メガマフィンセット 1/2

「んあっ……ひゃっ……!?」


 まだ薄暗い部屋の中、なにやら艶っぽい声でゆっくりと覚醒させられる。それとともに、ざりっ、ざりっ、と規則正しい音が同じあたりから聞こえる。


「いやッ……だっ、ダメぇ!」


 何事かと思い、まだまだ重たいまぶたをこすり、私は上半身を起こす。

 ベッドの足下あたりでねこがなにかしているようだ。枕元の眼鏡ケースから眼鏡を取り出してかける。クリアになった視界で再度足下を確認してみる。


「そっ、そんな激しくされたらワタクシ、ワタクシっ!!」

「……なに朝っぱらからエロい声出してるんですか、ちゃん」


 見ると、縞模様の混ざった三毛猫――名はという――に抱えられ、ざりざりと全身を舐め回されている、小指の長さくらいの女の子がいる。いかをモチーフにしたらしい魔女風コスチュームを身にまとった、大盛りいか焼そばの妖精さんだ。


「ああ、さんおはようございます! そんなことより、ひゃうっ!? 助けてくださいようー」

「やれやれ、ちょっと待ってくださいね」


 私はもぞもぞとベッドから這い出し、えすこをつまみ上げて寝室からキッチンへと向かう。うわ、よだれでべっとべとだ。

 その動きを察知して、なーん、なーん、と鳴きながら私の足下につきまとうももか。えい、あんまりまとわりつくでない。蹴ってしまいそうだ。

 キッチンに立ち、えすこをシンクに落とす。ぺちっ、と粘性のある音がする。


「おわっ! はみさーん、なんでワタクシいっつもこんな扱いなんですかっ!」


 気にしない気にしない。

 キッチンスケールで15g分のキャットフードを計り、ももかの目の前に出してやる。ももかは、待ってましたぁと言わんばかりにカリカリと音を立てて夢中で食べ始める。

 ももかの方はしばらくこれで放置できるので、今度はシンクの中にいるえすこをなんとかしよう。

 水道からお湯を出し、じゃばじゃばとえすこのべとべとを洗い流す。


「うわぷっ、ぷぁっ」

「はいはい、もうちょい我慢してくださいね……ほらすっきり」

「ううん、まあ助かりましたけどー、やっぱりワタクシの扱い荒くないですかっ!?」


 えすこの文句をスルーしつつ、キッチンタオルで水分を拭き取ってやる。


「そういえば今日はえすこちゃんがなんですね」

「そうなんですよっ! 日直がまわってくるのは初めてだから今日はとっても楽しみだ、って思っていたのに……いきなりあんなことになるなんて、びっくりですよっ」



 ――最近うちには、妖精さんが住み着いている。

 何故かはわからないが、私がジャンクっぽいものをひとりで食べていると、どこからか姿を現して私についてくることがあるのだ。そしてそのまま私の自宅までついてきて、部屋のに住み着く。

 どこか、というのも、それがどこなのかもよくわからないからだ。隅から隅まで探してみたりしたが、一向に見つからなかった。結局私は、探すことをあきらめた。

 それで、気が向いたら適当に姿を見せたりもする。なんとも適当な妖精さんたちだ。

 ただ、例外があるらしく、それが『日直』なのだそうだ。

 うちにきた妖精さんたちの誰か一人は必ず部屋の中に姿を見せている。その日の担当は妖精さんたちの間であらかじめ決まっているそうで、それが今日はえすこなのだということだ。



「そっか、初めてじゃあ知らなかったですよね。ももか、おなか空いているときは見境なくいろんなものなめまくりますから。特に、おいしそうな匂いとかしているなら……ね? 下手すると食べられちゃうかも……!」

「……!!」


 にやぁ、と意地悪くえすこに笑いかける。まあ、本当はなめるだけで誤食とかはしたことないんだけど。

 えすこ、小刻みに震えて……あ、固まっちゃった。この子ちょいちょい固まるな。フリーズドライってやつかも。器用な子だなあ。

 まあそのうち元に戻るし、放置しておこう。



 さて、壁にかかっているアナログ時計を見ると、時刻は五時三〇分頃を示している。

 せっかくの休日なんだし、二度寝してしまってもいいかな……いや、おなかが空いたな。もう朝ごはんを食べてしまって、眠くなったらお昼寝というのも怠惰で幸せな終末、いや週末の過ごし方かもしれない。次の週末に人類は滅亡だ――などというはずもなく。

 そうと決まれば、買い出しに行こう。

 平日は仕事で忙しかったせいで、冷蔵庫の中身は空っぽなのだ。

 こんな時間だしほとんどお客さんもいないだろうから、すっぴんで問題ないだろう。髪は……帽子でいいか。あとはマキシスカートとゆるめのニットを着込めば……大丈夫だ、問題ない。

 変なフラグが立ってしまいそうだなあと思いつつ、エコバッグとお財布のみを手に玄関のドアを開ける。


「行ってきまーす」


 返事がない。まだフリーズ中のようだ。



 うっすら明るくなり始めた街中を歩いてゆく。ひやりと澄んだ空気が心地よい。

 目指す先は歩いて10分ほどに位置する24時間営業のスーパーだ。

 そういえば、その手前にはハンバーガーチェーン店もあるんだった。駅と反対方向で最近行ってなかったから忘れてた。

 五時過ぎてるんだよね……ブレックファストメニュー始まってるなあ。

 ……いやいや、これから食材を買い出しに行くというのに、わざわざそんな朝からジャンクなものを食べなくったって。

 いやいや、いやいや。

 ……かりかりあーんどふわふわのマフィンっておいしいよね。

 いやダメだっ! 今週は忙しくてほとんど外食だったんだし、健康にも気を使わないと……ね?

 無心だ、無心でスーパーまで駆け抜けよう……!



 朝マフィンの誘惑に負けずなんとかスーパーに到着。予想通り、お客さんはまったくいないようだ。何の気兼ねもなく、買い物かごを手に不夜城をぶらつく。

 お、バナナ安い。やっぱり朝にはバナナかな。

 それと野菜、きのこ……うん、やっぱこの店安いな。キャベツ、ねぎ、たまねぎ、じゃがいも、もやし、しめじ。使い勝手の良いあたりを適当にかごに放り込んでいく。

 あとお魚……いや、お肉かな。この時間だからあんまりよさそうなお魚ないみたいだし。豚小間と鶏ももあたりを見繕って、と。

 さらに納豆、卵、チーズ。

 ……ううむ、結構重たくなってきた。これ以上はムリかな?

 でもやっぱり、ね。せっかくの休日だから、とか、とか、ほしいよねえ。

 今日の気分は……ぶどうかな!

 チリ、カベルネのお手ごろなあたりを一本、かごに追加する。ずしりとした重量がかごを通じて指にかかる。

 重っ! これ持って帰るの大変だな。休み休み、ゆっくり帰ることにしよう。


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