海原のならず者
魔王の城からそれほど離れてはいない海に、海賊が現れるようになった。
漁村がいくつか襲撃され、壊滅。
100人近い衛兵が集まる港町も襲撃され、こちらもまた壊滅。
事態を重く見た国王は、海賊に3000万Gの懸賞金を賭けたが、討伐出来た者は居なかった。
「釣れねぇな」
「釣れないですねぇ」
「あ、餌が無くなってる……」
「食われたのかな。それなら釣れそうなんだがなぁ」
そんな事を全く知らないベルーガは、マルフィトスとシュリナを連れて、夕食のおかずを釣りに件の海へと来ていた。
崖の真下の穴場で釣っているのだが、こんなところにはベルーガやヌラのような者でないと、訪れることも出来ないだろう。
しかし、1時間での釣果はゼロ、時間はまだ有り余っているが、楽しいとは思えない。
「ヌラの作った練り餌じゃダメか」
「でも、それで前は釣れてたんですよね?」
「確かに釣れてたんだが、魚の好みが変わったかな?それか、ヌラが分量を間違えているかだ」
その頃、城で昼寝をしていたヌラは、大きなくしゃみをしていた。
「……そう言えば、エビの分量間違えたかも知れねぇな。釣れなかったらごめんな、ベルーガ」
そうとは知らないベルーガ達は、ずっとその練り餌で釣りを続けていた。
分量を間違えた餌でも釣れないことはないが、やはり数は減ってしまうだろう。
「ちょっと場所を変えてくる。荷物見といてくれ」
「分かりました」
ベルーガは軽快な動きで進んでいき、すぐに岩の影に消えてしまった。
場所を変えれば入れ食いに、とでも思っていたのだろうが、現実はそれほど甘くなかった。
「……釣れねぇ」
場所を変えて30分、やはり何も釣れないようだ。
潮が満ち始め、少しずつ足場が少なくなっている。
「……戻るか」
2人が釣りを続けている場所に戻って、2人も釣れていなかったら、全く別の釣り場に向かうつもりだ。
それでも釣れなければ、今日の夕食はインスタントラーメンだろう。
「……何だ?言い争っている……?」
場所に近付くにつれて、言い争うような声が聞こえてきた。
しかしその声は、ベルーガに聞き覚えのある声ではなかった。
明らかな異常事態と判断し、ベルーガは急いだ。
「そこで何やってる!!」
2人を残しておいた場所、そこには巨大な海賊船と、その船員達が居た。
その足元には、頭から血を流して苦しそうに呻くマルフィトスと、海賊に捕まってもがくシュリナが居た。
「何してやがる……何してやがるんだお前ら!!」
「アァン?海賊が略奪してちゃいけねぇか!?」
「テメェ……」
ベルーガが近付こうとしたその時、2人の首にカトラスが向けられる。
「抵抗しようだなんて考えるなよ?そこから動けば、1歩でも動けば、2人は殺しちゃうぞ!ヒャハハハハハッ!!」
「……クソが!!」
ベルーガは投降、手足を縛られて海賊船へと乗せられた。
マルフィトスとシュリナも、また同じだ。
「ほう、中々いい女じゃねぇか。男の方は、まあ奴隷商にでも売っちまおうか。でかしたぞ、お前ら」
白い髭をたくわえた船長は、その穢れた目線を3人へと向ける。
マルフィトスは気を失っており、シュリナは恐怖のあまり、ガタガタと震えて声も出せなくなっている。
「ケッ!地獄に落ちやがれよ、このクソッタレ共が」
「おいおい、妙なこと言ってると、刻んで海に捨てちまうぞ?」
「やれるもんならやってみろよ。お前達にそれが出来る道理は無いがな」
「何ィ?」
船長の眉間に皺が寄る。
不快感を感じているのだ。
「逆に、俺にはお前達を魚の餌に出来る理由がある」
「言ってみろ。それが最後の言葉だ」
「この場にいる誰よりも、俺が強い。それ以外に、理由が要るか?」
手足の縄が、ブチリと音を立てて千切られた。
海賊達は驚き、戸惑う。
それは明らかな隙、ベルーガにとっての最大のチャンスだ。
マルフィトスとシュリナの近くの敵を、崖に向かって投げ飛ばす絶好のチャンスだ。
崖や岩に衝突した海賊達は、例外無くトマトのように潰れてしまった。
「て、テメェ……。なんて力を……」
「お前達がどれほどの悪名を轟かせているのかは知らないが、それも今日でオシマイだ。お前達は1人残らず、必ずこの場で死ぬ!!」
人質を取ることはもう出来ない。
ベルーガの発動した魔法によって、2人の縄も切られている。
そして2人とも、壁際に移動させられているのだ。
「シュリナ、目ェ閉じてろ」
「わ、分かりました!」
敵の数は30人といったところか。
カトラスを持った、人を殺し慣れた男達。
しかし、それだけではベルーガの敗北する理由にはなり得ない。
「……殺せ。奴らを殺せッ!!」
船長の怒声に反応し、海賊達が一斉に襲いかかる。
船の上での戦いに慣れているだけあって、その動きと連携は厄介だ。
それでも、敗北には程遠い。
「無駄なんだよ、死の時間からは逃げられねぇ!!」
真っ先に近付いてきた海賊の首を右の手刀で折り、左手でカトラスを奪い取る。
そして接近する2人の海賊の首を斬り捨て、右手に持ち変える。
右から接近する3人の海賊の胴を連続して両断したところで、カトラスの限界を感じ取る。
真正面から迫る大柄の海賊の心臓を突き刺し、そこでカトラスは手放した。
この間、ほんの3秒程度の間の出来事だ。
「ほら、来いよ。殺し合いの仕方を、教えてやるよ」
血の海となった甲板で、海賊達は動きを止めた。
即殺された仲間の中には、未だに体がバタバタと動く者が居る。
それはまるで、頭をもがれてもすぐには死ねない、哀れな虫ケラのようにも見えた。
「と、取引だ!!」
船長が突然、大声で訴える。
確実な死を悟ったのだろう、冷や汗がダラダラと流れ落ちている。
「今更何言ってんだ?必ず殺すと、言っただろう!!」
甲板の樽や木材を投げつけ、更に5人の海賊を殺す。
船長の焦りは頂点に達した。
「わ、我々の人員以外の全てをやる!財宝も武器も食料も!全てお前にやる!全て金に変えれば、2億から3億にはなるぞ!その代わり、俺達の命は助けてくれ!なっ?なっ?頼む!!」
船長は土下座をした。
ベルーガは、穏やかな口調で答えた。
「なら、今から全ての積み荷を下ろせ。そして死んだ奴らの死体を踏みつけろ、それで降伏を認めてやる」
悪党とは言え、仲間の絆を大切にしている連中だ。
いくら助かるためとは言え、辛い決断である。
それでも、従わなければ助からない。
「俺達も船を降りるぞ。マルフィトスは、まだ起きないか?」
「い、いえ……。起きて……ます……」
「傷は深くない。安静にしてれば大丈夫だろう。シュリナは大丈夫か?」
「は、はい。でも……」
シュリナは辺りを見渡し、悲しさと恐怖が混ざったような表情を浮かべる。
仲間であったモノを踏みつけ、財宝を運ぶ海賊の姿が、目の前にあるからだ。
「ここまでする必要が……あるのですか?」
「コイツらの素性は知らないが、あの身のこなしや出所がバラバラな積み荷の量、そこから戦い慣れている、奪い慣れていると推察できる。それはつまり、多くの人間を殺してきたって事だ。自業自得、だな」
そうこうしているうちに、全ての積み荷が運び出された。
そして最後に3人が船を降り、生き残りの海賊は逃げるように船に乗り込んだ。
「さて、仕上げに取りかかるとするか」
その場を離れようとする船に、ベルーガは両手をかざす。
「人員以外の全てを貰っていいなら、船も含まれるって考えていいよな?貰った物をどうするかは、持ち主の気分次第だよな!《フレアツインブレス》!!」
両手から漆黒の炎が噴き出し、一瞬で船を包み込む。
50mはある船が、炭の塊へと姿を変えていく。
業火に焼かれる海賊達の声に耐えきれず、シュリナは耳を塞いでしゃがみこんでしまった。
「逃げたと思ったその瞬間に巻き込まれたようだが、俺の私物に勝手に乗ってたお前達が悪い。それに、最初に言ったハズだぜ?全員必ずここで死ぬってな。……こんな物で、仲間を傷付けた怒りを免れられると思ったら大間違いだ」
やがて声は止み、巨大な炭は灰になるまで燃え盛る。
海中に残る僅かな部分だけが、炎の驚異を免れていた。
しかし、人間が逃げ込める程の大きさは無く、すぐにそれも没した。
「いくらなんでもやりすぎでは?」
「ここまでやらねばならんのが、魔王の流儀だ。卑劣な敵には情けをかけず、そして苦痛を与えて葬る。……非情に徹しなければ、次にああなるのは自分かも知れん。シビアなものだろう?魔王ってのはよ……」
ベルーガの横顔は、少しだけ悲しそうにも見えた。
あの海賊達を哀れむつもりは更々無いだろうが、どう思っていようと辛い生き方に変わりはないのだ。
「……帰ろう。荷物をまとめてくれ。奴らの積み荷は、持ち主が分かるやつは返しておかないとな」
後日、奪い去った物で、元々の持ち主が分かる物は全て返還された。
そうでなかった僅かな物は、魔王の領地を潤すこととなった。
「ちぇっ!全部返さねぇで使うか売っちまえばよかったんだ!」
「それじゃあ盗まれたやつが可哀想だろうが。これでいいんだよ」
ベルーガはぼんやりと外を眺め、それだけ呟いた。
その表情は、少しだけ満足そうにも、少しだけ悲しそうにも、ヌラには見えた。
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