メガマフィンセット 2/2

 そして、帰宅。


「はー、重かったー」


 ぱんぱんに食料がつまったエコバッグと、触ると暖かい謎の茶色の紙袋をどさっと床に下ろす。

 まずは手早く食料を片付ける。冷蔵品は冷蔵庫へ、その他は食品かごやキッチンの引き出しへ。

 あとは赤みがかった黒いをダイニングテーブルに飾る。うん、悪くない。

 そしてこの謎の紙袋だが――


「おかえりなさーい!」


 さすがにもう復活していたのか、えすこが出迎えてくれる。テーブル上にぴょんと飛び乗ってきた。


「ただいまです」

「おっ、このビンは赤ワイ――」

「ジュースです」


 キリッ。えすこの発言にかぶせる。


「えっでもこれどう見てもワ――」

「ぶどうジュースです!」


 キリッ。さらに勢いよくかぶせる。


「えっ、は、はい、まあそこまで言うなら……」


 なんとなく納得いかない様子で引き下がるえすこ。


「でも別に変に言い訳なんかしなくてもいいじゃないですかー。誰かに見られているわけでもなし、そもそもお酒飲んじゃいけないってわけでもないでしょうし」


 えすこのもっともらしい意見に、私は指先をいじいじしながらうつむいてしまう。


「うう、ほら、ね? お昼から飲んだくれるってのは女子としてどうかなって……」

「あ、お昼から飲む気満々だったんですねっ! まあまあ、休日なんですしゆっくり羽を伸ばしたらいいじゃないですかっ!」


 なんか妖精さんに慰められている、というか、どちらかというと甘い言葉で誘惑されている?

 まあもう買ってしまったのだから、いまさらどうこう言い訳しても仕方ない――あの茶色の袋も。


「そういえばこっちの茶色い袋はなんなんです? なんかおいしそうな匂いしてますけどっ」

「う、それは、不可抗力というかなんというか……」


 私氏、正直に白状する。



 ――買い物が終わり、岐路に就く私。手にするはヘヴィーなエコバッグ。

 のろのろと歩く先には、朝メニューのあるハンバーガー屋さん。

 ……少し、休んでいこう。ちょっとコーヒー飲むだけ。コーヒーだけね。朝のコーヒー。

 うーん、ハッシュポテトを揚げる油の匂い。食欲そそるなあ。

 ……うん、ポテトも買おう、ポテト一枚くらいつけても、いいよね。

 あ、でもでも、どうせコーヒーとポテト買うなら、セットのほうがお得だよね、そうだよね! 絶対そう!! おもちかえりぃ♪

 よーしやっぱりマフィンでしょう。どれかなあ……あ、メガシリーズの最後の生き残り、まだいるんだ。

 マフィンにサンドされるは、ベーコンケチャップ卵ソーセージチーズソーセージ。

 あなたに決めたっ☆



「――というわけですてへぺろ」

「それいっぱいいっぱいアウトですってはみさんっ! キャラ変えてかわいこぶってもダメですっ!」


 冷静にてへぺろしてもダメだったか。ジャンクフードの妖精さんにまで言われるのであれば間違いないのだろう。

 そんなやりとりをしていると、紙袋からがさごそと音がなり、袋の口が開く。金髪三つ編みツインテールのかわいいお顔がひょっこり飛び出る。しかしその顔は今にも泣き出しそうだ。


「……うう、ワタシ、ここに来ちゃダメだったノ?」

「ああっ、いやいやそんなことないんですよっ!? ワタクシはそりゃあお仲間が増えて大歓迎ですよ? もうっ、食べるの食べないのうじうじしていたはみさんが悪いんですっ!」


 えすこからの突然のフリにうろたえ、しどろもどろに答える私。


「えっ!? いやそんな……迷っていたなんてあれです、ちょっとほら、健康を気遣ってというか、なんというか……」

「やっぱりワタシはいらない子なのネー!」


 袋から飛び出してぽてぽてと走っていく妖精さん。黒のふんわりとしたワンピースの上に白いピナフォアを合わせた、いわゆるエプロンドレス姿が似合っていてかわいい。胸はかなりのボリュームのようで、一歩踏み出すたびに上下に大きく跳ねる。さすがメガの末裔。


「ああん待ってくださーい! ワタクシは大歓迎ですよーっ!」


 いかがその後をぺとぺとと追いかける。ここはもう仕方ない、妖精さん同士で任せておこう。おなか空いた。



 それでは、いただきます。

 カフェラテを一口。ああ、暖かさと泡立ちミルクに、ほんのりコーヒーの苦味。ほっとするなあ。

 続けてハッシュポテト。表面はカリカリ、中はほっくり。ハッシュポテトでこれに勝るものはなかなか見つからない。

 前座はそれくらいにして、はやる気持ちを抑えきれずメインへ。

 包み紙を開くと、今までほのかに香っていたお肉、油、チーズ、スパイス、さまざまな香りのミックスが花開く。

 私はこらえきれずにかぶりつく。

 口いっぱいに広がるお肉のうまみ。ケチャップやチーズもほどよく絡む。

 もう一口、がぶり。

 今度は卵とベーコンも一緒に私の口に入り込んでくる。すべての味が混ざり合い、最高の動物性たんぱくマリアージュを形作る。


 ああ……朝だけしか開かれぬ門、人を堕落させる魔性の花咲く、秘密の園。

 かみしめるほどに私は、堕ちて、堕ちて、堕ちていく……。

 しかし、甘美な時はあっという間に終わりを告げる。

 私は門を閉じて最後の一言を口にする。

 ごちそうさまでした。



 おなかが満たされておかしなテンションが落ち着く。

 ふと気がつけば、テーブルの隅でメガ妖精さんがえすこにマウンティングされ、スカートから伸びる触手であれやこれやされようとしているではないか。


「ふ、うふふ、さあ観念するのです……ワタクシの触手が火を噴くわヒェー!?」

「せいっ」


 えすこを引っ剥がしてシンクへシュート。ぺちっ。


「はっ! ワタクシ我を失ってました……。魔性やっ! 魔性やでその子!」

「ふええ、ワタシのせいなんデスカー!?」


 えすこから解放され、ぺたりと女の子座りをして半泣き状態のメガ妖精さん。ピナフォアがちょっと乱れているのが艶めかしさを引き立たせる。


「…………」


 さっきまで私もトリップさせられていた身。この状況、えすこの気持ちもよくわかってしまったため、私はなんとも答えることができなかった。

 人だけでなく妖精さんさえも惑わす魔性の子。

 恐ろしい子をお迎えしてしまったかもしれない……。

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