ジャンクフード・ラブ

みれにん

葛尾はみとジャンクフードの妖精さんたち

大盛りいか焼そば

 お昼休みはひとりで過ごすに限る。

 同僚と一緒にごはんに行っても、話すことがなくて困る。

 別に何も話さなくても相手は気にしていないという可能性もあるとは思うが、私としては沈黙が気になって仕方がない。

 だったら自分から何か話せばいいじゃない――と思われるかもしれないが、共通の趣味があったりするわけでもなく、お昼ごはん時に仕事の話をするのもどうかなあと考えていると、やはり言葉が出てこない。

 だから、私はひとりでごはんを食べるのだ。


 そういうわけで、今日のお昼ごはんは『大盛りいか焼そば』。

 カップ焼そばの中で、私が一番好きなモノだ。

 本当は大盛りじゃない商品があったらそのほうがいいのだが、現実問題としてないものはないのだから、コレを選択する他にない。

 自席でふたを半分開け、ソース、ふりかけ、かやくを取り出し、かやくのみカップへ投入。ふうっとほのかに香る、いかの香りがかぐわしい。

 これを給湯室へ持ち込み、すでに沸いている電気ポットのお湯を注ぐ。三分の待ち時間。このおあずけの時間こそが、一番の至福の時間かもしれない。


 一分。


 二分。


 三分……よし、お湯を捨てよう!


 湯きり口をはがし、流しに勢いよくお湯を捨てる。湯気が滝の水しぶきのようで、きれいだな。

 私はソースのタイプで湯きりの加減を調整するようにしている。

 粉末ソースタイプならば、ソースの混ざり具合をよくするために、そこそこに。

 液体ソースタイプならば、しっかりと。

 『大盛りいか焼そば』は液体ソースなので、何度も何度もカップを振り、念入りに湯きりをする。

 あとは、自席でソースとふりかけをかけるのみだ。


 席へ戻り、べりべりと大きな音をたてながらふたを全てはがし、まずはソースを投入。カップ焼そば特有のどぎついソースの香りが辺りに充満する。この部屋で作業している人は、私以外は全員お昼は外食派なので、匂いなど気にする必要はない。

 まぜまぜ。まんべんなくソースが混ざるまでまぜまぜ。

 そしてふりかけ。『めちゃうまふりかけ』と書かれたこの小袋。これがうまいのだ。焼そばに合う絶妙なスパイシーさをプラスしてくれる。

 わくわくしながら開封し、全体にふりかけ、もうひと混ぜ……おっ、鼻がむずむず。


「んっ……ふわっ、へっくち! へくちっ! うぅ……」


 スパイスに刺激されてくしゃみ連発。ああすっきり。よし食べ――


「よびましたー?」


 どこからか女の子の声が。どこ? 今私ひとりしかいないはずだけど。周りをきょろきょろと見回してみたり、眼鏡を直してみたりするが、やはり誰もいない。


「あれ、気づいてません? ここですよー」


 声のするほう、と思って手元に目線を向けると、焼そばのカップのへりでぴょんぴょん飛び跳ねている、小指ほどの背丈の女の子がいた。


「…………」


 じいっと見つめてみる。なんだろうこの子。

 全身魔女っぽいシルエットなのだが、とんがり帽子の先のほうにはいわゆるがついている。スカートの裾は何本にも分かれており、吸盤らしきものも見える。全体的にちょっと薄汚れた白っぽい色で統一されている。

 これは……いか? しかも調理済みっぽい色をしている。


「驚いて声も出ませんか! 実はワタクシ、いか焼そばの妖精でございます。以後お見知りおきを……って、うわなにするやめ」


 私は落ち着いてそいつを割り箸でつまみあげ、通勤で利用しているインベーダー柄のトートバッグに放り込む。ぺちっ、と粘性のありそうな音がした。さすがいか。


「なんか扱いひどくないですかっ!? なかなかお目にかかれるものでもないでしょうこんなの! 登場から数秒でこんな扱いないですようー」


 トートバッグの中から恨み言が聞こえる。

 ……仕方ない、このまま騒がれても面倒だし、少し話をしてあげよう。

 私はトートバッグを覗き込んで妖精さんに話しかける。


「妖精さん、すみませんけどしばらく静かにしていてもらえますか? 私的には珍しくもなんともないんです。うちに帰ったらあなたのお仲間みたいなのがいますから、それまでじっとしててくださいね」

「ええーレアリティ低いですかー! ちょっとショックです。まあそうですよね、『いかやきそば』って検索するとサジェストの上位に『いかやきそば まずい』みたいなの出てきますしね……」


 あ、勝手にいじけちゃった。論点ずれていってるんだけど。


「私的にはあなたはカップ焼そば界のエースだと思ってますからご安心を」


 そう言いながら、やさしく微笑みかける。ちょっと量が多いのは難点だけどね。それは言わないでおく。


「ほんとですかっ! いややっぱりわかる人にはわかるっていうか? コックだけに! ぷぷ。『めちゃうまふりかけ』の名は伊達じゃないってとこですかねっ!」


 台詞の量も大盛りなんだなあ。さっさと黙ってもらわないと。


「そうですよ。だからほら、私は美味しくいただきたいんです、――分かりますよね、私の言っていること……!」

「……!!」


 自分でも驚くくらいにドスの効いた声。妖精さん、固まってしまった。だって、仕方ない。私はおなかが空いているんだから。


 さて、静かになったことだし、食べるとしよう。

 いただきます。

 まずは一口。少し冷めてしまったが、まだ大丈夫。うん、おいしい。

 濃い目のソースとスパイスが絶妙。少し太めの麺によくからんでいる。

 具にも手を伸ばす。キャベツといかを同時に口に運ぶ。うん、これこれ。いかの風味と歯ごたえがいい感じに引き締めてくれる。

 おっとそうだ、野菜ジュース。一日分の野菜が摂れるタイプが味的にも好きなんだよね。健康にもそっちのほうがいいし。

 大盛りだから、勢いってものも必要だ。あとはもうひたすら、食べる、食べる。

 そして、最後に残ったいかとキャベツをかき集め、口に放り込む。


 ……ふう、ごちそうさま。

 そういえば、さっきの妖精さん、どうしてるだろう。トートバッグを再び覗き込む。

 あ、まだ固まってる。そんなに怖かったのかな……。女子としてはちょっと反省しないといけないかもしれない。

 まあいいか。お昼休みの残り時間は『ゴ魔乙』でもやろう。アクティブポイント貯めなければ。これもまたひとりだからこその過ごし方だ。

 お昼休みはひとりで過ごすに限る。

 たとえ、妖精さんが現れたとしても。




 その日の帰りの電車。

 車内にほのかないかの香りが漂う。

 ――発生源はもちろん私のトートバッグだ、ごめんなさい! ばれませんように……。

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