第2話 乙女椿
淡くて、うすいピンク色で、小さめで。
おとめつばきは、私が別れの棺に入れた花。
敷き詰めた花たちは、天まで一緒に行ってくれたのだろうか。
さみしくないように、咲いてる花をできる限り入れた。
あれは三月のことだったはずなのに、四月の寺の庭に見つけた、乙女椿。何十年も経ってしまうと、花の咲く時期も変わってしまう。
あの桜さえそうなのだから、小さな椿が変わっていくのなど、誰にも大したことではないのだろうけど。
勝手に三月の花にしていた子が、四月に顔を見せた。
あいさつに来てくれたのだろう。ありがとう。
*
マルという名のマルチーズ。
小学生の頃からずっと一緒だったあの子が空に行ってしまったのは、春がまだそろりと忍び足でやってきた日のこと。
あの日、仕事で遅くなった私は、どこか胸騒ぎがして、食事もせずにまっすぐ家に帰った。なんだか呼ばれているような気がしたんだ。
あの子はクゥーンって高い声で鳴いて、私を待っていた。夕方からずっとそうだったんだって。
父の膝に抱かれたマルは、私を見るとほっとしたみたいに落ち着ついて泣き止んだ。何度も頭を撫でてあげた。こわくないよって。少しずつ瞳が白く濁っていくのを、世界が閉ざされていくのを、じっと見てた。忘れたくないから、ずっと心に刻み込むように。家族みんなに見守られて、しあわせそうだった。
*
昔、庭にあった大きな朱い椿は、突然、美しい花弁ごとそのままの姿で落下した。コトンと音がするかのように、潔く。
水の盆に載せて、睡蓮の仲間のように眺めていると、おやゆび姫でも生まれそうに艶々と揺れた。
乙女椿なら、かわいいよ。
石鹸からできた細工の花にも似て、お嬢ちゃんにもぴったりだよ。
あの子は男の子だったけど、わがままな女の子みたいで、桃色が似合っていたもの。
線香に火をつけて、かざしてみる。
燃えるような炎が、風で乗り移らないように。
煙る匂いが、いつまでも去らないように。
父の最期に居合わせることができなかった。
冬の日に急変して、逝ってしまったから。仕事中に連絡を受けて、平静を保とうとする自分が、思ったより落ち着いているのが嫌だった。あの子の時は、間に合ったのに。
今、父はあの子と一緒にいるだろうか。なかよしだったものね。
祈りを捧げる。そっと、手を合わせる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます