破戒僧の抹殺

ベルーガが治める国の隣国、ヒョロス王国。

そこからの使者が、ベルーガの元へと突然現れた。

命に別状は無いが、決して浅くはない傷を負っていた。



「そんなになってまで、何を伝えに来た?」



「始まりは数日前です。我が国の村に、怪しげな僧達が現れたのです。東洋の衣服を身に纏ったその僧達は、殺戮の限りを尽くしました。村の衛兵を含めた、56人が皆殺しにされたのです!たった5人の、その僧達によって!」



「手口は?魔法か、それとも刀剣か」



「どちらも扱います!ですが、殺された者達は何故か全身の皮を食いちぎられていたとのことです……」



傷の手当をしていたシュリナの表情に、恐怖が表れた。

少し想像しただけでも、気分が悪くなるには十分すぎる状況だ。



「ヌラ、そんな奴らに心当たりは?」



「勇者共の手配書には載ってないな。……まぁ、このリストは2週間前のものだが」



例え魔王であっても、勇者ギルドが発行する手配書を入手することは容易だ。

これらも貴重な情報源、無下には出来ない。



「最新の懸賞金は、4500万Gです。1人900万ですが、直に上がるでしょう。調査に向かった兵士10人も殺され、討伐に向かった兵士25人も殺されています……」



「近日中に、1人1000万は越える……いや、もっと高額になっても不思議はない」



ヒョロス王国の兵士は、決して強力とは言えない、だが特別弱いわけでもない、平均的な強さの兵士だ。

平均的とは言え、整った装備の兵士をそれだけ殺せるという事は、個々の戦闘能力が非常に優れていることを示している。



「私も襲われましたが、護衛の兵士の犠牲によって逃げ切りました。間も無く彼らは、城下町に侵入するでしょう……。どうかお願いです!貴方様の力を、お貸し下さい!」



「たまに連絡寄越したと思ったらこれか。全くあのジイサンは……。だが、ヒョロスの王には恩がある。助太刀しよう」



ベルーガがこの領地を獲得できたのは、先代の魔王と親交の深かったヒョロスの国王の援助があってこそである。

故に、無視するわけにはいかない。



「俺も行くか?」



「俺だけでいい。留守番頼むわ」



ベルーガは武器も持たず、城から飛び出した。


魔法で転移したヒョロス王国の城下町、そこはまだ平和が溢れていた。

件の僧達が訪れているとは到底思えない。

賑やかな町には、先程耳にした惨状とは無縁の笑顔が存在していた。



「まだ来てないのか?なら、来るまで待たせて――」



そう呟いた瞬間、城下町と外部を隔てる高さ20mの石壁が破壊された。

轟音が響き、壁であったそれはただの瓦礫へと成り果て、瓦礫は人家を破壊する。



「あんな石壁を壊しやがるか!」



自身へと向かう瓦礫を殴り壊し、破壊された壁へと向かう。

道中で目にした飛び散った瓦礫による死傷者の数は、決して少なくはなかった。



「ジイサンあぶねぇぞ!ほら、そこのガキもだ!」



救える限りの市民を救い、それでも恐るべき速さで壁へと向かう。

破壊活動は止んでいない、被害は増えていく一方だ。



「あと少し……この辺の家の屋根を伝えば最短だ!」



屋根を伝い、更に加速する。

破壊された壁に辿り着くのに、それほど時間はかからなかった。



「そこまでだ!これ以上の破壊活動は許さねぇぞ!!」



壁の下には、5人の僧。

使者の証言と全く同じ姿の存在が居る。

笠を被っていて顔は分からないが、邪念と殺気を感じ取ることは容易だ。



「殺す前に顔を見せてもらおうか?東洋の神だって、こんな無益な破壊と殺生は許さないと思うが、違うか?」



5人は何も答えないが、言葉は通じているようで、笠を投げ捨てた。

現れたその顔は酷く歪んでおり、人間と言う存在とは思えなかった。

肌の色も灰色、歯は剥き出し、邪念で人間が変異したモンスターで間違いない。



「……ケッ!見るんじゃなかったぜ、そんな汚らしい顔面凶器なんてよォ!さぁ、お前達の相手は俺だ。後悔は今のうちにしておけ、すぐに地獄の底まで叩き落されるんだからな!!」



5人の変異僧は、魔力だけで構築された青白く光るブレードを発生させ、それを構える。

ベルーガは屋根から地へと降り立ち、5人の僧を睨みつけた。


先に動いたのは2人の変異僧だ。

同時にブレードを振り上げ、ベルーガへと向かう。

少し遅れて、残りの3人の変異僧も襲いかかる。



「真っ向勝負か。いいさ、俺も真っ向から受けて立つ!」



先頭2人の斬撃を、スライディングして回避。

そしてすぐさま立ち上がり、3人の変異僧を飛び越えることで背後を取る。

中央の変異僧の頭を蹴り飛ばし、両サイドの変異僧には裏拳を同時に直撃させる。

先頭2人の変異僧が蹴り飛ばされた変異僧と衝突することを狙っていたが、容易く回避されてしまった。



「へぇ、思ってたよりは強いか」



しかし、避けられたあとにどうするかは既に考えてある。

2人に急速接近、反応して振り回されるブレードを回避し、右側のアゴをアッパーで砕き、左側の頬をストレートで粉砕する。

裏拳でダウンしていた2人が復帰し、ベルーガに襲い掛かってくるのに気が付いたが、慌てるような速度での接近ではない。



「ほら、2キルいただきだ!」



力を込める余裕も、狙いを定める余裕も、ベルーガには十分に与えられたも同然だ。

ベルーガの攻撃可能範囲に入った瞬間、片方の首が切断され、片方は顔面に手刀が突き刺さった。

どちらも死亡したらしく、その肉体は燃え上がり、灰となって消え去った。



「あと3人!」



真っ先に蹴り飛ばした変異僧が復帰、背後からブレードを振り下ろす。

しかし、殺気立ちすぎて簡単に読まれた挙句、両肩を手刀で切断され、2度目のキックを顔面に貰い、顔面は完全に崩壊する。

脳はその機能を完全に失い、両肩と共に抉られた肺も機能を停止、体が燃え上がる。



「あと2人だ。どうだ?懺悔や後悔は出来たか?まぁ、どれだけしたところで、お前達は無間地獄を突き破る勢いで堕ちるだけだがな!!」



一方的に押されている変異僧は、若干の恐怖を感じていた。

ブレードの輝きは衰え、ノイズが走ったように刀身が揺れていた。

半ば崩壊させられた顔面からは、出血が止まらない。

元々会話が可能だったのかどうかは分からないが、まともな言語を発することも難しいだろう。



「終わりだ。苦しんで死ね」



戦意を喪失した2人の変異僧は、突然その場にしゃがみこむ。

そして頭を地面にこすり付け、何か言葉を発そうとする。

聞こえたとは言い難いが、それが謝罪の言葉であることはなんとか理解出来た。



「……ほう、詫びを入れる事を知っているのか。礼儀を重んじる、東洋らしいといえば東洋らしいか」



ベルーガはゆっくりと2人に近付く。

不意打ちする気力も無いらしく、ひたすらに頭を地面に押し付けていた。

酷く押し付けたせいか、出血していることが判明した。



「ちゃんと謝ってるからなぁ……。どうしようかなぁ……」



先程までとは、声色が違う。

ずっと穏やかな声色をしている。



「……じゃあ、とりあえず伝えておきたいことを伝えておこうか」



穏やかな声色のまま、ベルーガは続ける。

だが、もしその様子をヌラが見ていたら、付き合いの長い彼でも顔を引き攣らせていただろう。



「謝るくらいなら……最初からやるんじゃねぇよ!!」



片方の頭を、渾身の力で踏み砕く。

胴体も、四肢も、執拗にベルーガは踏み砕く。

燃え上がる炎を気にも留めず、何度も踏み付ける。

恐怖に駆られた最後の変異僧が、悲鳴を上げながらその場から逃げ去ろうと走り出す。

しかし、結果は目に見えていた。



「頭が高ェ!頭が高ェ!頭が高ェ!!」



頭を掴み、地面へと何度も叩き付ける。

頭が完全に潰れ、発火するまで何度も叩き付けられた。



「……クズ共め。転生する事自体、俺は認めないからな」



その後、ベルーガは直接ヒョロスの国王へと報告。

報酬を受け取って帰還した。



「行方を暗ましていた破戒僧の成れの果てがアイツら、か。坊主の世界も物騒だな」



「坊さんがそれを言うなよ」



「俺は坊主になった覚えは無いぞ!このサボり魔!!」



その後、変異僧の仲間が報告されることも無く、ヒョロス王国の復興作業が始まった。

当然、ベルーガとその4人の仲間も手を貸している。



「魔王様!こちらの方々が直接お礼をしたいとのことです!」



「お礼?なんかしたかなぁ俺は」



変異僧との戦闘の前に、市民の防衛と救出に手を貸していたことなど、すっかり忘れているようだ。

市民に説明されて、ようやくその事実を思い出したようだ。



「礼を言われるようなことじゃないから構わないよ。大体、俺自身が忘れてるような事だぞ?」



「そうはいきません。ここに、我々で集めたお金があります。決して多いとは言えませんが、受け取って下さい」



「……要らねぇ。その金使って、復興を進めてくれよ。飯を食うには困ってないしな」



その後もなんとか受け取ってもらおうと引き下がる市民達であったが、ベルーガがその場から逃げ出してしまったので、結局その金は復興のための資金となった。



「……言葉は強いですけど、優しいんですね、魔王様は」



シュリナは最初、ベルーガの事を恐い人物なのではないかと考えていた。

魔王の名に相応しい恐ろしい人物ではないかと、城での行動から推測していたのだ。

しかし、自身にかけられた言葉と、今回の行動は、決して恐ろしい人物のものではないと結論付けたのだ。



「ったくしつこいな。要らないって言ってんのに。……何でニヤニヤしながらこっち見るんだ」



「あっ!?い、いえ、なんでもないです!」



今回の一件は、それぞれに小さな変化をもたらした。

その変化がどのように影響するのか、それは誰にも分からない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る