第311話 トラップ

 洞窟の分岐路を左へと進むと、ラッキーが言っていた通り俺達の前を魔物の影が立ちふさがった。

 それは鎧を纏った男のグールで、生気を失い虚ろな目をしている。

 天井の染みを数えていたグールはこちらに気づくと「あ゛あ゛ぁ!」と唸り声をあげて、襲い掛かって来た。


「動きが早いな。こいつグールになりたてか? ちょうどいいソフィー、オリオンに聖魔法を教えてやってくれ。お前の得意分野だろ」


 アンデッドと言えば聖魔法での浄化。それをオリオンが習得できれば心強い武器になるだろう。


「わかりました聖なる光よ、邪悪を照らし出しだしなさい! ホーリービーーム!」


 ソフィーが剣を掲げると、剣光が煌めき真っ白な光線がグールに降り注ぐ。

 なにあれすげぇカッコイイ。俺もあれ覚えたい。

 聖なる光に晒されてアンデッドは苦し気なうめき声をあげる。


「いいぞ、きいてるきいてる! よしオリオン聖魔法の練習だ」

「ソフィーそれどうやって使うの?」

「聖なる力を心に秘め、主を信じながら力を解放するのです!」

「わかった、え、えぇっと邪悪よ滅びろホーリービーーム!!」


 オリオンは樫の杖を掲げ、ホーリービームを唱える。が、当然ながらホーリービームは出なかった。


「ホーリービーーム! ビーム! ビーーム!! 全然出ないんですけどぉ!」

「もっと主を信じて! 主のバイブスを感じてリスペクトの精神をもって下さい!」


 あいつラッパー的なノリで聖魔法撃ってたんだな。


「ソフィー呪文の最初の方もう一回教えて!」

「聖なる刃を心に秘め、穿て邪悪、灯せ希望の光! 滅殺セイントレーザー!」


 あいつマジでノリで魔法撃ってるな。呪文の前半も後半も全然違うけどホーリービーム出てるしな。せめて後半部くらい統一してほしい。

 オリオンも「あれ? さっきとなんか違うくない?」と眉を寄せている。これほど役に立たない魔法講座も珍しいだろう。

 どうでもいいが、あのアンデッド「うぅ……」とか「ぐぅ……」とか言ってるけど、全く浄化される気配がないんだが。

 ソフィーのホーリービームが途切れると、グールは赤い目を輝かせて「野郎、ぶっ殺してやる!」と言わんばかりに俺たちに走り込んできた。


「お前あのグール超元気になってるじゃねぇか!」

「あれ? 死にたてなんで、もしかしたら聖なる力あまり効いてないかもしれませんね」

「それを先に言え!」


 グールはすさまじい勢いで駆けてきたが、俺たちを完全に無視して銀河に襲い掛かる。

 どうやら遊ばれ人クラスの効果が発揮されているようだ。


「ひーん助けて下さい!」

「よし、銀河そのまま引っ張っておけ。ゼノさん! 出番ですよゼノさん!」


 先生頼みます! と真打ゼノの名を呼ぶと、さっきまで俺の後ろにいたはずのゼノの姿がなくなっていた。


「あれ? あのチビ爆乳縦ロールどこ行った?」

「ゼノならアホくさって言って帰って行ったよ」

「えっ……お前帰るとこ見てたの?」

「うん、お疲れ~って言っといたよ」

「引きとめんかい。何普通に帰してんだよ」


 やる気なさすぎるゼノに頭を抱えていると、ソフィーが俺の前に立った。


「任せてください、クラスチェンジして聖なる騎士となったこのわたしが、グールの一匹くらいなんとかしてみせます!」

「よせやめろ、もうそのセリフだけでお前がどうなるかわかる!」


「はあああああっ! 邪悪なる者よ、神の名のもとに成敗します!」と勇ましく声を上げ疾走していくソフィー。



 5分後――


 俺たちの前にはオリオンの樫の杖で撲殺されたグールが転がっていた。

 後頭部が陥没した死体の隣で、しゃがみこんだソフィーがグズっている。


「やはりこうなってしまったか……」


 俺の予想通りソフィーは「神の御旗の元に!」とカッコイイことをほざきながら突っ込んだが、反撃のゲロを浴びて半泣きになっている。

 結局魔法なんか関係なく、銀河に組み付いているグールを後ろから杖でどついて倒すと言う、実に残念な結果となってしまった。


「お前止まってる敵ぐらい当てろよ。魔人斬りでももうちょっと当たるぞ」

「しょうがないじゃないですか! この剣凄く重いんですよ!」


 そんなもの使うなという話である。大体お前いつもハルバード振り回してって思ったが、こいつハルバードも使いこなせてなかったな。

 

「咲、ゼノどうすんの?」

「帰っちまったもんはしょうがないだろ。すこぶる不安だが、このまま進むしかあるめぇ」

「あの人皆の輪を乱します! わたし前々から一言言ってやりたかったんですよキャラ被りやめろって!」


 言うことそこかよ。しかもお前とゼノそんなにキャラ被ってねぇし。


「そうか、とりあえず臭いから近づかんでくれ」


 俺たちは鼻をつまみながら悪臭漂うソフィーを連れて洞窟の奥へと進む。


 しばらくして、また目の前に現れた分かれ道に俺は顔をしかめた。


「あれ? また分かれ道か、次どっちに行ったらいいんだろ」


 この辺はまだ探索が済んでいないのか、ラッキーは何も言っていなかったが。


「左じゃないの?」

「どうだろうな、次は右かもしれん」

「多分こっちだよ」


 根拠もないくせに自信満々なオリオンはそのまま左の道へと進む。


 1時間後――


「あの……お館様」

「お前も気づいたか」

「これ同じとこグルグル回ってません?」


 ソフィーの言う通り、さっきから景色がかわっていない。


「お館様、自分分岐路の前にまきびしを目印で置いたのですが」


 銀河は地面に置かれたまきびしを指さす。


「あぁ、確定だな。同じとこ回ってる」

「でもおかしくないですか? わたしたち何回かルートかえてますよね?」

「そうなんだよな、同じとこ回ってるかも? って気づきはじめた時に、ルート変えて同じ道通らないようにしたはずなんだが」


 実はドーナッツ型のダンジョンで、どこか隠し部屋みたいな場所に入らないとダメなんだろうか? それか秘密のスイッチがあるとか。


「王様お腹すきました」

「あたしも」

「このまま歩き続けても疲れるだけだな。少し休むか。銀河、バッグの中に食料が入ってる。これでなにか作ってくれ」

「かしこまりました」

「俺はもうちょっとその辺調べてくる」


 俺は焚火だけ作ってキャンプポイントを設置すると、ランタンを片手に周辺をもう一度回ることにする。


「ん~やっぱ隠し扉か?」


 グルっと近くを回って見たが、やはり円形ダンジョンのように思える。しかし妙なのが、普通円形ダンジョンだとすぐに気づくはずなのだが、なぜかその違和感に気づかなかった。

 しかもこれだけ歩き回って、蜜男の雇ったもう一組のパーティーが見つからないのも謎だし、モンスターもさっきのグールとゴブリンが数匹見つかったくらいで、初級ダンジョンにしても少なすぎる。

 やはりこの洞窟は何かおかしい。そう思いながらランタンを掲げると、湿った岩壁をフナ虫がカサカサと走り抜けていく。


「うへ、気持ち悪ぃ」


 一人で不安になってきたし帰ろうかな。

 そう思っていると、不意に何かうめき声のようなものが響いてきた。


「うぅ……あぁ……たす……け」


 グールでも潜んでいるのだろうか? とうめき声に近づいていくと、俺の前に尻が現れた。

 正確には壁の中に上半身が埋まり、無防備な下半身をさらけ出した、通称壁尻と呼ばれるものだ。


「なんだこれ……尻がある……」

「たす……け」

「尻が助けを求めている」


 おもむろに尻を撫でると壁尻はビクンと跳ね、脚をバタつかせてパニックになった。


「触らないで! あ、あっちに行きなさい!」


 くぐもった声が壁の裏から聞こえてくる。壁向こうの上半身が叫んでいるようで、こちらが見えない恐怖からか声に泣きが入っている。


「だ、誰か知りませんが、それ以上わたくしに何かしたら許しませんわよ! こ、この程度の辱めを受けたところでわたくしの心は決して屈したりしませんわ!」


 この高飛車なくっ殺なセリフ。そしてブルーの水着。上半身を見なくても誰かわかってしまった。


「き、聞いていますの! 今ならこのトラップにハメたことは許してさしあげます。だ、だから早くわたくしをこの壁から出しなさい!」


 これ拘束壁ホールドウォールか。ダンジョントラップの一つで発動した瞬間その場にいる人間を閉じ込めて動けなくするものだ。本来手や足などの体の一部が壁に埋まって動けなくなるものなのだが、こいつは腰が埋まり壁尻状態になったようだ。


「奇跡みたいな奴だな……」

「こ、これ以上わたくしを辱めると言うのなら一思いに殺しなさい!」

「おい、ゼノ」

「くっ殺せぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 うるせぇなコイツ。


「おいゼノ、俺だ」

「やめろおおおお!!」


 人の話聞いてねぇな。いや、俺が尻撫で続けてるのが悪いのか。





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書籍発売まで残り9日!

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また品切れにかわる可能性がありますので、この機会をお見逃しなく。

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