バナナボート 2/2

 千秋の仕事中にあんまりお邪魔するのも悪いので、こっちにいる間に遊びに行く約束をして適当なところでお店を出た。

 千秋からよく聞かされている店長さんにも会ってみたかったけど、今ちょうど出かけてたみたいだし、まあ、またの機会かな。

 ごろごろとスーツケースを転がしながら、駅の反対側の実家に向かう。

 懐かしいなあ、この風景。もう3、4年も帰ってなかったのか。

 こっちで仕事するってのも悪くないけど、なかなかこう、ね。

 一回向こうで仕事始めちゃうと、なかなかUターンってのも踏ん切りがつかない。あ、秋穂の場合、Aって言うんだっけ。

 おっと、あれこれ考えていたら、もう実家の前か。

 今日は両親とも出かけているらしいから、未だに持っている勝手口のカギで入ろう。



「ただいまー」


 誰もいないのについつい言ってしまう。

 よいせっ。

 スーツケースを家の中に上げ、キッチンを抜けてリビングへ。


「おかえりなさいー」


 ……え。


「あれ? お母さん? いたの?」


 問いかけるが、周りに母の姿はなし。


「待ってたのよー、遅かったじゃないの」


 リビングのテーブルの上には、母の「おかえりなさい。よかったら食べてね」とシンプルな書き置きと、秋穂県民のソウルスイーツ、『バナナボート』。簡単に言うと、『まるごとバナナ』が薄く半月型になったようなお菓子だ。

 そしてその横には、紺色の地味な作業用の和服に赤の帯、蕗の葉を傘のように持った妖精さんがにこやかに立っている。

 ……はあ。

 その格好、『秋穂おばこ』そのものだね。

 秋穂で育った娘、とかいう意味だったはずだし、バナナボートは確実に秋穂育ちだ。

 ついでに、昔からよく母がバナナボートをこうやって置いていってくれていたしね。


「どんだけ私の思考に合わせた格好で出てくるんですか……」

「母ですから。母はなんでも知っているのよ」


 ま、そうか。あれだけ昔からお世話になっているバナナボートさんですもの。なんでもお見通しと言われても仕方がないか。

 さすがの葛尾くずおはみさんも、この子には逆らえないかも。



「じゃあさっそく、いただきます」

「はいどうぞ」


 バナナボートの妖精さんに促され、封を開ける。

 うーん、ほのかな甘い香り。

 半月のとがった部分から一口。

 ふわふわのスポンジ生地で、口がやさしく満たされる。幸せ……。


「おいしい?」

「うん。おいしい」


 もう一口。今度はクリームも一緒に。

 甘さも控えめ、量も控えめ。

 奥ゆかしい秋穂美人って感じ。

 あ、私のことじゃないよ? 誰も言ってない? そうですか。

 さらにもう一口。ついに隠されしバナナを発見。

 バナナはおよそ1/2本分がごろっとそのまま入っている。

 スポンジ、クリーム、そしてバナナ。

 これらが絶妙な比率で合わさったとき、真のスウィーツ『バナナボート』が完成されるのだ……!

 そして徐々にバナナは失われてゆき、クリームもなくなり、最後には再びやさしいスポンジのみが残る。

 そのやさしさに包まれながら、幸せな余韻に浸るのだ……。



「ごちそうさまでした」

「はーい」


 あれ、妖精さん、隣の客間から返事してる。

 って、うわわ!


「まだまだあるのよー。じっぱりたくさん食べてね


 どこにそんな力があるのか、バナナボートを山ほど抱えて妖精さんが戻ってきた。

 どさっ、とテーブルの上に降ろす。

 うわ、あるわあるわ。

 チョコ味とかフルーツ入りとかあずき入りとか。


「そんなに食えるかっ」

「あやー」


 持ってきてくれたバナナボート(と亜種)に埋もれさせる。

 お母さんとかお年寄りって、なんか同じものたくさん食べさせたがるよねえ……。ありがたいっちゃあありがたいんだけど、限度がね。



 結局、この大量のバナナボートは実家滞在中にすべて平らげましたとさ。

 とっぴんぱらりのぷうめでたしめでたし

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