六月の本棚
水菜月
行く先のないノスタルジア
第1話 父の本棚
父の三回忌が終わった。
二年前の二月、凍えるような寒い日に父は逝った。
葬儀の日は雪が舞い散る空模様だった。心の奥に寒さよりもひんやりとした、どうしていいかわからないものが積もっていくのを、ただ見つめていた。
長患いではなかった。それだけが私たちの中に言い訳のように残って、誰にともなくひたすら言い聞かせる伝言となった。
父が苦しい息で私に告げたのは、まもなく故郷で開かれる同窓会に間に合うだろうかということで、今そんなこと、と苦笑してしまった。
私の身を案ずることばかり何度も繰り返した。それが最後に交わした言葉になるなんて思わなかった、と周りに嘘を言った。本当はその時の私には、きっとこれが別れになるとわかっていた気がする。
寒い日が命日なのに、寒がりの家族たちは春に一周忌を選び、三回忌もまだ桜が残るあたたかい日になった。駐車場に止めた車に桜の花びらが模様のような姿となって落ち、春の匂いと共に色を添えてくれた。
お墓は高台にあって町の景色が一望できる。風が通り抜ける眺めのいい場所。ものすごい急な坂を上ることを考えずに選んでしまったんだ。年をとったら、歩いて登れるだろうか。墓参りも一苦労だよ。
心の中でよく父に相談する。今日こんなことがあったよ。どうしたらいいの。
いまだにそこにいるかのように思えるんだ。いつまでもね。
また今日も、のほほんと煙草を吸っているみたいだ。
のんきな父だった。少しずつ姿が空気と混ざって、景色となじんでいってしまうんだな。
*
父が私に影響を与え、残したもの。それは、父の本棚にある。
その日本文学全集は、渋めの
全部で五十冊くらいあるだろうか。なかなかの迫力。二段組みの細かい字で書かれた文章は、余程の本好きじゃないとすぐ閉じてしまうレベル。高校生の頃に相当読み耽った。
最初に手に取ったのは、川端康成の「雪国」 だった。
国境のトンネルを抜けると、ではじまる有名な冒頭部分。列車の中の窓に映る描写に震えた。真冬の雪景色の中、寒さに凍えて雪を従えながら読むかのように。毎晩、布団を被って少しずつ読んでいった。
つめたい、せつない、はかない、無情、恋慕、熱い。
そんな感情を、この一つの作品から一気に受け取った。私が冬のものがたりを好きなのは、きっとここからはじまっている。
*
漱石、鴎外、谷崎、林芙美子、藤村、芥川、国木田。
次々に、文豪を読んでいった。まだ全ては読み切れていない。
父は、誰がすきだと言っていただろう。
太宰や三島が嫌いだと言っていたのを覚えている。
父は、いつこの全集を手に入れたのだろうか。ふと考えてみたら、聞いたことがなかった。
今度、母にたずねてみようと思う。
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