伝達屋
風のように素早く伝える。
噂話を流すのもお手の物。
方法は企業秘密っていうことで
その日の最後きめ顔でそう言うとふらりと帰宅した、自分が伝達屋だと名乗った風逸昴は毎日のように茶屋に足を運び相変わらずへらへらした顔で団子を貪っていた。
「そんなにお暇なんですか?」
呆れながら弥凪は今日も昴の食べた団子の皿を片付ける。
その様子を見ながら昴は団子の刺さっていた串を銜え”おかわり”と空になった皿を突き出した。
「別に無断飲食じゃないんだからいいだろ? ほら、金ならこの通り!」
懐から出した袋をじゃらじゃらと音を出し、それを弥凪に投げた。
ずっしりと重い袋を受け取り、また溜息を付く。
「まぁ御代貰えるのに悪いことはないけど…ほんと、よくも毎日じゃらじゃらと…これ偽銭とかじゃないわよね?」
「うぁー俺って信用ねぇ!! 大丈夫だって! 俺を信じろ!」
親指を立てそれを自分の方に指し、誇らしい顔で決めていた。
「そうね、貴方は世間受け良さそうだもの。そういう顔で悪さなんか出来ないわよ」
団子を取りに台所に向かいながら弥凪は言う。
背後から”違いねぇ”と乾いた笑いでが聞こえ、昴は茶を啜った。
ちらりと見た横顔は一瞬暗い印象だったが、すぐにいつものヘラヘラした顔に戻っていた。
一日で特に忙しい時刻を終え、いつもは数人休憩にと立ち寄るのだが、今日は珍しく客がいない。
久しぶりにのんびりとした空気を味わっていた。利玄は新しい材料の調達にと少しだけ距離がある隣町に買出しに行ってしまった。弥凪は荷物もちにと付き添う予定だったが、昴が来てしまい結局店番。大荷物じゃないからと利玄は、頬を膨らます店番に不満な弥凪の頭を撫でながら言う。”すぐ帰るから”
利玄の後ろ姿が消えるまで弥凪はその背中を見続けていた。
「何か弥凪、捨てられた子犬のような顔してるぜ!」
何とも馬鹿にしている笑いをする昴の足の甲を、弥凪は思い切り踏み付けた。
店内の横椅子に2人は腰掛ける。
昴が啜る茶の音がやけに響き、ぼーっと弥凪は呆けていた。
店内に飾る小さな花々の水を入れ替えたり、床を磨いたりと
やることが全て終わり果てしなく暇になってしまった。
いつもは賑わっている店内で、会話するのも一苦労というもの。
こんなにも静寂で耳が思わず痛くなるようだった。
「弥凪ちゃん、弥凪ちゃん! お茶おかわり下さいな」
時々付く”ちゃん”の言葉に眉を動かすが、始めの頃よりは不快に感じない。
時々といっても最低一日一回は言うこの言葉に今はもう慣れたのだった。
「そういえば、伝達屋ってどんな仕事なの?」
少しの好奇心で浮かんだ疑問に弥凪は口を開く。急須に茶の葉を加えすっかり人肌に冷めてしまったお湯を注ぐ。
「号外で配りまわる商人の人?」
弥凪は続けて尋ねた。
お湯を暖めなおすため、火打ち金と火打ち石を叩き擦り種火を消さないように気を付けつつ薪をくべた。次の分のお湯を用意しつつ弥凪は先程入れた少し冷めた茶を湯飲みに注いだ。
「んにゃ、号外より早く伝えるのさ。このご自慢の足で!」
先ほど思いっきり踏んだ足を軽く叩きながら昴は答えた。
「いろんな情報を伝えるのさ! 落し物を拾ったとか情報を使って探し人を見つけたり!まぁ、とにかく色々だ」
丁度いい温さだと茶を喉に通す昴の隣に腰かけた。
「つまり何でも屋みたいな感じ?」
「情報の何でも屋かな、どちらかといえば!」
「情報の何でも屋ねぇ…」
情報。身軽に動ける昴になら。弥凪はふと思った。
昴に”伝達屋”に聞けば、記憶を失う前の自分の正体が分かるかも知れない。
記憶の隅にあるあの刀のこと
過去に何があったのが全部
―――隣にいる伝達屋の風逸昴に聞けば
緊張のせいか酷く喉が渇いた。
頬に汗が伝い少し呼吸が乱れる。
過去を思い出そうとすると、頭が割れるように痛い。
突然黙り込んだ弥凪を不思議そうな顔で覗き込む昴にゆっくりと口を開いた。
「ねぇ…この町から西に少し離れた所に小さな村があるの知ってる? その村の上流に2つ村がある」
「ん?西って言えばいっちゃん大きなあの山の方角か。上流と下流で合わせて村3つあって…って少し離れた場所じゃないよあそこ。徒歩なら5日くらい歩かないと」
嘘をついている様子のない昴は弥凪の問いに答えた。
そこまで距離がある事にまず驚いた。
2年前利玄に拾われた日、その日が何時で時間どれくらいという情報は一切なく宿の女将と利玄の話を栄養不足で働かない頭で医者の小言をノイズに聞いていた時と幾分食い違いがあるが、2年も前だ近道があり予定より早めに到着したのだろう。拾われて看病をされ次の日の朝に旅立った頃には弥凪は眠ってしまったのだ。
気が付いたら既に町の中にいたので覚えていないのは無理がない。それよりも先に気になる事を弥凪は訊ねる。
「その村で二年くらい前そこで探し人で、女の子なかった? 多分下流じゃなくて上流の村の方から」
十四に記憶を失った原因かもしれない上流の村の2つのうち1つ。
そこに本当の両親がいるかも知れない。自分は捨てられたのか孤児なのか。
――――過去の自分を知る情報が欲しい。
湯のみを口に当てたまま、目は遠くを見たまま昴は黙り込んでしまった。
深刻そうな表情で何か考えている様子だが小さく溜息を1つ漏らし手を昴の自分の額へと当てる。
「…私には言えないようなこと?」
「ごめんな…」
昴から笑みが消え、真剣な顔付きの横顔にどきりとした。
弥凪の失った記憶は、平和で幸せに溢れているようなことではないらしい。
きっと人には言えない悪さをした罪人だったのかもしれない。
両親に見放され追われ、逃げ場を失った弥凪は、敵に川に突き落とされた。
そして川底の岩に頭を打ち付けて記憶を失い下流へと流れ着いた。
きっとそういう事なのだ。次から次へと暗く重い想像が頭を駆けずり回る。
「ごめんな、弥凪。俺…」
「気にしないで。私が変な事聞いちゃったから…」
記憶に残る赤い旋律。
両親に見放されていなければきっとあれは弥凪の両親を斬り付けた血。
身体に斬られた後がないから、きっと命を掛けて子どもを守ったのだ。
そのうち今いる場所を見つけられ、そして斬り付けられる。
身体中の熱がさっと冷めていく感覚がする。
「俺、俺…!!」
「大丈夫だから! 貴方に…ここにいる皆の迷惑がかからないようにするから!
だから!! …そんなに自分を責めないで?」
震える肩に優しく手を置くと小さくビクついた。
小さな粒の汗が額に浮かび、昴はゆっくりと視線を合わせた。
「弥凪。俺…正直にいうよ!」
少しゴツゴツした手が弥凪の手を取り握る。緊張で汗ばんでいるのか手がとても冷たい。真剣な顔で昴は口を開いた。
「ごめん俺、実は――――その情報は知らないんだ!」
「…はい?」
突然の言葉に弥凪は言葉を失った。
緊張で強く握られていた手を解き頭の上に持っていく。
「いんやぁ、実は俺…半年くらい前にこの仕事始めてさ! 実はまだまだひよっこ業でした。 だからその前の情報は全然取り扱ってないんよ!」
すまんすまんと繰り返しへらっとした笑みに戻った昴に弥凪から表情が消えた。
立ち上がり、ゆっくりと自室にある紅の紐が付いた鞘の入った刀を持ち昴の背後に回り刃を抜く。
「いきなり弥凪が真剣な顔すんだもん。なかなか本当の事言えなくてよ!
でもあれだ! 悩める乙女って奴は可愛いな! 弥凪の顔まじまじと見ちゃったよ!」
ははは、と笑う昴の首元にひやりとしたものが押し付けられた。
それは今、持ち主の心境と同じように冷たく強く殺気が込められたものだった。
「ちょ、話せば分かる! まじごめんって!」
「この…このッ! 唐変木の大馬鹿者が!」
数分後、昴の長めの横髪が少し短く整えられたのだった。
―――――――――――
―――――
「へぇ、弥凪ってここの娘じゃなかったんだ…あの利玄さんが父親かと思ってたよ!」
整えられた横髪を指で弄りながら昴は呟いた。
幾分か気分が晴れた弥凪は沸いたお湯を見に行くため席を立つ。
「苗字が同じなのは、記憶がない私に名前を付けてくれた。
利玄様には一生を尽くしても足りないくらい感謝しているの」
居場所を与えられ、何一つ不自由がない。今がすごく幸せだ。
利玄がくれた茶屋の着物に手を触れ、やんわりと微笑んだ。
ふーんと昴は茶屋から覗く夕暮れの空を見つめた。
「そんなに気にしなくてもいいんじゃない?」
「…えっ?」
夕焼けの色で包まれた昴の横顔を弥凪は見つめた。
その視線に気付いた昴は、照れくさそうに頬を掻きながらにっと歯を見せる。
「だってさ! 弥凪は弥凪だろ? 昔の自分じゃなくて、今を生きようよ!今が幸せなら、それでいいじゃん! だろ?」
少し強めに背中を叩きさも当たり前のような言葉を掛けられた。
重い身体を丸め猫背だった背中が昴の後押しで息苦しさが消えた。
「…そうね、そうかも! 今が幸せなら…ッ!」
弥凪は深く考えすぎていたかもしれない。
昔の自分がどうであれ、今の私は私。
茶屋の看板娘、東雲弥凪だ。
「有難う! 何だかすっきりしたわ」
「そりゃ良かった。過去の自分と向き合うのは大切な事だけど、今の自分を見失うようじゃ駄目ってこった。受け入れられる器が出来るまでまったりのんびりしてればいいんだよ人生まだまだあるよ」
手をふらふらとタコの足のように動かし何ともリラックスしたような表情で口元を「3」にした昴に口元が緩み声を上げた。拍子突かれた昴もワンテンポ遅れて互いに顔を見直し笑い合う。頬が少し痛かった。
まだ十数年と生きていない青臭い自分らが人生の話をするには早過ぎる。
振り返り後悔するのはとても簡単だ。その後悔を受け入れる覚悟をこれから育てていけばいい。今ある幸せを噛み締めて明日を迎えよう。
声が聞こえる。数時間離れていただけなのに懐かしく感じる愛おしい声。
2人は店内の長椅子から腰を上げ店先に駆け寄る。夕焼けを背負込んで腕を大きく振る影がゆらゆら揺れている。片手に抱える大きな麻袋にはお目当ての品が手に入ってご満悦な優しい義父の姿。
「ありがとう」
今度は呟くように弥凪は言う。
その声が当人に聞こえたか不明だが最後に「昴」と付け加えた時にすごい速さで顔を上げたから聞こえたのだろう。
夕焼けの色か分からないが朱に染まる昴の顔を見てくすぐったさを感じ弥凪は静かに笑う。
何か言われる前に茶屋の暖簾を潜り抜け夕焼けに向かい走り出す。
大好きな笑顔を向ける利玄に弥凪は思わず飛びついた。
「おかえりなさい」
利玄は予想外の歓迎の方法に少し驚き後ろによろける。
ここ最近悩み気味だった弥凪の表情は影が有りそれをとても心配しつつも見守っていた利玄。どうやらその悩みは振り切れたらしい。口が上手い昴に励まされたのだろう。数日ぶりである元気な笑顔の弥凪に安堵の表情になる。
「ただいま」
柔らかい髪を優しく撫でると弥凪は穏やかな声を洩らし嬉しそうにその手に擦り寄る。満足し弾けたように利玄から離れると弥凪は手に持つ予想より大きな麻袋に驚く。手伝いたいと目で訴える弥凪にそれを見通していた利玄は大きな麻袋ともう一つの中くらいの麻袋を取り出し持たせた。
聞くとそれは店番をしていた2人にお土産だそうだ。
土産話に花を咲かせている仲睦まじい親子の様子を遠くから見守るように見ていた昴もまったりとしたペースで2人の元へと歩き出した。
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