第312話 ゼノの選択

「ゼノ、落ち着け俺だ」

「この声、まさかあなた……」


 壁尻状態のゼノはようやく俺だと気づいたようだ。


「ああ、もう安心だ」

「安心と言いながらわたくしのお尻を撫でまわすのはやめなさい!」

「おっと失敬」

「白々しい……。いいから早くここから出しなさい!」


 と言われてもな。ゼノを拘束する壁尻ホールドウォールに触れてみるが、硬い岩でできたトラップはそんな簡単に破壊できたりしなさそうだ。

 試しに彼女の腰を引っ張ってみたが、水着が少しずり落ちただけでビクともしない。


「ダメだこれ、俺の手には負えん。オリオン達を呼んできてやるから待ってろ」

「だ、誰か呼ぶのはダメ! こんな姿誰にも見られたくありませんわ!」

「大丈夫だ、三日くらい壁尻ネタでいじられるくらいだから」

「嫌よそんなの! あなた一人でなんとかしなさい!」


 そう言われてもドリルやツルハシでもない限り救出できそうにないぞ。


「お前、魔法的な何かで自力脱出できないの?」

「できたらやってますわ! この壁魔力遮断リフレクトマジック加工されてますの!」


 壁尻のくせに地味に優秀なトラップだな……。どうやって救助するかと考え、ピンと閃いた。


「あれが使えるか……。ちょっと待ってろ」

「えっ、この状況で一人にしないで!」

「すぐ戻る!」



 しばらくして俺は洞窟の中で目当ての物を手に入れ、壁尻へと戻った。

 ラッキーから購入した採石用のハンマーと杭を使い、壁に小さな穴を開けていく。


「あなた何をやっていますの?」


 下半身側の状況がわからないゼノは、コンコンコンと響く音を不審がっている。


「ハンマーで壁に穴を開けている。さっきラッキーから買った奴だ」

「見ていましたわ。あんな小さなハンマーでこれが壊せますの?」

「無理だ」

「わかっているならなぜ――」


 ゼノが呆れた息を吐こうとすると、ボンっと音をたてて拘束壁は崩れ落ちた。

 火薬臭い煙が晴れ、壁尻から解放されたゼノは目を丸くする。


「ゲホッゴホッ……あなた何をしましたの?」

「壁に開けた穴の中にボンバー茸を詰めて爆発させた」


 俺が採って来たのは、この洞窟に生えている爆弾キノコだった。

 採取するときは地雷処理班のような気分で、一つ誤って爆発させてしまい腕を火傷してしまった。


「…………ケガしてますわよ」

「傷のある男ってワイルドだろ?」

「バカじゃありませんの?」


 ゼノはフンッと後ろ髪を弾くと、歩き出そうとする。

 しかし、いきなり顔を歪めて立ち止まった。


「どうした?」

「な、なんでもありませんわ」


 平静を装い歩こうとするが、明らかに左足を引きずっていた。


「お前……ケガしたな? 足腫れてんぞ」

「な、なんのことかさっぱりわかりませんわ」


 強がるゼノの肩を軽く押すと、怪我した足で踏ん張ってしまったらしく涙目になっていた。


「泣くほど痛いのに我慢するなよ」


 俺はゼノの前でしゃがみこんだ。


「なんのマネ……ですの?」

「乗れよ。足痛いんだろ」

「ふん、これ以上人間に借りを作るわけには」

「借りてると思うなら早くしろ。乗らないなら肩に担ぐぞ」


 ゼノはむぅと唇を尖らせ、しぶしぶ俺の背におぶさる。

 これは凄い。普通おんぶしたらぺったりと背中にくっつくものだが、こいつ胸がデカすぎてちゃんとくっつけない。

 いい感触だな。

 久々に俺の顔は眉毛が太くなり、劇画調の世紀末紳士モードになっていた。


くぞ」

「あなたの声、そんなに低かったですの?」



 ゼノを背負いオリオン達が待つキャンプへと戻る最中、せっかく二人きりなので話をしようと思う。


「なぁゼノ、もう少し皆と仲良くできないか? 皆お前のこと心配してるぞ」

「お断りします。人間がわたくしのことを心配だなんてお笑いぐさですわ」

「そう言わずさ。ツノも直ったことだし」

「先に言っておきますが、このツノを修復してくれたことに対して別に感謝なんてしていませんから、勘違いしないでほしいですわね」

「そんなこと言って、お前が俺たちのこと好きなのは知ってるんだぞ」

「はぁ? どういう脳神経をしていたらわたくしが貴方たちを好きになりますの?」

「だってよ、お前ツノ直ったのに俺たちと一緒にいるじゃん」


 ゼノの矛盾を一突きすると彼女は押し黙った。

 力の源であるツノが直った時点でわざわざ嫌いな人間と与する必要なんてない。

 こいつの性格上、ツノが直ったなら「あばよ世話になったな、こいつはお礼だとっときな」と、ウチの城に爆撃魔法の一発でもぶち込んでいなくなるはずだ。


「お前がここを出て行かない理由、当ててやろうか?」

「……言ってみなさい」

「お前はツノは直ったけど心は直ってないんだ。聖十字騎士団によって仲間や領民を失い、見世物として地下闘技場に落とされた。そのことがトラウマになっているのと同時に、お前は人を憎むことで自分の心の再起をはかろうとした。それがヘックスに入る前だ」

「…………」

「だけど、お前はオリオンたちと行動を共にして人間も悪くねぇな、なんて思ってるんじゃないのか?」

「よくそこまで自惚れられますわね」

「自慢のチャリオットだからな。続けるぞ。お前は頑張って嫌な奴を演じて、皆わたくしのことお嫌いになって、もっとわたくしに暴言を吐いたりしなさい。優しくしないでと願ってたわけだ。そうしないと自分の中の憎しみがブレてしまうから」

「…………」

「だけどお前はトライデントの連中に感化されちまって、ヘックスの最終戦ではタナトスに乗って俺たちを助けた。ブレすぎて逆に固まっちまったようなもんだな」

「…………あ、あれはそういうわけじゃ」

「お前の性格上、今の今まで嫌な奴で通って来たから、急に掌返しする器用さもない。かと言ってウチを出て、もう一回孤立する勇気もない。トライデント以外の人間は恐いからな」

「そんなことはありませんわ! それではわたくしがまるで……」

「いや、あるね。お前はツノを失い無力さを経験したからこそ心が弱くなった。また捕まってツノを切り落とされたら今度は死ぬよりもっと惨めで悲惨なことになるとわかってる。そんなネガティブ感情ばっかりが浮かんできて、強かった時の自分がイメージできなくなってるだろ?」

「違う! わたくしは誇り高きクルト族。人間のような下等種を恐れたりしませんわ!」


 ゼノは俺の言ったことを必死に否定する。だが、それが余計「私は今とても人間が怖いです」と言っているように聞こえる。


「ここまで言って結論だ。言っちまえよ」


 ――本当は寂しくて、一人が怖くて、皆と一緒がいいって。


「違う違う違う!! わたくしを見透かしたようなことを言わないで!!」


 ゼノは俺の背中で大暴れし、何度も何度も拳で殴ってきた。


「人間なんて……人間なんて……」

「大嫌いか?」

「…………ええ……大嫌い。憎んでいますわ」

「そうか……残念だ」


 俺はこのままでは彼女の価値観をかえることはできないと悟る。ならば押してダメなら引いてみろではなく、引いてダメなら突き放してみるか。


「ゼノ、お前が本当に今も人間が嫌いならトライデントを出ろ。俺はアルタイルからお前が聖十字騎士団の切り札になるから預かれと言われてる。だけど歩み寄る気もねぇ奴を大事な戦いに使うつもりはない。正直戦いなんて二の次だ。それより俺は王として仲間に害をなすものを排除しなけりゃならん」

「うっ……ぐっ……」


 こちらの声音で本気だと察したゼノは体を強張らせた。

 きっと一人になって、誰も守ってくれない未来を想像したのだろう。追っ手に怯え、俺たちを失うことで人間全員が敵に回った最悪の未来を。

 それは今まで人を下等種と見下してきた、ゼノを含めたクルト族全体の正当なツケでもある。


「また……わたくしは……一人に?」

「ああ、一人だ。お前が聖十字騎士団に再度捕まろうが、変態貴族の慰み者にされようが俺たちは知らん。お前も憎んでいる人間に何度も助けられるのは不本意だろ?」


 明らかにゼノの胸の鼓動回数が増えた。自分の進退が今この発言で決まると理解したのだ。

 さぁどうする。またプライドがしゃしゃり出てくるか。自分が変わるかの二択だ。


「…………わたくしは」


 緊張しながらゼノの言葉を待つと、不意に人影ならぬ猫影が現れた。


「あれ?」

「おやおや、王様どうされましたにゃ?」


 影はダンジョンから出たと思っていたラッキーで、俺たちを見つけ人懐っこい笑みを浮かべて近づいてくる。


「ちょっとツレが怪我をしてな」

「それは大変ですにゃ。僕も爆発音が聞こえて心配になって戻って来ましたにゃ」

「さっきのボンバー茸のことか。ありがとう。でも大丈夫だ」

「そうですか。怪我の具合を見せてもらってもよろしいですかにゃ? もしかしたら治療できるかもしれませんにゃ」


 ラッキーは俺の背におぶさるゼノを心配げに見やる。


「ありがとう」


 俺はゼノをゆっくり下ろすと、自分の後ろに匿った。


「とりあえずその物騒なもん捨てろクソ猫」


 俺は近づいてくるラッキーが後ろに隠し持っているショートソードを指さす。


「一体なんのことですかにゃ? 僕は心配して貴方たちを――殺しにきましたにゃ」


 突如襲い掛かって来たラッキーの剣を黒鉄ではじき返す。


「やっぱりなクソ猫、テメーはなんか怪しいと思ってたんだよ!」

「アアアアンラッキィィィ~~! こんなところにノコノコやってくるくらいですからオマヌケ王だと思っていましたが、存外鋭いですにゃ」


 人畜無害そうな顔をしていたラッキーは、笑みを浮かべつつ使い込まれたショートソードを俺に構える。


「初級ダンジョンで冒険者が帰ってこない理由は想定外に強いモンスターやトラップがあった。そうじゃなければ別の要因が噛んでる。この何もないダンジョンでその要因になるのはガイドのテメー以外にないんだよ!」

「察しがよろしいようですにゃ。我々【三毛猫の瞳】は元々暗殺を生業とするギルド。ガイドギルドというのは表の顔ですにゃ」


 ラッキーの黄色い瞳が鋭くなり、その目は説得などでどうにかなるものではないと語っていた。

 しかし俺もそこそこ戦闘経験があり、狡猾な猫野郎一匹に引けをとりはしない。


「お前一匹に負けるかよ」

「おや? 誰が一匹と言ったのですかにゃ? 我々はギルドなんですにゃ」


 ラッキーがクスクスと笑うと、奴の真後ろから全く同じ容姿をした猫族の青年が二人、いや四人現れる。

 五色戦隊みたいな並びをしたラッキーたちは、皆クスクスと愉快気な笑みを浮かべる。

 

「コピーされたみたいな仲間だな」

「お気づきかと思いますが、このダンジョンは円形になっていて、金持ちそうな王や冒険者を誘い込んでお命ちょうだいしていますにゃ」

「じゃあボスモンスターのスケルトンチーフってのは」

「そんなの最初からいませんにゃ。ここは我々の狩場ですにゃ。知ってましたか? 実はダンジョンで死んだ死体って人ではなく物扱いで、拾った人の所有物になるんですにゃ。遺族は”偶然”死体を拾った我々にお金を払って死体を買い戻さなきゃいけないんですにゃ」

「つまり俺を殺して、トライデントに死体を買い取らせようって腹か」

「いえいえ、我々はあなた様が貧乏王だと聞きおよんでいますので。こちらの目的は」


 チラリとゼノを伺うラッキー。


「クルト族のツノなんて……なかなか高く売れそうですにゃ。しかも足をケガしているなんて大ラッキ~」


 余裕の笑みを浮かべるラッキーを前に、俺はゼノに目配せする。


「あいつら相当ここで殺し慣れてる。多分出口は封鎖されてると思うから、オリオンの元に行け」

「あなたどうするつもりですの?」

「時間を稼ぐ。かかってこいやクソ猫ども!」


 シャーオラァァ! っと俺はラッキーズに突っ込んだ。







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ファミ通文庫オンラインで特集ページを組んでいただいています。

また、カクヨムの特設ページでも紹介をいただいています。

よろしければ見て下さい。

カクヨム

https://kakuyomu.jp/special/entry/web_novel_003#gachahime


ファミ通文庫特集ページ(一部の挿絵と口絵が見れます)

http://fbonline.jp/02sp/02_1901Gachahime/index.html

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