丸型の青空


幼い少女2人がが長屋の裏で石で地面にいくつもの丸を描く。

1人がぴょこと野兎のように軽く跳ね全て終ると誇らしげな表情で友を煽る。

友も真似し見せ付ける様に軽く跳ねた。


「けんけんぱ! けんぱ!」


少女の声が辻斬りの影響でひっそりとした町に響いた。

最後の1つを跳ぼうと少女は地面を蹴ったが正面を横切る人に当たり尻餅を付いた。

暗い青の着物を風に靡かせ、男はその丸の中に立ち少女達を眺めていた。

男は屈み少女に向かいにぃーっと口を横に開き笑って見せた。

灰色の厚い雲が重なりつつも隙間から真青な色を覗かせる不思議な空を男は広い背中に背負込んだ。



―――――――――――

――――――


「これでよし!」


店先の角を曲がった少し離れた川辺に長く屈んでいた茶屋の娘は腰を叩く。

昨夜は利玄に見破られる事なく咄嗟についた嘘だが、花について訊ねられると返答に困る。裏口の脇に咲いていた花の種を採取し日がよく当たるこの場に埋めていた。

ご満悦面で泥で汚れた手を掃い、茶屋から欠けて客に出せず廃棄前の湯呑入れた持参した水をかけてやる。水を吸い色濃くなった土を眺めて小さく息を吐いた。


「今日はお客さんも少ないし、長く休憩出来るかな…」


本拠地は別にある。滝川の言葉が頭を霞めた。

今冷静に考えてみたら町の近場に本拠地があるのも考えにくい、あれはただの仮拠点。それでも長くあの場にいた証拠もある。既に撤退しこの町から離れていたとしても室内に何かしらの情報が有るかも知れない。茶屋を訪れた不届きな侍二人組はあの古屋にいた事は確認出来ていないが仲間である事は分かる。シンと共に霧隠れしたあの男らは辻斬りで被害に遭った人の事を話していた。まるであの二人が斬り付けたような口振り。亡くなった人を酷く侮辱する言葉まで吐いていた。


「…またこっそり覗きにいこうかな」


昨日の今日ならまだ運良く仲間が撤去作業でも裏をかき潜伏する準備をしているかも知れない。滝川がいない今だがまだ日が高く利玄からもらった休憩もかなり余裕があり古屋へ続く道もきちんと覚えている。周辺を散歩していたと告げれば大丈夫だろう。橋を目指しそろりと歩き始める。


朝方斬り捨てられた死人が発見される。

辻斬りは夜に動き単独でいる者を狙う。


続く辻斬りの出現に怯える人々は救いの情報を手に入れた。

それも単独で夜道を歩く人が標的になり、昼間に目撃情報や死者が出ない事実に緊張を解しゆっくりとだがまた賑やかな町に戻りつつある。それでも念には念をと比較的屋外へ出ないようにする人々も多い。それが確実に安全といえる。

だが親の命令で見知った室内で息を顰める事が嫌いな子どもらは外で新しい発見を見付けるために走り回る。生活を支えるため人が疎らになった町中を1人でもかき集めるため活気の良い呼び込みをする大人たちより目立つ楽しげな笑い声が響く。

すぐ隣を駆け抜けた子どもの笑い声が酷く懐かしい。


「けんけんぱー!!」


橋を渡り目指す小道の手前長屋の裏、甲高い少女の声が聞こえる。

道の真ん中に円をかきその上を楽しげな声を上げて兎のように跳び回る何とも微笑ましい光景。なかなか距離のある円を跳ね終えた少女が遠く逆光に立つ友に手を振り合図を送る。それに反応し友もぴょこっと片足を地面に着いた。


「よっと、はっと! どっこいしょっと!」


若者が出す言葉ではないと内心に笑う。

子どもはすぐ両親の真似をする。それは悪戯心か憧れによるものか。

真似をして自分はもう大人なんだと胸を張る。とても愛らしいその姿に心が和む。

まだ遠くに聞こえる声は男らしい。男女仲良く遊ぶ姿は微笑ましく昨日の滝川の言葉を思い出す。甘酸っぱい恋だと砕けた表情で愛する妻を思い出し幸せに更ける。


和む弥凪は近付く少年の声に違和感を感じ緩む口元を強張らせ目を凝らす。

少年にしては声が低い。遥か遠くから小さく跳ねる少年がこちらに来れば来るほど大きさは増し等に少女の背丈を抜かしてしまった。


「そいやっさー!!」


長屋から顔を出し眺めていた弥凪の前を幼い少年ではなく円を跳んでくる男は、何個か円を跳ばしつつも着地の形は崩さない。青い着物を翻し、黒い軽く後ろで結んだ髪を揺らす。男は少女手前最後の円に可憐に着地をして両手を上げた。


「んー俺、完璧じゃね?」


目を光らせ真顔の男は少女の前でポーズを決めて男は呟く。

「お兄ちゃん凄いね」と目を輝かせた少女の拍手に照れ臭そうに頬を掻き頭を下げた。


「あ―――っ!!」


弥凪はその男を指差し大声で叫んだ。

突然の声で2人は肩をビクつかせ振り返る。状況を理解する時間がかかり固まる少女を放置して男は目を潤ませ頬を染め全力で喜びを表現しているようだ。


「ご無沙汰な弥凪ちゃん補給でハグ!」


猪の如く地ならしをしながら突進してくる風逸昴に片足を後ずさる。


「昴!」


無垢な少女の大きな瞳は二人を捉え、二人が抱き合う瞬間砂埃が舞う。

その砂埃が目隠しをし開いた瞳に広がった光景は先程まで嬉々と共に遊んでいた昴が無残にも顔から落ち土埃に汚れ地面に倒れる姿だった。


「お兄ちゃん大丈夫?」


オドオドとしながら昴の側に屈み触れようと手を伸ばす。勢いよく顔を上げ優しげに差し延べられた少女の手を借り立ち上がる。無事であった昴のほっとした少女だが、上げられた昴の顔を見るや否や短い悲鳴を上げ青褪めた表情で走り去ってしまう。


「ふぅ」


弥凪は砂で汚れた手を叩き腰に手を当てる。

先程と同じ行為だがあの時は綺麗な花を咲かせるためにした事。


「いだ、いじゃないがぁぁ!! おれがんばっだのに゛…!!」


震える身体をそのままに涙と鼻水と土を混ぜ無残な姿になる昴の顔を横目に冷ややかな口調で「汚い」と呟いた。





―――――

―――



優しく微笑み旧友との再会を喜ぶ。


「久しぶりだね昴。元気だった?」

「ちょっと! 今の出来事無かった事にしようとしてない? 感動の再会をやり直しても恐怖に逃げた幼女は帰って来ないんだからね!」


ぷりぷりと怒る昴は弥凪から差し出された濡れ手拭で顔を拭き、口の中がじゃりじゃりすると顔を歪ませ舌を突き出す。薄汚れた着物を叩き痛めた腰を上げる。


「だって茶屋に顔出さないでこんな所で遊んでいる昴が悪い。この鈍間男」

懐かしい毒舌に頭を下げる昴だが意気込み勢いをつけて見上げた弥凪に噛み付くように話し出す。


「俺だって頑張って帰ってきたんだからな! 本当は十四掛る所を片手で数えられる日数で切り抜けて…」


後半になるにつれ声が小さくなり身を縮込ませ再度頭を垂れ下げる。

仕事を早く切上げ帰省したものの数日ぶりの町に心浮かれ楽しげに遊ぶ少女達と混じり時間を忘れて夢中になってしまったのは事実。飽きたもう1人の少女は違う子の所に遊びに行ってしまった。自分にも非がある事にぐうの音も出ない。


「…昴がいない間こっちは大変だったよ」

弱々しく呟く弥凪の言葉に見上げると一瞬曇った表情を見せ小さく微笑み「お勤めご苦労様でした」と軽い音と共に肩を叩いた。



「それはそうと伝達屋の昴さん。何か掴めましたか?」

茶屋に戻らないのかと問われたが休憩時間だと伝え、長屋の裏から木々の間にある石段に場所移し立ち止まる。これから話す内容的にも茶屋楽しげに笑いながら出来る話でもないだろう、昴も弥凪の言葉に確かに都合がいいと洩らした。


「収獲はゼロじゃないけど、辻斬りが誰かは探れなかった」


辻斬りの可能性がある人物は知っている。昴の言葉に弥凪はシンの姿を思い浮かべ内心呟く。何か深く考え真剣な表情の弥凪に怪訝に眉を顰めながら昴は言葉を続けた。



「此処からかなり離れた所だけど、数か所小さな村が潰された」

「えっ」

「潰れた理由はまちまちで流行り病や神の崇り、海近辺の村だと海賊が出たとかまぁ色々聞かされたわけよ」



海賊という単語に肩をビク付かせる。

シンと繋がる海賊海近辺の潰された村、何か繋がりがあるのだろうか。



「後は城下町へ向かう侍も襲われただとか物騒な話が出回ってるね、この町外でな。これも辻斬りに関係してるのかは知れねえな侍に関してはただの小競り合いだろと打ち止められるしな」


色んな情報が飛び交っていると片手を頭に当て眉を顰める昴、どれも噂程度でどれも確証をつく事が出来ないとぼやく。


「他にも今回の件には関係ないと思うけどある将軍部隊が壊滅させられたとか、今のご時世そりゃ色んな情報が飛び交っているんですわ。どれが辻斬りの武勇伝になったか分かったもんじゃねえな」


お手上げと手を胸元でぶらつかせ深く溜息をつく。

石段を上り歩き出す弥凪を慌てて昴は追掛ける。


「辻斬りが単独犯だか複数犯だか結局分からないってこった。何か膨大な情報の海に突き落とされて溺れかけた気分。どれが必要な情報かそうでないか全く分からん」



「距離が近い噂はやっぱ城下町の帰省途中の侍の闇討ちだな。なんか昼間は被害が出てないみたいだよ」

「…それこの町で今起きている事と同じだ」



弥凪の言葉にぴたりと足を止める昴に気付き振り返ると背後で怪訝した表情を向けられる。ここ最近夜に人は出歩かない。連日被害に遭い苦しんでいたがここ二日は辻斬りの話を聞かない。その代りにこの町のすぐ近くの場所で被害が出た。辻斬りは移動している。


それでは昨夜見たシンらの集会は何だったのだろう。今朝もこの町に辻斬りが出たという噂は出ていない。変わりに町外で出現し被害が出た。

シンが直々に手を下していない。

仲間にさせていたとしたら、あの場で仲間の帰りを待っていたのか。


考えれる程頭を混乱し緊張から胃液が込み上げ喉を焼く。

やはりシンについてもっと知るべきだ。


口元を押さえ俯き黙ってしまった弥凪を見て気分を害したと思い慌て昴は口を開く。こちらの顔色を窺い気遣う優しい言葉を投げかけられ一言「大丈夫」と答えた。


「私は大丈夫だよ」


再度言葉を繰り返す。苦く作り笑いを見せる昴を安心させようと微笑む。

もしこの町で出現している辻斬りが他の地から渡ってきたとしても、その辻斬りがシンとその仲間が関わっていたとしても私は知りたい。

ただの知識欲ではなく名前をくれ居場所をくれた利玄の側にいたい。

あの人をどんな危険から遠ざけたい。

膨大な情報に恐れ内心怖いと小さく震える自分を押し殺す。


意気込みこちらを見つめる弥凪に昴は乱暴に髪を掻き乱す。

真剣な面持ちが一辺していつもの笑みを見せ自らの胸元に拳を握り叩く。


「まぁ俺がいれば何も怖くないってな! どうせ俺が弥凪を守るんだし」


二人を取り巻く空気が昴の一言で大きく変わり呆気に取られた。

なんとも恥ずかしい台詞を平然と言い放つ昴はぽかんと口を開け間抜け面の弥凪の片頬を引き悪戯に成功した喜びで口元を緩めた。軽く引かれた頬を離しこの行為に苛立ち弥凪から放たれる怒りの鉄拳を受ける準備をし両手を頭の上にしか弱い悲鳴を上げ身を屈める。


すっかり砕かれてしまった雰囲気に吹き出し肩を震わせる。

不安で恐怖に押し潰され震えていた弱い自分は陽気なこの男により解かされた。

「頼りにしてますよ。伝達屋さん」


邪気のない笑みを浮かべ互いにまったりした動きで歩き出した。



「…ところで、今何処に向かっているんだ?」


細い小川を渡り人気のない小道に進む弥凪に昴が説いた。

昴に渡された情報に当てられ本来行く予定だった古屋を頭に浮かべ歩いていた。歩く小幅が一歩一歩大きく少し速足になる。昴とのやり取りで、休憩時間を大きく削り茶屋に戻るのが遅れるのはとても困る。


「えーとね、この先の家にご用なの」

にんまり笑いながら強歩のペースを変えない弥凪の様子を昴はふーんと鼻で呟く。その顔が怪訝したもので口をへの字に曲げる。


「…弥凪さ、何かとてつもない事に首突っ込んでない?」


昴のその言葉に肩を大きくビクつかせ頬に汗が伝う。未だに歩き続ける弥凪の様子を見た昴は首元を掴む。その行動で首が締まり濁音の交ざる悲鳴を上げる弥凪を無視しずんずんと来た道を戻る昴に声を荒げ止めるように頼むが逆に力を込められ振り解けない。


「弥凪さんよ、まさかだと思うけど危ない橋渡っちゃいねえか? この先は確か無人の古屋でそこらを賊がたまり場にしてるって聞いたぜ」


誰に聞いたかと問い掛けると先程遊んでいた少女からだそうだ。長屋に住む少女なら親の世間話が耳に入るのも頷ける。


「辻斬りの事で首を突っ込んでいるのは分かるけどよ、まさか1人でその賊がいるかもしれねえ家に行こうとしてたんじゃねえよな?」

「…」


言い返す言葉もなく頬を汗伝う弥凪を見て昴は大きく溜息をつく。


「こ、こんな日が高いうちじゃ大丈夫よ。昨日だって夜近くに集まっていたみたいだし」

「…昨日?」


首元を掴む力を強緩めず速足でその場から離れる遠のく目的地に弥凪は慌て叫ぶ。



「昨日知り合いと見に行ったから大丈夫。隠れそうな場所だって見付けた。ちょっと見てすぐ帰るつもりだから!」


引く力に昴は身体を傾き慌てて振り向くと弥凪は散歩を嫌がるリードを付けた犬のように顔を赤らめ足に力を入れ踏ん張る。


「すぐ、1分で終わるから。成るべく屋敷から離れるから!」


昴も負けずと力を込めるが石の如く動かずの弥凪はびくともしない。

暫く無言の応戦のち心折れた昴が声を上げた。


「頑固者! 分かった俺が、俺が見てきてやるからそれでいいだろ!」


予想もしない提案に目を丸くし緩めた手から抜け出し乱れた襟元を正す。

確かにそれなら安全だ。自分の目で見れないのは不本意だがこの案以外一歩も引かないとこちらを睨み付ける昴に何も反論が出来ない。


「はい、それで決定! 再確認するけど目的地はあの古屋でいいんだね」

「…うん」


不貞腐れた内心を読み取られ昴は頭を軽く数度叩く。

その優しい手付きに眉を顰め面白くない心情を顔に出す。


「ここで大人しく待ってろよ。すぐ戻るから、いいな?」

「はーい」


「現役伝達屋の足の速さ舐めるんじゃねえ」とご自慢の足を叩き腕まくりをし誇らしげに去っていく小さくなっていく昴の背中を見届け無駄に心配性だと毒づきぼんやりと空を眺める。古屋までは一本道、あの獣道から離れ昴が通り過ぎるのを待つ案も浮かんだが勘のいい昴は気配を察知し笑顔で背後に回りそうだ。

それにまた仕事着を汚してしまえば今度こそ言い訳が思いつかない。道で転んだと嘘をつくかそれではまた変に心配をかけてしまう。


「…大人しく待ってますか」



引き戻され細い川付近にある大き目な岩を見付け深く腰かけ一息付く。

何となく望遠鏡のように人差し指と親指と合わせ丸め覗き込んだ風景は、古屋どころか小道すら見えない。その行為を嘲笑うかのように川辺咲く背の高い草が風に揺れる。

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