城を狙う巨悪

「この城にも飽きちまったぜ」



地の底から響くような、恐ろしい声をソレは発する。

3mの体躯、5mに及ぶ翼開長、そして角の生えた頭と赤黒い皮膚、この者はデーモン族だ。



「次の城は……そうだ、山奥の洋館だとか言うのを狙ってみよう。魔王を名乗るバカが居るとか聞いたが、俺に比べればどうって事ないだろう」



魔王城を狙う算段をし始めた時、広間の扉が破壊される。

立派な剣を手にした、勇者の1人だ。



「なんだお前は?礼儀のなってない奴だ」



「『城奪りのグリープス』!お前で間違いないな!?」



「おう、その通りだ。俺の首は今いくらだ?」



「1億1500万だ!だが、今日を境に上がることはなくなる!!」



勇者は、グリープスへと斬りかかる。

そのスピードは、並の人間では眼に映すことも出来ぬ速さだ。

しかし、グリープスは片手で剣を弾き飛ばした。

その衝撃で勇者も共に飛ばされ、堅い壁に激突することとなった。



「この程度か、人間の若造め。話にならん、もう死ね」



痛みに悶える勇者に接近、そして踏み潰した。

手足から始まり、胴へと続き、最後に頭を潰した。



「スポンジでも踏んでる気分だぜ。魔王さんとやらは、もう少し楽しませてくれるんだろうな?」



その日の深夜、城に火の手が上がった。

しかし、滅ぼされてから数年が経過したその土地に、人など居ない。

旅人達が気付いた頃には、すでに城は崩れる寸前であった。


そして夜も明けきらぬ早朝、魔王の城は襲撃を受けた。

強烈な体当たりによって、門とその周辺は粉砕された。



「派手な挨拶だな、デーモン族。粗暴で狂暴で危険で邪悪、そんなデーモン族ならではってとこか?」



「寝込みを襲うつもりだったのに、目を覚ましていたか」



「今日はオールしたんでな。しかし寝込みを襲う、か。それにしては騒がしい現れ方だな」



ベルーガは、余裕を持った態度を崩さない。

そのベルーガの態度にグリープスは驚くが、その程度の事で思考が乱されるような男ではない。



「この城は俺がいただく。お前を殺してな。さぁ、覚悟を決めろ」



「ご遠慮いただこう。お前のような筋肉バカを相手に出来るほど、俺に元気はねぇ」



「好都合だ。この城が、お前の墓標だ!!」



グリープスは、巨体に似合わぬスピードで、ベルーガに接近する。

そして大木のような腕を突き出した。



「グゥッ!?」



両腕でガードしたが、予想外のパワーに吹き飛ばされた。

そして壁に激突、グリープスは勝利を確信した。

その時、広間の扉が開き、ヌラが現れた。



「何遊んでんだよお前は。どうする?手伝うか?」



「要らん要らん。コイツの狙いは俺の城だ。なら、俺が相手するのが筋じゃねぇか?」



「ま、何でもいいわ。終わったら格ゲーもう一戦な」



平然と日常会話を始めたベルーガ、その体は無傷だ。

あれほどの力を真正面から受け止め、吹き飛ばされても、致命の一撃にはなり得ないのだ。



「お前……。流石は魔王ってとこか」



グリープスも驚きを隠せない。

確信していた勝利が崩れたのだから、当然の反応である。



「さて、始めるとしようか。ヌラ、お前部屋で待ってろよ」



「いいじゃねぇか、見学させろよ」



「まぁ、いいか」



指をパキリパキリと鳴らし、グリープスと対峙する。

グリープスの瞳の奥底には、本人も気付かぬほどの焦りが存在していた。



「お前が1億?勇者の付け方も甘くなったもんだ。俺だったら、4000万が限界だな。……今から始めるのは、《戦闘》ではなく、《授業》だ。魔王が何故魔王と呼ばれるのか、魔王が何故魔王であれるのか、それをお前の骨の髄まで、教育してやる」



挑発的な言葉と表情は、グリープスの怒りを爆発させるには十分な要素だった。



「偶々効かなかったからっていい気になるな!!デーモンの恐ろしさを教育して――」



グリープスの顔面に拳がめり込み、城の外まで飛ばされた。

顔面の骨のいくつかが砕け、グリープスは痛みに悶え苦しむ。



「俺が《教える》立場で、お前が《教わる》立場だ。そうである以上、授業を始める権利を持つのは俺だ。お前は黙っていればいい」



グリープスは更に怒り狂う。

右手に魔力を集め、その魔力を禍々しい長剣へと変化させる。

そして雄叫びを上げながら、ベルーガへと突進する。



「せっかくの召喚武器も、使い手がこれじゃあな。力ばかりで、技が無い」



乱雑に振り回される長剣を、ベルーガは余裕をもって回避する。

最後に、グリープスが突き出した長剣を右に大きく動くことで回避し、蹴りによってグリープスの右手首を切断した。

夥しい出血、苦痛の悲鳴、まさに地獄のような光景だ。

だが、苦しんでいるのは地獄の住人であり、対峙する人間ではなかった。



「億超えてるくせに、腕が無くなったくらいで騒ぐなよ」



「よくも……グッ、よくも我が腕をヲ……」



グリープスの翼に、闇の魔力が集まり始める。

元々大きな翼であったが、魔力の影響で更に大きく見える。



「ほぉ、最後の大技か?」



「片腕奪ったくらいで……調子に乗るなクソガキイイイッ!!!」



巨大化した翼を羽ばたかせた瞬間、大量の闇の弾丸が撃ち出された。

その数、数百。

ベルーガを蜂の巣にせんと、全ての弾丸がベルーガへと向かう。



「《魔障壁》!!」



ベルーガに着弾する直前に、彼は腕を振り上げて叫んだ。

次の瞬間に出現した分厚い魔力の壁によって、グリープスの攻撃は全て無効化された。



「ば、バカな……。ヒビすら入らないだと!?」



「お返しだ。遠慮無く受け取れ!」



ベルーガの背にも、闇の翼が発言する。

彼自身のものではない、魔力だけで構築されている。



「さぁ、舞い散れ!!」



ベルーガの翼が羽ばたく。

それと同時に、幾千にも及ぶ闇の弾丸が撃ち出され、グリープスへと向かう。



「ならばこちらも《魔障壁》だッ!!」



ベルーガと全く同じ防御法だ。

しかし、グリープスの展開した魔力の壁は、ほんの数発の直撃でその効力を失った。

威力も数も命中率も、全て桁違いだ。

防ぎ損なった闇の弾丸は手足を引き裂き、全ての内臓器を貫き、片目と両耳、口と鼻まで全て奪い去った。



「さぁ、授業は終わりだ。分かりやすいだろ?俺の授業は」



グリープスはもう、何も答えられない。

あと数秒で、その命は消えそうなのだ。



「授業のあとは、片付けの時間だ。片付けもついでに教えてやる」



残った片目に左の人差し指と、中指を突き刺す。

そしてグリープスを外まで引きずり出し、上へと放り投げた。



「地獄に落ちろ、出来損ないのデーモンめ!!」



放り投げたグリープスに、右手から魔力の弾を放つ。

グリープスに直撃したその弾は、大爆発を起こした。

グリープスは木っ端微塵となり、その瞬間にようやく確実な死を迎えることができた。



「元が悪すぎたな。派手なだけで汚い花火だ」



「期待なんかしてないさ」



広間に残ったグリープスの残骸や血液、そして撒き散らされた瓦礫。

それらの片付けを、2人は始めていた。

本当は騒ぎを聞き付けた残りの3人も来ていたのだが、あえて下がらせている。



「グリープス、ねぇ。あの程度の実力で億を超えられるなら、俺でも全然余裕だな」



「3年前とかだったら、もっと安かったかもな。今は基準が甘くなった気がするな。それか、城を奪って国を滅ぼしたってインパクトが強すぎたか、だ」



「兵もまともにいなくて、王の政治手腕もクソで、いつ滅ぶかも分からん、しょっぱい国だったらしいけどな。俺らの国と、領土はどっこいだったらしいし」



そんな国を落としても、大して自慢にはならない。

この程度の相手に1億を超える懸賞金がつくなど、少し前は考えられなかった。



「インフレ、だな。よっぽど金が有り余ってると見える」



「ちげぇな。そうでもしないと、狩りに行ってくれねぇんだ」



「高すぎたら高すぎたでビビるだろ」



あれやこれやと考察している間に、片付けは全て完了した。

城の外に散らばった残骸は、明日になれば動物が持ち去っているだろう。



「連中の考えなんかわかんねぇな。格ゲーの前に朝飯にしようぜ。腹が減った」



「今日の当番俺じゃねぇか。待ってろ、美味いカップ麺食わせてやる」



「サボらずにちゃんと作れ糞執事」



破壊された門以外は、すでにいつもと変わらない状態になっていた。

今日もまた、彼らにとっては平凡と呼べる日常が始まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

落ちぶれ魔王の日常 八岐大蛇 @Yamatano_Oroti

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ