エピローグ「魔法使いの薬屋さん」

エピローグ「魔法使いの薬屋さん」1—1

 この地域では珍しく雪の降った寒い冬は去り、道端には花が咲き乱れ、街路樹のそれも各々が満開になっている。エリステルダムは春を迎えていた。

 エリス時計塔が九時のチャイムを奏で、澄んだ空気に鐘の音が響き渡る。南区が活気に溢れる出す時間だ。

 そんな南区の一角に、そのお店はあった。一見して普通の民家の風体を持つその店には、「マジカルファーマシー」と書かれた小さな看板が吊るされている。そう、そこは薬屋だ。しかし、ただの薬屋ではない。魔法をもって、あらゆる材料から薬を調合する、魔法薬を取り扱う店である。

 今日もそんなマジカルファーマシーから、明るい声が聞こえてきた。

「ティン、私配達に行ってくるね」

「分かったわ。お店のほうは任せてちょうだい」

 店長の声に、カウンターに座る看板娘が応える。店を発つ店長を見送っては、接客に応じる彼女は、何ヶ月前までは精霊の姿をしていた、ティン・フィーベリーという女の子だ。

 店長であるカレン・セイリーは今年で十六歳になる。丁度一年前、母の病を治す為、自らその薬を作ろうと、店を開いた健気で母親想いの女の子だ。

 マジカルファーマシーはそんな可憐な少女が経営している。今となっては、街で人気のお店とまでなっていた。

「カレンに依頼すれば、すぐに作ってくれるわよ。それはもう、私が保証するわ」

 街に伝わる錬金術師の称号を受け継いだ、幼なじみの「親友」、シエル・セノアはそう語る。

「お姉ちゃんって凄いんだよ。学園の先生にできなかったこともできちゃうんだから」

「ボクのお店に並んでる薬よりも、効き目があるかもしれないね」

 ファーマシーの近くに軒を連ねるパン屋の女の子、リーナ・ミシューと、同じく雑貨店の看板娘、ルミ・ライムはそう賞賛する。

 カレンは、依頼された物は確実に作ってしまう腕前を持っている。店を出したばかりのころは、何度も失敗を繰り返して、ティンに怒られてばかりいたのに。

「こんにちは! マジカルファーマシーですっ!」

 依頼主の住む、西区に構えられたその家は、今や学園長になることが決まった、シエルの母であるルフィー・セノアの工房「アトリエリスト」だった。入り口のドアを開け、元気良く言うカレンの声に、依頼主が姿を見せた。

「こんにちは、カレンちゃん」

「先生、依頼された物ができたので、持ってきました。ちょっと遅れちゃったんですけど……」

「ありがとう。ううん、十分、間にあってるわ。……でも、本当に凄いわね。カレンちゃんの成長は」

「え? そ、そうですか?」

 はにかんで頬を赤く染めるも、それを実感できるのはルフィーの手助けもあったからだと、カレンは思っている。

「それと、おめでとう。学園公認のお店になったわね」

 カレンが店を始めるに当たって、学園が出した条件に、一年間でどれほどの経営状態になっているかが問われた。開店当初はまちまちだったが、徐々に客足も増え、その信頼も多く得ることができ、今では安定した経営状態にある。

 それを以て、学園は条件を満たしたものと見なし、マジカルファーマシーを学園公認の店としたのである。そして今後、学園内にも出店することが決まっている。学園の売店としても、ファーマシーは新しい一歩を踏み込んだのだ。

「はい。これでお店も存続できますし、新しいお店も出させていただけて、本当にうれしいです。どれもこれも、私を支えてくれた、みんなのおかげです」

「私も、カレンちゃんに支えてもらったわ」

「え?」

「シエルのことよ。いつもいつもありがとう。あの子がお店の手伝いを始めてから、たちまち成績も良くなったし、元気になったわ。おかげで、錬金術師としての素質も見えてきたわ」

 シエルはお店の裏方として、魔法調合を手伝ってくれていた。エリス時計塔祭の日、依頼された花火の火薬を一緒に作ろうと誘ってから、ずっと力になってくれているのだ。それと同時に、シエルとの「犬猿の仲」は、「親友」へと修正されていった。

「いえ、シエルにはいつも助けられてばかりです。お礼を言いたいのは私のほうです」

「ふふふ、お互い様ってところね。依頼の品、確かに受け取りしました。また、何かあったら、頼んじゃうかもしれないけど、いいかしら?」

「はい、もちろんです。いつでもいいですよ。それじゃ、失礼します」

 師に別れを告げるとアトリエを去り、店に向かって道を行く。そして、ウェスタンストリートとサザンストリートを繋ぐ、時計塔中央公園へと着き、カレンは広場のベンチに座る、ある女性を見つけると、うれしそうに駆け寄った。その女性も彼女に気づいてベンチから立ち上がる。

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