第5話「願いの薬」3—2(完)

「カレン……」

「こんな遅くに、公園で何してるの?」

 しきりに笑みを見せながら、カレンはそう聞いてくる。時計の音がもどり、秋風が公園の中を流れていた。そんな中、シャルロットの気配は、霞の如く風に吹かれて消えていた。

「そんなこと聞くわけ?」

「……心配させちゃったね」

「そんな当たり前のこと、聞くんじゃないわよ。親友の頑張りを、心配一つせずに居ろだなんて無理な話よ」

「ティン、今日は素直だね」

「私はいつだって素直なつもりだけど?」

「あはは、つもりなんだね」

 他愛のない会話が、何だか心を和ませた。さっきまで、シャルロットへの罪に胸を傷める思いをしていたことなんて、すっかり忘れさせられていた。

「……ねぇ、ティン。私ね、思うことがあるの」

「何?」

「もし、私のお婆ちゃんやルフィー先生が、お母さんの薬を完成させてたら、ティンはここに居ないんじゃないかって」

「……そうね、居なかったかもね」

「それにね、私だってお店を出してなかったと思うの。みんな失敗していたから、ティンにも会えたし、お店も出せたんだと思うの。……これって、良かったことなのかな。それとも、私がそう思ってるだけなのかな……」

 表情を曇らせて俯き、カレンは語尾を弱くそう言った。

 今、彼女の手には、液体の入ったガラスビンが握り締められている。どうやら、薬は完成に至ったようだ。

 カレンが作り上げた、シェリーの魔法薬。開店当初は、依頼も満足にこなせず四苦八苦していたのに、その成長に、ティンはうれしさが込み上がった。でも彼女には、それに戸惑いを感じたらしい。

 他人の失敗を踏み込んで、自分に力をつけても、それが本当に自分の為なのか、疑問を持たされたようだ。

「何言ってるのよ。失敗は仕方がなかったのよ。物事はね、そう簡単にはいかないものなのよ。むしろ、失敗があるから成功できるんじゃない」

「……そっか、そうだよね。これで良いんだよね」

 疑問を晴らすことができたのか、カレンは今まで見せていた笑みを取り戻した。そう、そう教えてくれたのは、シャルロットだった。

「そうよ。……そんなことより、私に何か用があったんじゃないの?」

 そう言われて、カレンは胸を躍らせた。未だ暖かい、湖の水を使ったシェリーの魔法薬。この手から伝わる感覚は、決して夢なんかじゃない。自分達が作り上げた、一つの結晶だ。深呼吸を置いて、カレンは口を開いた。

「……やっとできたよ。私、作ったんだよ。お母さんの薬、作れたんだよっ!」

 うれしさに満ちた彼女の声が、公園に響き渡る。そう言って見せる彼女の笑顔は、今までになく輝いていた。

「ついにやったのね。流石よ、カレン。きっとあんたなら作ってくれるって、思ってたわ」

「ううん、確り作れたのは、ティンのおかげ――」

 感嘆から込み上がるうれしさに、声の震えるわせたカレンは、途端に言葉を失った。そしてその直後、彼女の体は大きく揺らぎ、糸の切れた操り人形の如く、力を失って倒れてしまう。

「カ、カレン!?」

 ティンが慌てて体を支え起こす。彼女は息遣いは荒く、苦しそうな表情を見せていた。それでも手は薬を握り締めている。突然どうしたのか分からず、混乱してしまう。

「……す、凄い熱」

 顔が火照り、吐く息も熱を帯びている。額に手を添えてみれば、驚くような熱さを感じた。まさかとは思うが、薬の制作に無理したのではないだろうか。何はともあれ、家に連れて、寝かせなければ。ティンは彼女を背負い込むと、急いで公園を後にした。

「……ティン」

 そんな弱い声が掛けられる。もし無理をしてこの状態に陥ったのなら、あまり喋っては欲しくない。体に影響を及ぼす可能性がある。

「カレン、あまり声を出さないほうが良いわよ」

「……ティン、ありがとう。私が薬を作れたのは、ティンのおかげだよ」

「違うわよ。それはカレンの実力じゃないの」

「ううん。いつもティンが側に居てくれたから、作れたんだよ。……ほら、リィちゃんの薬を作るとき、ケンカしたことがあったよね」

 店を開いたばかりのころ、依頼から何日も経ってるのに失敗ばかり続いていた。そのせいでケンカしてしまい、ティンが何日も行方をくらましてしまったことがあった。

 そのときにリーナから、猫の傷薬の依頼を受けたのだ。ティンが居なかったことで、様々なことを思った。

「ティンが居なくなっちゃって、リィちゃんの薬の依頼を受けて、凄く大変だった。私ね、寂しかったんだよ。あのままティンが帰ってこなかったら……私、お店続けられなかったと思うの」

「…………」

「失敗したら怒るけど、慰めてくれた。成功したら、誉めてくれた。何かあったら、心配してくれた。悩みことがあったら、いつも相談に乗ってくれた」

 カレンの目尻から、涙の雫が頬を伝う。それと同じく、ティンも頬を濡らしていた。

「……私には、ティンが必要なんだよ。お母さんの薬を作ることができたのは、ティンのおかげなんだよ」

「な、何言ってるのよ。いつまでも、私に甘えてちゃダメじゃない。……でも、私だってカレンのこと、いつも心配だったわよ。もう、あんたを置いてったりは、しないから」

「うん。ありがとう……」

 そう言うとカレンは目を閉じて、ティンの背に頭を預けた。その弱い返事に不安を持ったが、落ち着いた寝息を聞くと胸を撫で降ろす。

 ……ずっと側に居るから、安心してよ、カレン。

 願いの薬は、長年の時を経て、様々な物を生み出しながら、完成に至ることができた。

 秋風が二人を包み、通りを流れて去っていく。

 ピクニックに行くのが楽しみだった。

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