第5話「願いの薬」3—1

 その夜、ティンはなかなか寝つくことができなかった。体が人間の姿になっても、いつもカレンと一緒に寝ているせいなのか、どうにも寂しい気がして落ち着かなかった。何度寝返りを打ったものか、隣に居ないカレンに違和感を抱いた。それが嫌で、ティンはベッドを抜けてリビングへと向かう。

 リビングを抜け、そのまま玄関を潜って表へと出る。ガス灯の光も点々とまばらにしかなく、街並みはそれ以上になくひっそりとしていた。

 秋風がパジャマ越しに体をぜる。少し寒さが感じられた。ウェスタンストリートを中央公園へ向かう。当然ながら誰も居ない。

 カレン達のことが気になる。薬はできただろうか。失敗したりしてはいないだろうか。そればかりが心配だった。

 公園に着くと、そう思うに連れ、時計塔の前で立ち止まり、ふと塔を見上げた。そのとき、丁度、塔は深夜零時を告げる。深夜零時の鐘は鳴らない。十二時を指した際に、長針が進む音が鳴るだけだ。

 その時、一瞬にして周りの空気が変わった。風が止み、変に辺りが静まり返っている。時計塔の針の音も、街の微かなざわめきも聞こえない。

『フィーベリーさん……』

 その静けさを割って、微かな声がティンを呼ぶ。慌てて辺りを振り返り、その声の主を探す。

 ――聞き覚えのある声、それでいて、悲痛な思いを感じさせる懐かしい声。その姿を探すのに、必死になってしまう。

「先生? ……先生っ!?」

 呼び上げる声は辺りに響かず、耳元で消えていく。

『フィーベリーさん』

 声はすぐ後ろから聞こえてきた。慌てて振り返ったそこには、淡い月明かりに照らされ、優しい微笑みを見せる、シャルロットが立っていた――シェリーの魔法薬を必死になって作っていた、あの頃のシャルロットが。ティンは驚きのあまり、目を見開いて言葉を失う。

『フィーベリーさん、元気そうで何よりね。精霊の姿から、元に戻ることができたのね……』

「せ、先生……」

 その言葉に、心の奥底で何かがうごめくのが分かった。次第に感情が高ぶり出す。シャルロットに対する罪の意識が、大きく胸を締めつけた。

「先生……っ!」

 思わずシャルロットの肩に腕を回して、抱きついてしまう。そして、涙が次々と溢れ出しては頬を伝っていく。

「ごめんなさい、ごめんなさい先生。私が、私が確りしていなかったから、先生が犠牲になって……」

 許しを乞うように言うティンに、シャルロットは彼女の体をそっと抱いた。シャルロットの暖かさが身に感じる。本当に、そこにシャルロットが居るかのようで。

『あなたのせいじゃないわ。私は自分のことが見えていなかったのよ。あなたが責任を感じる必要はないわ』

 優しく頭を撫でながら、長年ティンが病んでいた罪から開放させる。泣きじゃくるティンを落ち着かせ、シャルロットは腕を開放させた。

『……シェリーは、元気?』

「はい、元気です。でも、まだ呪縛からは開放されていません……」

『そう。……カレンちゃんって、言ったわね』

「はい」

『体の弱いシェリーが、子供を授かることができたのね。良かったわ』

 目尻に涙を溜めて、シェリーの無事に安心したようだ。そしてカレンというむすめができたことを、心からよろこんでいる。

 カレンが今、そんな母のために魔法薬を作っていると知ったなら、彼女はどう思うだろう。再び見え始めた希望の光を、見守ってくれるに違いない。もう、過ちを繰り返さないようにと……。

「カレンは今、シェリーの薬を作っているんです。……大丈夫です。あのならきっと――いや、絶対に作ってくれます。私達の失敗を、繰り返したりはしません」

『ふふふ、その様ね……』

 不意に笑みを見せるシャルロットに疑問を抱くが、その答えがすぐに分かった。背後から人の気配を感じる。そしてそれが誰なのか、疑問に思うでもなくティンは振り向いた。

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