズを連行していく。

 この島では実質あいつが王みたいなものなので、奴が取り調べて余罪を明らかにしていくだろう。

 後になってわかったことだが、このダンジョンを占った占術師もグルだったらしく、登場人物のほとんどが三毛猫の瞳の息がかかっていた。






―――――――――――――――――――

新年あけましておめでとうございます。

今年もガチャ姫をよろしくお願いします。


※章分割する為、章題を変更しました。

次回でゼノとバカンスとクラスチェンジはエピローグです。


書籍版ガチャ姫発売中です。よろしくお願いします。

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