エピローグ「魔法使いの薬屋さん」1—2

「お母さん!」

 そう言いながら、まるで甘えん坊の子供のように抱きついた。母もそれに応えてむすめの肩に腕を回す。

 母であるシェリーを、ここで見るのは今では珍しくはなくなったが、何ヶ月前までは、病――森の湖の呪縛に身を染められ、寝たきりの状態が続いていたのだ。

 そう、カレンはそんな母を呪縛から開放する為に、薬を作り上げたのだ。過去にその薬を作ろうとした者は皆失敗に終わり、長い年月を経て、カレンとその親友達が、薬の制作に成功した。そのおかげで、今こうやって母に甘えられることを、心からよろこんだ。同じくシェリーも、むすめを抱き留められる実感を噛み締めるのだ。

「まったく、甘えん坊なんだから」

「えへへ。ねぇ、お母さん、今度の休みの日のピクニック、楽しみだね」

「そうね。今まではカレンも忙しそうだったから、今度は行きましょうね」

「ゴメンね。今度は大丈夫だから」

 互い腕を開放させると、ベンチに座っては何気ない話を交わしていく。ここで、ゆっくりと流れる時間の中を、こうやって母と一緒におしゃべりするのが、カレンの夢だった。

 ピクニックに行こうと言ったのは、ティンだった。カレンもシェリーも、それを楽しみにしていたが、いろいろと忙しい日々を過ごす中、春になってからということになったのだ。今度の休みの日が待ち遠しい。

「お姉ちゃん、おばさん、こんにちは」

「こんにちは、おば様、カレン」

 仲の良い親子の元に声を掛けてきたのは、リーナとシエルだった。リーナもまた、シエルと同様ファーマシーで裏方として手伝っている一人だ。

 以前、自分の飼っていた猫がケガをしてしまい、カレンにその傷薬を作って欲しいと依頼したとき、そのころから手伝ってくれるようになった。彼女はまだ十二歳だ。それにも関わらず、彼女の調合の腕前は目を見張るものがある。もしかしたら、学園の先生にもなれるのではないかと、密かな期待も囁かれていた。

「あら、シエルちゃん、リーナちゃん、こんにちは」

「学園帰り?」

「うん、そうだよ。帰る途中でここを通ったら、お姉ちゃん達を見つけたから、声をかけたの」

「おば様、お体の調子はいかがですか?」

「えぇ、とってもいいわ。あのころが嘘みたいにね」

 魔法薬が完成し、それをシェリーに飲ませた後、それはもう大変だった。それから半月近くに渡り、呪縛から離脱するため、シェリーの中で葛藤が起き出したのだ。当然、彼女の体力は大きく削られ、精神的にも不安定な状態が続いた。やっとの思いでベッドの上に寝かしつけることもあった。

 そしてそれを乗り越えた時、苦しみとともに呪縛から開放されたのだ。その後、疲労から何日か眠り続けたが、今はこうやって公園に出歩けるほどに元気になった。魔法薬は見事、成功したのだ。

「三人のおかげよ。とてもありがとうなんて一言では、言い切れないわ」

「いいんだよ、お礼なんて。そんなの当たり前のことなんだから」

「そうですよ。私達はやるべきことをやっただけですから」

 彼女達の言葉に、ありがたみが身に染みる。本当に、言葉だけでは言い切れないものがあった。

「そろそろお店に戻らないと。それじゃ、お母さん、行くね」

「えぇ、頑張ってね。シエルちゃんもリーナちゃんも、カレンのことよろしくね」

「はい」

 シェリーに別れを告げると、三人はファーマシーへと向かっていった。シエルとリーナは、学園から帰ってくると、そのまま店の手伝いに回るようになっていた。最近受注が増える中で、二人の働きにはかなり助けられている。そして今日も、忙しい時間が続いた。

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