第5話「願いの薬」2
制作開始から、どれほどの時間が過ぎたのかは分からない。店内は時計の針が動く音以外、全く物音がしなかった。当然、入り口ドアにはクローズの表示が掲げられている為、客人も店員も居らず、中はひっそりとしている。
カウンターを経て、その向こうにある調合部屋へと足を運び、中を窺う。そこには、テーブルに身を伏せているカレンの姿があった。
調合台には未だ作りかけの魔法薬が、器具や材料とともに散らばり、テーブルにも調合に書き記したメモが散らばっている。他の場所へと目を向けるが、同様に散乱しており、そして彼女以外のメンバーの姿はなかった。
とりあえず身を伏せているカレンが心配になり、近寄ってみる。様子を見た限りでは、眠っている様にも見えるが……。
「カレン、寝てるの?」
ティンの声に彼女は反応を見せない。まさか、魔法薬の調合が失敗して、何かあったのではないか。台を見る限りその形跡はない。だとしたら、無理な魔力消費による昏睡だろうか。次第に焦りが沸き始め、心を揺さぶり始める。
「カレン、大丈夫? ねぇ、カレン?」
「うぅ……」
微かな反応があった。しかし、彼女は体を起き上がらせるでもなく、目を閉ざし伏せたままだった。でも意識はあるようで、自分を呼ぶのは誰なのかを認識したようだ。
「ティン? 起きて大丈夫なの?」
「私は大丈夫よ。それよりカレン、どうしたの? 他の二人は?」
「シエルとリィちゃんは疲れちゃったみたいだから、二階のベッドで寝てるよ。私は作業を続けてたんだけど、やっぱり疲れてきちゃって……。私達じゃ、魔力が足りなかったり、ちょっと大変だよ」
やはり、彼女達の魔力では、いささか容易にはいかないこともあっただろう。無理をせずに休んで居てくれて安心した。
「私に何か手伝えることはある? できることなら何でもするわよ」
「……見守ってて欲しいの」
「え?」
「ティンは、湖に行って辛い思いをしたんだから、休んでて欲しいの。今度は私が頑張る番だよ。……大丈夫。無理はしないし、シエルやリィちゃんにも、無理なんかさせないから……」
語尾を弱く切り、カレンは再び寝息を立て始める。相当に疲労が彼女達を襲っているらしい。ティンはそっとカレンの頭に手を添えると優しく撫で、調合部屋を離れて二階へと向かった。
ファーマシーの二階は、泊りがけで作業できるように寝室がある。商店街の一角にありながら、普通の家のような構造を持つこの建物は、その昔、カレンと同様に、ここで魔法薬の店を開いた人がこの店を離れる際、残していったものらしい。これはファーマシー開店後、追々分かったことだった。
寝室は二つある。階段の近くにある部屋の前に立ち、そっと中へ入る。ティンがここに入るのは久しぶりだった。カレンが泊まっても、ティンはシェリーが心配で家に帰っていた。
「……カレンなの?」
ドアを開けると、そんな声が返される。ここにはシエルが寝ているらしいが、声を出すものの体は伏せたままだった。
「カレンは下で寝てるわ」
「え? ティンなの?」
驚いたようにそう言いながら、シエルは身を起こす。しかしやはり疲労のせいか、辛そうに顔をしかめていた。
「起き上がることないわよ。休んでなさい」
ベッドに近づいて、起き上がろうとするシエルを寝かしつける。何か言いた気な表情を見せるが、布団をかけてあげた。
「無事だったのね、ティン。心配したわよ。カレンが精霊の姿に戻っちゃったって、言ってたから……」
「この通り、私は大丈夫よ。ちょっと魔力の使い過ぎで戻っちゃったみたい。……それよりシエル、一つ言っておきたいことがあるんだけど」
「何かしら?」
「無理だけはしちゃダメよ。カレンは無理しないって言ったけど、あの子一人でやり過ぎることもあるから、シエルもカレンに無理しないように言ってほしいのよ。勿論リィにもね」
「……えぇ、大丈夫よ。私も無理はしないから。三人で悪戦苦闘しながら、何とか作ってみせるわ」
布団から手を出し、小さくガッツポーズをして微笑んでみせる。それは少し力ない表情だったかもしれないが、彼女の意志は伝わってきた。後はカレン達に全てを任せよう。ティンは再び眠りに就く彼女を確認すると、ファーマシーを後にした。リーナの居る部屋に寄ろうとしたが、彼女も疲れてるだろうから、やめておいた。
調合部屋が再び活気に満ちたのは、日が落ちて、街並みがガス灯の淡い光に包まれてからだった。
他の店が閉店準備をする傍らで、カレン達は各々の役割を持って、部屋内を駆けずり回っている。そこにティンの姿はなかった。彼女は薬の完成を願いながら、家でシェリーの看病に当たっているに違いない。
「シエル、そこにあるメモ取って」
カレンの指示はシエルやリーナをリードしている。二人もその指示を確実にこなしていく。シエルはテーブルに散乱したメモの一つを取って、それにペンを走らせる。
「カレン、思うんだけど、こうするともっと良いものができると思うの。どう?」
「……あ、そっか。こっちなら効率が良いよね」
シエルの腕も確実に上がっていた。彼女の作る創作魔法薬はどれも効率の良さを見ることができる。
少量でも効き目が良い塗り薬や、火種がなくても燃焼する、火の魔法を凝縮した携帯に便利なミニコークスなど、それは便利なものばかりだ。
「お姉ちゃん、こっちできたんだけど、リィがもう少し進めちゃうよ?」
リーナもその頭の良さで、調合のノウハウを次々吸収していた。カレンの頼んだことは完成に至らせるだけではなく、自分なりのオリジナリティーや改善を施すのだ。当然、レシピを書き直すことも忘れない。
「あ、うん、お願いね。シエルは、私の作ったものを今シエルが作ってるものと混合させてもらえるかな。慎重にやってね。ゆっくりでいいから」
「えぇ、任せて」
三人は作業を続行させた。活気がありながらも、緊張と静寂の入り混じる時間が流れ始める。再び、時計の針の音が室内に鳴り響いた。
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