キノコ狩り

その日、シュリナは城の周囲の森を探検していた。

城が見えなくなる位置までは進まないように気を付けながら、面白いものでも見付からないかと探検していた。



「あっ!あの木の実、美味しそう!」



メイドとして雇われた彼女だが、大した仕事があるわけでもなく、実は暇な時間も多いのだ。

城の内部の把握から始まり、今はかなりの広範囲を探検している。



「おーい、どこだー?」



「魔王様ー!こっちですよー!」



「だからどっちだって……イッテェ!!」



1人で歩かせるのは少々危険と言うことで、ベルーガやヌラ、カビオが付き添っている。

マルフィトスは戦闘経験など全く無く、執事としての仕事のみに絞って働いているようだ。


ちなみに、ベルーガは今、木の太い枝に頭をぶつけて悶絶している。



「大丈夫ですか!?」



「……ココハドコ?ワタシハダレ?」



「大丈夫そうですね」



「ソウデスネ」



こんな大根のような演技でも、最初はシュリナも心配していたのだ。

それも複数回となれば、流石に慣れる。



「魔王様、あれ……なんですかね?」



「あん?」



シュリナの指差す先には、紅い傘のキノコが生えていた。

それがただのキノコならば、シュリナは気付かなかっただろう。

だが、そのキノコはただのキノコではなかった。



「……なんかでかくね?」



「大きいですね……」



人間の背丈ほどもある巨大なキノコを、ただのキノコで片付けてしまえる者など居ないだろう。

よく見ると、黄色の胞子を絶えず撒き散らしているようだ。



「あれは……おいシュリナ。口塞げ!」



「え?あ、はいっ!」



ベルーガには、そのキノコの正体が分かったようだ。

シュリナは全く分かっていないようだが、危険な存在だということは理解出来たようだ。


ベルーガは手頃な石を掴み、巨大なキノコに投げつける。

ボフリと音を立て、大量の胞子がばら蒔かれた。

衝撃などではなく、明らかにキノコの運動であった。



「何なんですか?あんなキノコ、見たこと無いです」



「あれは《シビトダケ》だな。あの胞子は猛毒だ。流石にここで胞子を浴びたりはしないだろうが、一応口は塞いどけ」



《シビトダケ》とは、死体に生えるキノコである。

猛毒の胞子は、近付いた人間を死に至らしめ、自身の苗床とするためのものだ。

人間の死体という限定的な存在と、特定の条件が無ければ発生しないため、珍しい部類に入る。

しかし、シビトダケの胞子が辿り着いた先が、特定の条件と合致していて、尚且つ戦場だった場合、1週間もすればそこはシビトダケで埋め尽くされると言われている。

こんなキノコだが、完全に胞子を除去すれば、食用としても利用できる。

大きさは違うが、味や食感はエリンギに限り無く近いらしい。



「多分、勇者なり野盗なりが下に埋まってんだな。この辺りは、結構埋めた気がする」



「こんなところに埋めてたんですか!?全く知らなかったんですが……」



「でも死体があるからこそ、お前が見付けた木の実が成るんだ。あ、拾ってないよな?あの木の実、食ったら死ぬからな」



この辺りは毒を持った何かに、溢れているようだ。

当然、食材として普通に使えるものも自生しているが、それらは見分けが付けられるベルーガとヌラが集めている。



「あんなクソキノコが生えるような場所には埋められないな。何日かしたら、ここはキノコ畑になるぞ」



「想像すると気色が悪いです……」



「そんなわけだから、あのキノコは今から駆除します。吸ったり食ったりしなければ無害だからな、口を塞いで魔法で燃やす」



口を左手で強く押さえ、シビトダケへと駆け抜ける。

右手には魔力によって発生した炎の玉が存在していた。

ベルーガの接近に反応したシビトダケは、胞子を再び撒き散らす。

しかし、皮膚から胞子の毒は入れない。

シビトダケに炎の玉が押し付けられ、全体に炎が回った。

見た目以上の火力を持ったその炎によって、シビトダケは完全に消滅した。


30分後、シュリナは城へと帰還し、代わりにヌラが連れてこられていた。

ベルーガもヌラも、胞子用のマスクを装着していた。



「なんで燃やしちまったかねぇ。シビトダケ、毒抜きすれば食えるんだぞ?」



「死体に生えるようなキノコ、食いたくねぇよ気持ち悪い」



「でもバター醤油で炒めると美味いぞ?酒のつまみに最適だ」



「やりたきゃテメェで取って、テメェで毒抜きして、テメェで作れ。俺はやらんぞ、メンドクセェ」



「やだよ。死体に生えてるようなもの、食いたくねぇよ」



「どっちなんだよ!!」



先程のシビトダケの燃えカスから更に先に進むと、3本程のシビトダケが生えていた。

大量の胞子を撒き散らしているが、今の2人に対しての意味は無い。



「お前の魔法で燃やしたんだから大丈夫だとは思うが、本当は地面も燃やさなきゃダメだぜ?」



「地面も?」



「地上に出てる部分は子実体って言うんだけどな、植物で言うところの果実にあたる部分なんだよ。どれだけリンゴをむしっても、リンゴの木は枯れないだろ?」



「幹や根にあたる本体、それが地下にあるってわけか」



解説しながら、ヌラは目の前のシビトダケを蹴っていた。

本気で蹴れば、シビトダケは一撃で吹き飛んでいるはずだ。

しかし、何度も蹴っている事から、明らかに加減していることが分かる。



「……何やってんだ」



「簡単な毒抜き。食ってみよう」



「やめとけって!死体から生えてるんだぞ!?」



「でも野菜だって肥溜めエキスをぶっかけて育ててるだろ?死体も排泄物も一緒だよ」



「全然違う!!つーか、野菜を食う事に対しての抵抗が出来るからやめろ!!」



「うるさい奴だな。冗談だよ」



「冗談に聞こえねぇ……。じゃあ、何で毒抜きするんだよ」



「胞子を集めて持って帰って、何かに使えないか調べてみる」



「勝手にしろよ。……でも、地べたに落ちたものなんか、どうやって集めるんだ?」



「あっ」



散々蹴られたシビトダケは、結局すぐに燃やされてしまった。

完全に蹴られ損である。


残りのシビトダケの下には、布製の風呂敷が敷かれている。

網目が非常に細かく、胞子が漏れ出すことは無い。



「なぁ、ヌラ」



「何だよ」



「これ、マジで食ったことあるのか?」



「あるよ」



「ドン引きだわ」



2人はずっと、シビトダケを蹴り続けている。

まともに力は入れていないため、折れるようなことはない。

しかし、事情を知らない者が見れば、完全に異常行動である。



「ゲテモノ食いのジジイが居たろ?アイツに騙されたんだよ。確かに美味かったけど、ネタバラシされた後で吐いた」



「そりゃ災難だな。ゲテモノ食いのジジイ、居たなそんな奴も。いつ死んだんだっけ?2年前だっけ?」



「3年前の今頃だな。変なキノコ食ったら笑いが止まらなくなって、そのまま笑い死にしたんだ」



「当然の最期だな」



やがて、胞子は出なくなる。

そうなると用は無いので、さっさと根元から焼き払ってしまう。



「この様子だと、まだ探せば見付かるな。胞子もこれだけあれば大丈夫だから、手分けして燃やしていこうぜ。あ、ちゃんと死体も燃やすんだぞ!ガイコツには生えないからな!」



「分かった分かった。じゃあ、城の後ろ側までは見てくる。そっち側は頼んだ」



条件が整っていなければ、決して発生しない存在だ。

しかし、日常的に死体を捨てている上、複数のシビトダケを発見しているのだ、調査に手を抜くわけにはいかない。


別れてからすぐ、ヌラはシビトダケをいくつも発見した。

地下の本体まで焼き殺せるよう魔力を調節し、完全に消滅させていく。



「どうせ食うなら、普通のエリンギで十分だよなぁ、こんなの。最初に食った奴の気が知れねぇ」



地面を掘り返し、死体も燃やしておく。

ほとんど白骨に近いものもあるが、念入りに燃やしておかねば後で面倒臭くなる。



「……ケッ!時期からは外れてるけど、マツタケでも見付かれば楽しいんだがな。こんな気色の悪いやつの始末、もう止めてぇよ」



不満タラタラだが、それでもキッチリと作業をこなす。

周囲のシビトダケは残らず消滅し、作業は終了した。



「ベルーガはどうしてっかなぁ。苗床になってなきゃいいけどな」



ぼんやりとしていたその時、背後から何かの接近を感じ取った。

人間とほぼ同等の大きさだが、人間ではない。



「……誰だ!!」



足元に落ちていた頭蓋骨を掴み、背後の何かに振り上げる。

その何かの姿は、キノコ人間と言うのが正しいだろう。

人間とほぼ同じ構造の体、いや、人間の体そのものに、瘤のようなキノコが生えている。

辛うじて服に見えるものが確認できるが、酷い損傷で柄や種類までは分からない。

ミイラ化した頭部には多くのキノコが発生し、まるで傘のようにも見えた。



「コイツら……『マタンゴ』か!?バカな……生息域はここから離れているはず……。流石、レベルの高い進化を遂げただけはあるな!」



マタンゴとは、人間に寄生するキノコだ。

健康な人間に取り付くことは不可能なものが多いが、死体や抵抗力が低い者は簡単に苗床にされてしまう。

胞子は全身を巡り、ガン細胞のように転移、皮膚に瘤のようなキノコが発生したときには、完全な操り人形となっているだろう。

そして操り人形を得たマタンゴは、広範囲を歩いて移動し、自分の子孫を増やしていくのだ。



「種類は……よかった、ただのマタンゴだ。皮膚に付いても、よっぽどの事がない限り、俺はこうはならないはずだ。あっち行けクソが!!」



掴んでいた頭蓋骨は、マタンゴの頭部に直撃した。

頭蓋骨が砕け散る程の衝撃だったが、痛覚も感情も無いマタンゴには効果が薄かった。


「近寄りたくねぇなぁ……。これでも食らえ!」



火球を生み出し、マタンゴへと打ち出す。

見た目は単純で単調な魔法だが、その火力は人間程度なら即殺出来る。

直撃したマタンゴは燃え上がり、白骨死体を残して消滅した。



「ヘイヘイヘイ、なんでこんなにワラワラと出てくるんだ?もしかしてあれか?中の人は山賊か何かか?いや、でもそれにしては衣服だったものが上質に見えるな……。まぁいいか、とにかく燃やすだけだ!」



現れるマタンゴに、怯むこと無く火球をぶつける。

避けられる程の動きを取れないマタンゴは、30秒で全滅してしまった。

その数、18体。

ここまでやってきた経路と経緯は不明だが、他にはもう居ないようだ。



「やっぱりこっちにも居たか。大丈夫か?」



「あ、キノコ人間」



「マタンゴとディープキスさせるぞこの野郎」



ベルーガが探索していたエリアにも、マタンゴが現れたようだ。

ヌラが倒したものよりも数は少なかった事から、集団からはぐれていたものがベルーガに狩られたようだ。



「しばらくは見張りを立てておこう。まだ居るかも知れん」



「面倒臭いけど、相手がコイツらだったら仕方ねぇか……。シビトダケはどうだった?」



「何本か始末した。シビトダケはいいとして、問題はキノコ人間だな。しばらく外出は出来ねぇな」



その後1週間、城からは誰も出てこなかった。

城に近付く勇者が始末しているのか、そもそも全滅していたのかは不明だが、マタンゴは出現しなかった。



「キノコ人間、もう居ないんじゃないですか?」



マルフィトスは、窓を覗いてそう尋ねる。

そろそろ食料の備蓄が少なくなってきたのだ。



「じゃあ、ちょっと見てくるぜ。ベルーガも来いよ」



「メンドクセェ……」



しかし、最も実力があるのはこの2人だ。

危険なモンスターである以上、出撃は避けられない。


出撃から1時間後、2人は帰ってきた。

しかし、ヌラの様子がおかしい。



「……なんでずっと笑ってるんだ」



「生で食えるキノコだとか言って、何か食ったんだよ。多分、ワライタケだと思う」



ゲラゲラと笑い転げるヌラを、ヌラを除いた4人が冷めた目で見つめる。

その視線の何が可笑しいのか分からないが、ヌラの笑い声は更に大きくなった。



「どうするコイツ?捨てる?」



「そうだな。森の奥にでも捨てよう」



「マタンゴかシビトダケか、どっちになりますかね。僕はマタンゴに10G賭けます」



「乗った」



「あなた達に助けるって選択肢はないんですか!?」



「シビトダケもマタンゴも無かったから、大丈夫だろ」



結局、携帯食料と水だけ体にくくりつけ、ヌラは森の中に放り出された。

とは言っても、ほんの20mしか離れていない。



「じゃあな。元気でやれよ」



「ぎゃはははははっ!分かったわかっはははははははっ!!」



「もう助からないなこれは」



翌日の朝早く、ヌラは帰ってきた。

正気に戻っており、怪我も無かった。

しかし、ベルーガと探索に出てから夜が明けるまでの記憶は全て吹き飛んだらしい。



「もうキノコは当分要らねぇわ」



「そんなあなたに、マルフィトスのキノコ料理フルコース」



「自信作揃いです!残したら許しませんよ!」



「もう俺を殺してくれ」

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