エピローグ「魔法使いの薬屋さん」2(完結)

 待ちに待ったピクニックの日。朝から準備に余念のないカレンは、いつも以上に家のキッチンを忙しく駆け回っている。昼食は勿論のこと、ティンに注文されてお菓子のたぐいも作っていた。シェリーの快気祝いも兼ねているので、カレンはより一層その腕を利かせていた。

 ティンはティンで昨日からどこに行こうかとか、何を持っていこうか(当然食べ物で、カレンに頼んでいる)とか、あれやこれやと考え込んでいるようだ。

「ねぇ、カレン」

 騒然としたキッチンにシェリーが姿を見せる。彼女はカレンに押されて暇をしていた。準備は全部自分がやるから、休んでいて欲しいと言われたからだ。

「何、お母さん? 準備のほうは、私がするから大丈夫だよ」

「えぇ、ありがとう。行き先、聖樹の森にしたいの。どうかしら」

「うん、いいと思うよ。綺麗だし広場もあるし、私もそこがいいなって思ってたの。ティンに言ってみてくれないかな」

「分かったわ」

 行き先は決定しただろう。早めに準備を終わらせたほうがよさそうだ。きっと楽しくなるに違いない。

 一通り準備が整うと、カレンはセノア一家とリーナ、ルミを誘って、早速聖樹の森へと出発した。

 街の東方に広がる聖樹の森。その中央には、樹齢数百年を数える樹が、その大きな幹を下ろしている。その大きさは、街からもその姿を見ることができるほどだ。

 そしてその名の通り森は神聖な雰囲気を漂わせている。自然路は、葉の隙間から木漏れ日の指し込むトンネルが続き、広場にはその広げる枝葉が大きな木陰を落し、その中で聖樹が静かに優雅な姿を見せている。

 かつては願いの樹木と呼ばれ、樹の精霊が心に願う者の願いを叶えたと言う。それが、聖樹と呼ばれる所以ゆえんだ。

「お母さん、ここがいいんじゃないかな?」

 カレンはまるで子供のようにはしゃぎながら、木陰に抱かれた平坦な芝生しばふ地へと駆けていった。初めての母とのピクニック。長年の夢である願いが叶って、とてもうれしいようだ。そんな彼女を見てシェリーも表情を綻ばせる。シェリー自身ここへ来るのは、子供のころ以来になる。

「カレン、そんなに急がなくてもいいわよ」

 シェリーの言葉もなんのその、早速そこにシートを敷いては、一番乗りと言わんばかりに座り込んだ。

「やっぱりいいところだよね。ボクもよく来るけど、何度来ても飽きないよ」

「そう言えば昔、ルミがこの木に登ろうとして落ちたことがあったわよね。聖樹に登ろうなんて思うから、罰が当たるのよ」

 ルミの言葉に、小さいころのことを思い出しながらシエルがそう言う。思えば、三人揃ってどこかに行くことなんて、それ以来だとカレンは思った。

「リィも登ったことあるよ。そしたら、降りれなくなっちゃった」

 何ともリーナらしいことに三人は笑いに満ちた。ちょっと膨れてる様だが、リーナも次第に笑みを見せる。

「あらあら、みんな早いわね。私達も座ろうかしら」

「あ、待ってルフィーちゃん。ちょっと行きたいところがあるの」

「え? ……あぁ、あそこね。分かったわ、私も行きたいわね」

「お母様、どこへ行くの?」

 シエルの質問に、みんなついてらっしゃいと言い残し、ルフィーはシェリーを連れて、広場へ抜けた道とは別の道へと向かっていった。それを見つつ、四人は慌てて後を追う。

 少し狭い自然路で、最近あまり人の通った様子がなく雑草が生い茂っていた。カレンもこんな道があったことは知らなかった。

「え? こ、ここって?」

 道が開け、少し広い空間に抜けると、そこには墓石と思わしき石碑が建てられていた。草木が生い茂る回りとは対照的に、それは綺麗にその姿を見せている。

 表面処置を施され、磨き上げられた表面は、天から降り注ぐ陽の光に眩く輝いている。幻想的な様相を見せていた。

 そしてそれには、こう文字が刻み込まれている。

「え? ……シャルロット・フォルティア」

 カレンが近づき、その文字を指で撫でる。そう、ここにはシャルロットが眠っているのだ。魔法薬失敗から、十数年が経っている。シェリー自身、ここへ来るのは初めてだった。

 シャルロットが倒れ、この地に永眠したことは聞いていたが、当然ながら来られるはずもなかった。

 母が亡くなってから、今日、やっと墓を訪れ、会うことができた。それまでの全てを報告する為に、シェリーはここへ来たのだ。

「……お母さん、遅くなってしまって、ごめんなさい。私には、カレンというむすめができました。この子は私の為に、お母さんやルフィーちゃんが失敗した薬を、一生懸命になって作ってくれました。それに、カレンには沢山の友達が居ます。カレン達のおかげで、やっと私は、こうやってここに来ることができました」

 しゃがみ込み、墓石に手を添えた。シェリーの目尻から流れた涙が、静かに滴り落ちる。亡き母が、どれほどこの日を待ち詫びていただろうか。その姿を見ることはできないが、きっとシャルロットは、よろこんでいるに違いない。

「お母さん、ありがとう。私は、とても幸せです。本当に、ありがとう」

 涙を拭い、笑みを見せて、シェリーは母に感謝を述べる。母が自分のせいで亡くなったことは、とても悲しい。でも、自分の為に手を尽くしてくれたことは、とてもうれしかった。

「……さ、戻りましょう。せっかくのピクニックなんだから、楽しまないとね」

 立ち上がって振り返ったシェリーは、いつもの彼女に戻っていた。それ以上に、いつになく明るい表情を見せている。きっと、母にそれを伝えたかったのかもしれない。みんなを連れて聖樹の元へと戻っていった。

 ――ただ一人、ティンだけは墓に近寄り、こう口にするのだ。

「先生、私達を見守ってくれたんですよね。だから、シェリーもここに来ることができたんですよね?」

 ティンが初めてここを訪れたのは、シェリーの呪縛が開放された時だった。この墓にはつるが絡みつき、酷く汚れてしまっていた。本当に申し訳ない思いだった。

 ……これからは、安らかにお休み下さい。私達は、元気にやっていきますから。

「ティン? 早くおいでよ」

「今行くわ。……それじゃ、先生、また来ますね」

 そう言って、ティンは亡き師に別れを告げ、カレンの元へと駆けていった。そんな後ろ姿を見て、シャルロットは何を思うのか。

 ――春風が森の中を抜ける。シャルロットはその向こう側から、ピクニックを楽しむみんなの姿を見守った。

『私は、いつまでもあなた達を見守っていますからね……』


 ある春の日の、昼下がりのことだった。

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マジカルファーマシー 〜魔術師カレンの物語〜 神崎 諳 @Soran_Kanzaki

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