焼そばバゴォーン
帰省から戻り、ひさしぶりの自宅。
玄関を開け廊下を通り、リビングのドアをガチャリと開ける。
「ただいまぁーっと」
「おかえりなさいはみさんっ!」
私がリビングに入ると、テーブルの上からいか焼そばの妖精さん、えすこが出迎えてくれる。今日も彼女は元気大盛のようだ。
床にスーツケースをどかっと下ろし、隣の寝室をのぞいてみる。
縞三毛猫のももかはベッドの上で丸まってすやすやと寝ていた。
「ふぅー疲れた疲れた……。ももかとは仲良くしてましたか?」
「はいっ! 妖精部隊総出でごはんあげたりトイレ片付けたり、がんばりましたよっ。……たまにべろんべろんにされたりしてましたけど」
寝室の様子を見る限り、ちゃんとトイレはきれいに保たれているし、ももかもおとなしくしているので、ちゃんとやってくれていたのであろう。
しかもきっと妖精部隊総出でって言ってるってことは、牛丼の妖精さんの中盛がノリノリで指揮していたであろう様子が想像できる。
『連合艦隊旗艦、中盛、出撃致します!』
『敵艦隊見ゆ。砲戦、用意。みなさん、行きましょう!』
とかやってたんだろうなあ。それで妖精さんたちがわらわらと作業……うん、なんか、ちょっとかわいいじゃない。
「ちゃんとやってくれてたんですね。ほんと助かりました」
頭にはいかっぽい帽子があるので、ほっぺのあたりを人差し指でなでなでしてえすこに感謝を伝える。
「えへへ、お安い御用ですよっ」
にこにこと満足げなえすこ。まあ、少しくらいご機嫌取っておかないとね。
……この後のことを考えると。
さて、夕ごはんにしよう。おなかすいた。
移動で疲れちゃったから、なんか作るのもめんどうだし、さっそくアレを食べることにしよう。
やかんに水を入れ、ガスコンロで火にかける。
「あっはみさん、お湯ですかっ! いか焼そばならストックありますもんねっ」
「ん、今日は違うんですよ。おみやげがあるんです」
「えっ、なになに、なんですかっ! ワタクシにおみやげですかっ!!」
私がスーツケースをごそごそしていると、肩の上に乗って興味津々で覗き込んでくるえすこ。
「ああ、あったあった、これこれ」
「ん? 『焼そばバゴォーン』? 知らない子ですね……」
黒いパッケージにでかでかと踊る、『焼そばBAGOOOON』の文字。
東北、信越地方限定のカップ焼そばだ。えすこが知らないのも仕方のないことかもしれない。
「まあ、どんな子が来てもワタクシがはみさんのエースですからねっ!」
「あ、ごめん、それウソでした」
「ええーっ!?」
しれっと言ってしまった。
「ウソとかウソですよねっ!?」
「いやホント」
「ええーっ……」
明らかにがっくりと肩を落とし、しょんぼりしてしまった。
だってねえ、こっちに出てきてからすっかり忘れていたけど、改めて向こうで食べなおしてみたら、すっごい私好みだったんだもの。
まあ、ウソって言ったものの、いか焼そばは相変わらず大好きなので、ツートップって感じになるんだけど……面白そうだからこのままいじっておこう。
「あ、お湯沸いた」
テーブルに降り、膝を抱えて座りしているえすこは放置。パッケージを開封して準備をする。
かやく、ソース、ふりかけ、そしてわかめスープを取り出す。
そう、わかめスープだ。
北海道限定の『やきそば弁当』が中華スープ付きなら、こちらはわかめスープ。
これがまたいいんだ。
かやくをカップに入れ、お湯を注ぐ。
そして、待ち時間の間にお椀を出してわかめスープを入れておく。
オフィシャルな作り方では、普通にここにお湯を注ぐことになっているのだが、私は湯きりのお湯を使う。
ちょっと油の混ざった、これでしか味わえない風味になるのだ。
テーブルの上でしょんぼりしているえすこに近づく一つの影。
長くウェーブのかかった髪と、身体をすっぽりと包む黒いマントをなびかせながら、そいつがえすこに向かって宣言する。
「今日からぁ、あたしがカップ焼そばのぉいっちバゴォーン! よぉろしくぅー!」
「なっ!?」
いっちバゴォーン、って……ああ、いちばんって言いたいのね。ムリヤリすぎるでしょ。
なんか、カップ焼そばの妖精さんって変なのばっか。
あ、そろそろ3分経ったかな。
湯きりのお湯をわかめスープのお椀に注ぎ、残りは流しへ。
べりべりとふたをはがし、ソースをまぜまぜ。
ふりかけもかけて……っと、完成完成。
うーんいい香り。さあ食べよう。
なんか二人はわちゃわちゃやってるけど、気にしちゃいけないな、うん。
では、いただきます。
まずはやはり、スペシャルなわかめスープをすする。
うん、これだ!
このしょっぱくてほんのり油くさい感じ、これこれ。
わかめもしっかり入っているし、やっぱり焼そばのお供といったらこれよね。
昔は三陸産わかめスープって書かれていたけど、今はその表記がない。震災の影響とかだったかな。
さて、メインの焼そばをいただこう。箸ですくい上げ、ずぞぞっと。
ああ……いい。
薄味であっさりしているが塩味はしっかり感じられるこのソース。どんどん箸が進んでしまう。
キャベツも肉も大ぶりでたっぷり。しっかりとした食感と旨みを楽しむ。通常の価格帯のかやくとしてはトップレベルだろう。
そしてまたわかめスープを流し込む。口の中のソース味がリセットされ、最後までしつこさを感じず焼そばを楽しめるのだ……。
「ふう、ごちそうさま」
気がつけばあっという間になくなってしまった。
わかめスープの効果は絶大だなあ。
ん、なんかテーブルの端で妖精さんたちがへろへろになりながら……なにしてるんだろ。
「これでぇ……とどめだぁ! 謎肉ナックルぅ!」
「やらせませんよっ……! いかカッターっ!」
両者至近距離から相手の口めがけて自らのかやくを……同時! 同時に突っ込んだー!!
両者口の中いっぱいのかやくをむぐむぐと一生懸命咀嚼し……両者前のめりに倒れたー!! ダブルK.O.!
「なかなかぁ……やるじゃないのぉー……」
「アナタの謎肉……おいしいじゃないっ……」
わかめのような髪とスカートのすその触手がそれぞれ持ち上がり、グッと握手。
なんだこれ。
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