あんごま餅

 花屋さんに戻ると、もう花束はできていた。

 お代を払い、オレンジやピンクで彩られたきれいな花束を受け取る。

 喜んでくれると、いいな。




 車に乗り込み、立体駐車場を後にする。

 はあー、なかなか充実した一日だったなあ……って、まだ午前中だ。

 午後は家か近所でのんびり過ごすか。

 ……んー、なんか、忘れている、ような?

 まあいっか。とにかく帰ろう。


 朝来た道とは違う、裏道的な細い道を進む。

 この道を行けば、私の通ってた中学校の通学路も通るな。

 よしよし、懐かしのセーラー服でも拝めるといいなー。

 休日だけど、きっと部活で学校に行っている生徒もいるだろう……ん?

 いた。いたけど。

 ナンデー!? ブレザーナンデ!? 赤いチェックのスカートナンデー!?

 いつの間に新しくなっちゃってたんだろ。

 ううっ、あの地味なセーラー服見たかった……。けどあの制服もかわいいから許す……。

 なんか、複雑な気持ちだなあ。




 ちょっと悲しい気持ちで家に着いた。

 うーん、セーラー服……。

 玄関のカギを開けて中に入る。

 ただいまーっと。

 よし、じゃあ買ってきた花束は客間に置いておくとして――


「た……たーすーけーてー……」


 ――なんかとっても、か細い声が聞こえる。

 おばこちゃん(バナナボートの妖精さん)?

 いや、今いないみたいだな。

 じゃあかばんの中の二人は……うん、なんかまだ大人しくじっとしている。取り出さないよ?


 荷物を片づけていると、ふと、玄関ホールのクーラーボックスの上の地味な容器に目が止まる。

 あー! 『あんごま餅』!!

 そうかそうか、なんか引っかかるなーと思ったら、これのこと忘れてたんだ……。

 なんか、見た目地味だし、名前も地味だしね。

 『バナナボート』とか『ババヘラアイス』とか『金萬』とか、インパクト強いのばかり見てたからなー。

 でも、なんで助けを求めてるんだろ?

 ずっしり重い容器を持ち上げてみる。

 お、そろそろ頃合いみたいだ。

 リビングに持っていって、いただくとしよう。




 お茶を用意して、テーブルに座る。

 そして、安っぽい地味なプラスチック容器のふたを取ると……う、なんかあんこの一部がもぞもぞしてる。

 そのもぞもぞしている一角を箸でつまみ上げてみると――


「ぷはぁーっ! た、助かりました……」


 中から出てきたのは、あんこ色のセーラー服に三つ編みのおさげ、そばかすという、これまたなんとも地味な妖精さん。もちろん、スカートは膝下だ。


「朝から出てきて身支度をしておこうと思ったのですが、出るところ間違えてあんこの中に埋もれてしまっていたんです……」


 小皿の上でぱんぱんと体についたあんことごまを払い落とす妖精さん。

 まじめなんだが、ドジっ娘のようだ。しかも地味。

 ……うん、私のセーラー服欲求が満たされた。とっても。


「もうちょっとかわいい容器とかに変えておいたほうがいいかな、とか思ったりしてたのに」

「いいです、いいですよ。あなたはそのままでいてください」

「え、でも、わたし見ての通り地味だし……」

「いいから! 変わっちゃダメ!!」

「はっ、はいい!?」


 ああ、ちょっとびっくりさせちゃった。

 だって、ねえ。変わらないのがいいってのもあるんだよ。

 そして、この『あんごま餅』、きっとおいしい。



 いただきます。

 改めて、容器から餅、あんこ、ごまと重なった一角を箸ですくい上げて、小皿へ。

 これ……すごいな。

 餅の大きさと同じくらいのあんこが上に乗っかってる。そして大量の黒すりごま。

 これは、一口で味わってしまうのがいいんだろうな。

 あーんと大口を開けてすべて口に入れてしまう。

 お……おお……。

 冷凍されていたとは思えない、このもっちり感。

 あんこも大量なはずなのに、甘すぎない。

 そして、口いっぱいに香る、ごまの香り。

 地味だけど、ものすごくおいしい。

 も、もう一つ。

 ……うーん、これ大変! 飽きる気配が全然ないよ!

 お茶のんで、もう一つ。もう一つ。


 気がつけば、お弁当大の容器の半分も食べてしまっていた。

 一パック一四個入りみたいだから、七個も屠ってしまったというのか。

 一旦中断。でもまたこれ午後のおやつで食べちゃうな。

 ごちそうさま。



「あ、あの……もういいんですか?」

「ん。あとでまた食べますけどね。ものすごくおいしかったです」

「じゃあ、どうせなら『金萬』さんみたいに二十八個食べても……」

「ダメー!! あなたはあんなのに染まらないで!!」

「はいいっ!?」


 あ、またやっちゃった。

 というか、テーブルのすみで、スーツ姿の金萬の妖精さんがなんかめそめそ涙流してる。

 って言っちゃったからなあ……。

 いやまあ、申し訳ない。あなたのあのCMのよくわかんない感じも好きなんだけどね。

 適材適所ってもんがあるわけよ、ね。

 ええい、午後は父へのおみやげの生金萬も開けるしかないかー。

 ……大丈夫か? 私の今日の糖質。



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