牛丼中盛つゆだくとん汁たまごセット
「んっ……よし、Tomcatあがった。ログにエラーはなし、と。じゃ、Apacheあげて……終わったー」
私以外誰もいない社内でひとりぶつぶつと声出し確認しながら、Webサーバー起動コマンドをコンソールに叩き込む。
「よしよし、疎通確認も問題なし」
ブラウザでウェブサイトへアクセスし、問題なく表示されることを確認。作業終了だ。
今夜は自社で運営している小さなウェブサイトの定期メンテナンスの日だった。
小さいといえどそこそこアクセスがあるので、こうやって深夜にサービスを停止してメンテナンスしなければならない。
冗長化でもされていれば無停止でいけるのだろうが、まあそれは今後の課題だ。
社長がもう少しこのサイトの運用に人員を割いてくれればすぐにでも対応できるんだろうが、客先に常駐している私がたまに本社に帰ってきて兼任で担当しているくらいなのだから、本当にリソースが足りないのだろう。
やれやれ。そこそこお給料がいいというだけで中小企業のシステム開発会社に入社してしまったのだから、仕方ないといえば仕方ない。あんまりつらくなったら転職してしまおう。
さて、現在、午前三時。
始発電車まではまだまだ時間がある。
深夜作業の準備で晩ごはんを食べ損ねてしまっていたので、今の私はとってもおなかが空いている。
会社を出て深夜の街を徘徊してみることにする。
ああ、手っ取り早く補給しないと。居酒屋……も悪くはないけど、疲れているし空腹だし、飲んだそばから寝てしまいそうだ。となると、こんな時間だからコンビニくらいしかないか……いや、あれだ! あの赤と黄色のビビッドな看板。
私は自動ドアを開けてその店へ駆け込む。
「はいいらっしゃいませー。お持ち帰りですか?」
レジに向かうと女性店員に声をかけられる。深夜だというのに元気だなあ。
「はい、えーっと……牛丼の
そこまで一息に決めたところで、店内のポップに気づく。セットが90円引き?
「あっ、すみません、この『とん汁たまごセット』って持ち帰りでも大丈夫ですか?」
「できますよー。そちらでよろしいですか?」
「はい、じゃあそれで」
「中盛つゆだく、セット……と。お会計610円ですー。つゆだく中盛弁当一丁! あととん汁もー」
「つゆだく中盛ー弁当ー。あとトンねー。ありがとーございまーす!」
バックへオーダーが通される。一応二人いたのか。まあ、ワンオペ問題あったしね。
しかし最近はオーダーもバックにすぐ印刷されて出されるタイプだろうに、声でやってるところもあるんだなあ。確認にもなるしいいのかな。
「お待たせしましたー。中盛のつゆだくと、卵ととん汁ですねー。熱いのでお気をつけてお持ちください」
早っ! ちょっとキョロキョロしているうちにもう出てくるとは。相当錬度高いと見た。味も期待できるかも。
「お会計は……ちょうどですね。ありがとうございます、またお越しくださいませ」
「どうもー」
にこやかにレシートを渡される。つられて私も軽く礼を言う。
「ありがとーございましたあー」
バックからも元気に送り出される。
なんか、これだけで癒されたな。疲れてたんだなあ、私。とっとと戻ってごちそうにありつこうじゃないか。
社内に戻り、机の上に店を広げる。
うーん、タレのいい香り。これぞ牛丼。
とん汁からも盛大に湯気があがっている。
まずは七味を先に牛丼にふりかけ、そのあとに卵を溶き、牛丼に回しかける。紅しょうがは……今日はいいや。
と、そこまで準備したところで、あたりを見渡してみる。
……現れないのかな?
まあ牛丼ってジャンクフードかどうかきわどいところだし、そもそも出てくるかどうかも気まぐれっぽいからな、あの子たち。
それならそれで、余計な邪魔が入らないってことで。
というわけで、いただきます。
まずは牛丼を手に取り、お肉を一口。
うん、煮え具合はちょうどよし。タレの味はちょっと濃い目かな? まあそれも疲れた身体に染みわたるいいお味だ。お肉と一緒につかんだたまねぎもほどほどに味がしみこんでいておいしい。
さらにつゆだくのごはんもかきこむ。
つゆだくにすると、普通ならば非常にあつあつでなかなか冷めてくれず、食べるのに苦労するものである。
だがここで先ほど投入した卵が効果をいかんなく発揮する。冷たい卵を投入することで、熱を和らげてくれているのだ。また、熱さだけではなく、甘じょっぱいタレの味とも相性バツグンである。
お肉、ごはん、お肉、ごはん……。ああ、なんて幸せなスパイラル。時々思い出したように香る七味もまたよし。
中盛にしたからごはん控えめお肉多めでヘルシー! ごはんは並より少なく、お肉は大盛より多い。これ豆な。
あっとそうだ、とん汁を忘れていた。お肉に気をとられすぎていた。左手の牛丼を一旦置いてとん汁に持ち替える。
その瞬間、私は固まった。とん汁の置いてあった場所のすぐ後ろに、
先ほどお店で見たばかりの店員さんと同じ制服を身にまとった、黒髪ロングの眼鏡っ子。
くいっと右手で眼鏡を押し上げて、彼女は言う。
「計算通りです!」
「なにがっ!?」
いや、というか、そんなに台詞かぶせて大丈夫? 服装はかろうじて違うけど、見た目もあの軽巡まんまでしょあなた。
「ちょっと風の噂で聞いたんです。登場タイミングを間違えるとすぐ廃棄されちゃうって」
「廃棄はしてないですけど……まあ、自覚はあるかもしれません」
仕方ないじゃない。だって、おなか空いているんだもの。
ん? というか、なになに、私は妖精さんたちの間で噂になってるわけ? 悪名高そうだなあ……。
「ということで、ある程度満たされるまでじっと待っていたのです。補給と兵站、大切ですね」
「お気遣いありがと。というか、その台詞も……」
ぱくってますよね、と言いかけて思い出す。
「あ、そうか、あのお店最近キャンペーンやってたんでしたっけ、『艦これ』コラボ」
「その通りです。それでわたしはこんな姿なわけです」
「ふーん」
またしても眼鏡を押し上げてキリッとしている妖精さん。そんなこともあるんだなあ、と妖精さんの生態の新情報に感心しながらとん汁をすする。野菜がごろごろ入っていて、おいしいんだよね、ここのとん汁。
「そういうわけで、提督、旗艦大淀、お供いたします」
「提督じゃないですよっ! というか名前まで丸パクリかっ」
私は我慢しきれずついついデコピンを放ってしまう。妖精さんが宙を舞い、すでに空となっている卵の包材にスポッとホールインワン。
ああ、やってしまった。また私の悪評が一つ流れるに違いない。
「ぐっ……やられました。でっ、でもまだ沈みません。中盛沈みは……しません!」
ああ、名前、ほんとは中盛ちゃんなんだね。
そうこうしているうちに、完食。
ごちそうさま。
やっぱお肉はいいねえ、しびれるねえ。
あ、おなかいっぱい食べたら、眠くなってきた……。
始発まで一眠りするとしよう。
眼鏡を外しお昼寝用まくらに突っ伏す。
おやすみなさい。
「現在時刻マルヨンマルマル。提督の寝顔可愛い――ひゃっ!?」
耳元でなにかうるさいのでつまみあげてインベーダー柄トートバッグへシュート。
ズバァン!
あれ、なんか爆発音が……まあいいか、もうちょい寝かせて……。
「大変申し訳ありません。少しお暇を頂けますと幸いです……」
うんうん、入渠でもなんでもしちゃって。私も入渠中だから。おやすみなさい……。
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