化櫻

東雲 裕二

短篇 化櫻

有名な話、おそらく何処かで一度や二度は耳にしたことがあるような話で御座います。興醒めな話で申し訳ない。他愛もなく見て頂ければ是幸い。


話というのは『化櫻』で御座います。


某県某市の外れの山にある、毎年この時期にぽつりと咲き乱れる見事な枝垂れ桜。それが化櫻と呼ばれるもの。何故化櫻と言うかと言いますと、まあ、簡単に言えば「出る」のです。


私も、最初はそんな荒唐無稽な話は信じておりませんでした。櫻には色々俗話があります。梶井基次郎作の有名な『櫻の木の下には』。綺麗な櫻の下には死体が埋まっているという話の元ネタで御座います。古来より日本では櫻に関した話が多く、それが背鰭、尾鰭が付いて奇々怪々な噂が生まれております。この化櫻もその類だろうと考えておりました。


あれは十二、三年前春でしょうか、会社の営業でその化櫻のある地域に出回ることになっておりました。当時は仕事が大変で丁度化櫻の話も忘れておりました。巷のちょっと大きな公園では花見だ、宴会だと浮かれた人たちを数多に見ました。仕事中、それを目にした時、昼間から莫迦騒ぎしているので本当に羨ましかった。


最後のお客さんである町工場のご年配の社長さんと仕事の会話を終えた私は直帰で帰宅しようと考えておりました。


一日の仕事が終わり、仕事の話も順調に進みまして、気が楽になり車に乗り込んで一服休憩を取りました。ふと遠くの風景に興味を持ったのです。


青々と生い茂る山間に一カ所だけ真っ白と言いますか、薄紅が目に映ったのです。ふと頭で「桜か」と言葉が過ぎりました。本来ならば一服吸い終えればさっさと帰ろうと思うのですが、その日に限って「ちょっと花見でもするか」と思い立ったわけです。今考えれば化櫻に呼ばれたのかもしれません。


私は酒が一滴も飲めない体です。花見は好きですが、周りが酒に酔いどんちゃん騒ぎするのも苦手でした。だから、あんなぽつりと咲く桜なら静かに花見が出来るんじゃないか、と考えて行き先向かう最中にコンビニへと立ち寄り、温かい缶珈琲と花見団子を買いました。


よくよく考えれば件の櫻へ車で行けるかどうかも解らぬ、まして辿り付けるのか解らないというのに私は車を走らせました。


車を下りて歩かねば為らないだろうな、と途中から考えておりましたが、山には桜へと行く道がありました。道と言ってもアスファルトでは舗装されておりません。ですが、横幅は車二台分しっかりある山道でした。


「もしからしたら地元では有名な桜の名所なのかもしれないな」と口に漏らしなら山道を走りました。ですが、車と擦れ違うことも、人と擦れ違う事もありませんでした。


十分程でしょうか、車を走らせていますと道が開けました。時刻は夕方、薄暗くなりましたが、開けた場所の奥に桜が目に入りました。取りあえず車を停め、買った珈琲と団子が入った荷物を片手に車から降りました。


「うわ、見事な櫻だ……」思わず溜め息が出ました。


圧巻というのでしょうか、近寄れば近寄るほどその櫻の大きいのが実感できました。太い幹から無数の細い枝葉が長く垂れ下がり、枝には花が咲き誇っていました。よく町で見かけるソメイヨシノやヤエザクラといった種類ではなく、枝垂桜と呼ばれる櫻です。山風が吹く度に、櫻吹雪と言いましょうか、櫻の花弁が舞い上がり、それはそれは幻想的にも感じました。


ただ、何か得たいの知れない気味悪さも感じられました。長く垂れた枝がまるで手のように見えたのです。風が吹く度に枝がざわめき揺れ、まるで手招きしているかのようでした。


ふと笑い声が聞こえました。一人の声ではありません。とても騒々しいと感じられる笑い声でした。はっきりこれだけは言えます。人はいなかった。確かに見事な櫻、櫻の隠れた名所とも言えるでしょう。ですが、その場所に私しか居なかった。人の気配は全くなかった。


何かおかしい。此の櫻は何かがおかしい。


興が醒めて、見る見るこの場から離れたいと思いました。思わず後退りした時です。足が縺れて尻餅を打ってしまいました。痛た、と尻を擦りながら立ち上がろうとした時、今でも身の毛がよだつ情景を見てしまいました。丁度、顔を上げ、櫻の木の上の部分に目線がいきました。


枝には何かが無数にぶら下がっているのです。


「何だ?」目を凝らして見れば……首を攣っている人がおりました。一人だけでは御座いません。十人、いや、二十人、それ以上、何といいましょうか、枝垂櫻の枝葉の隙間に無数の首攣りが見え隠れしているのです。


数人、風が吹くと体が捩れて私の方を見ました。


異常に伸びきった首に繋がった頭が笑っているのです。


私は袋を投げ出して、大声で喚きながら逃げ出しました。車に乗ってから、何度何度も「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」と数えきれぬほど唱えました。


その日は、何とか帰ることが出来ましたが、あの場所で見た光景は何だったのか解らず恐く恐くて眠ることも出来ず、また妻にも何があったのかと心配されて事情を聞かれましたが、話してしまえば、あれが現実だったのだと自分で認めてしまうようで辛かった。


次の日は体調を崩したと会社を休みました。妻には医者に行ってくると嘘を吐いて厄払いで有名な寺に行き御祓いを受けました。


***


この話には後日譚があり、件の出来事より一月後、再びあの某県某所に仕事で訪れることになりました。町工場のご年配の社長さんと仕事の話をしていた時です。


「どうした、若いもんが鬱々とした顔をして。もしかして母ちゃんに浮気でもばれたか」と笑いながら言われました。あの出来事をまた思い出した私の顔は誰が見ても異常なほど暗かったのでしょう。社長さんは優しく声を掛けてくれました。


私もここでちょっと期待したのだと思います。もしあの出来事を話せば「疲れてるんだよ、休まなきゃいけねえよ」等、あの出来事を否定してくれると思いました。また仕事上の付き合いですので、幾ら何でも当たり障りのない答えが返ってくると考えてしまいました。


ですが予想に反して返ってきた言葉は「——あんた運が良かったな」でした。


突然、朗らかな社長さんは厳しい顔付きになり、事務所の奥に行かれました。再び戻ってくると、老眼鏡を掛けており、手にはある日の新聞を持っておりました。その新聞の日付は……私があの櫻を見に行った日の次の日。


「これを見な」とある小さな記事を見せました。記事の見出しは「某県某市××山で男性の自殺体発見」というもの。


「えっ……まさか、私が見たのは……本物の自殺した方……」でも自分が見た自殺体は無数、だが発見されたのは一体だけ。


「……あの化櫻を見たよな。御前さん、あんな細い枝で人が首を攣れると思えるかい。確かに幹は立派で太いが、枝は細く、柔らかい。人が首を攣るのは到底無理だ」


「でも、この新聞記事には自殺って……」


「毎年、この時期、あの化櫻のとこには死体が出るんだよ。首を攣ったような痕があるが、話によると紐とか類は見つからないそうだ。遺書なんか当然出てこない。まあ、説明が出来ない部分があるが、昔からある出来事だから暗黙の了解で自殺になっているんだよ」


そういうと、昔話を社長さんは話しだした。


あの化櫻の咲いている付近には明治前まで村があったらしい。山道は村の荷物車を通った名残であるだけだそうだ。地元の方は滅多なことがあっても山には入らない。それはある謂われがあるからだ。


その昔、村に「おそね」という女いたそうだ。おそねは体が元々弱く、それが原因で相当姑に虐められたらしい。常日頃、姑は家の外ではおそねの悪口を語り、家ではおそねを罵ったそうだ。


おそねは体調が良い日は家を出て田畑を手伝った。しかし、その光景を見た村人は「おお、珍しい、珍しい、雨が降るんじゃねえか」と莫迦にしたそうだ。


おそねは夫に姑の事、村人の事を訴えるも、知らんふり。次第に精神が病み、等々発狂した。


櫻が咲く時期に、あの化櫻で笑いながら首を攣ったそうだ。弱った細い体はとても軽く櫻の枝を折ることがなかったと言われている。


それから季節が巡り、次の櫻が咲く時期、姑が首を攣った。次の年には夫が。さらに次の年は村人の一人、毎年、毎年、一人ずつ首を攣る事件が起きた。いずれも首を攣った痕があるのに、紐が無く、明らかに首を攣れば枝が折れるはずの体躯だった。


村人は「おそねが化櫻の妖怪になって自分達を殺そうとしている」と考えて村を捨てた。そして化櫻だけがあの場所に残った。


だが、それからも首攣りは続いている。それは今でも。


***


今にして思えば私が助かったのは紙一重なのかも知れない。枝垂櫻の枝葉は確かに私を招いた。しかし、私とは別の人間が先に招かれて、あの場所に赴いた。


今でも風に揺れる枝垂櫻を見ると恐怖が蘇ります。まるで今でも私を招いているようで恐いのです。私は今でも花見が恐いです。

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化櫻 東雲 裕二 @shinonomeyuji

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