ブラック・デス・ブック
高柳保奈美
1話
私の名前は、加藤樹里。百合高校に通っていて、受験戦争真っ只中。毎日夏の集中講義を受けているので、夏休みはあってないようなものだ。
「おはよう」
私は、ライバルになるかもしれない相手に満面の笑みで挨拶をする。
「おはよう」
彼女もまた私に挨拶をする。彼女は、同じ高校に通っている高橋みゆきだ。
「今日も暑いね〜」
受験というものは非情で、私たちの話題を天気かニュース、または勉強のことだけにしてしまう。
「そうだよね。早く秋になんないかな〜」
彼女は、いつも明るく元気だ。たまに、嫌になることがあるけど、比較的彼女のことが好きだ。
「樹里は頭良いからいいよね〜。私なんて、先生に“お前がいける大学はない”って言われちゃった」
「今から頑張れば大丈夫よ。あと半年もあるんだから」
「私も樹里みたいになりたいよ〜」
「何馬鹿なこと言ってるのよ」
私は、みゆきのこういうところが好きなのかもしれない。非現実的で、私とはまるで逆だ。私の場合なんでも確認したくなるし、その結果どうなるのかを知りたい。
「げ!!先生来た〜。授業始まっちゃうよ〜」
先生が入ってくると、全員が席に着く。こういう光景を見ると、毎日同じことの繰り返しだと思う。
講義が終わり、家に帰る頃には、空が真っ赤に染まっていた。家の中に入ると、二階にある自分の部屋に直行する。ダイニングルームなどに寄ってもいいのだけれど、母親に早く勉強しろと言われるだけだ。制服を脱いで、ジャージに着替える。
私は本を手に取るが、本棚の奥のほうに戻した。私の家では、漫画などは禁止だ。まして、この時期に読んでいるのを見られたら怒られるだけではすまないだろう。
私は机に向かい、古文の参考書を開く。理系の私にとっては、文字の羅列はとても苦痛だ。まして、古文となると気が滅入る。
トントン。
扉がノックされた。母親がちゃんと勉強してるか確認に来たのだろう。
「はーい」
扉を開く。思っていた通り母親が立っていた。
「ちゃんと勉強してるいるのね。ならいいわ」
母親はそれだけ言うと、扉を閉めてキッチンに戻っていった。次に母親が来るのは、夕飯ができた頃だろう。
私はまた机に向かった。この時期はよく集中力が切れる。日本特有の湿度が高い夏。空気が重く感じる。気分転換に窓を開けることにした。窓を開けると、隣に住んでいる小林優希ちゃんが遊びから帰ってきたのが見えた。優希ちゃんは、私の後輩で百合高校2年だ。昔から良く遊んでいて、妹みたいなものだ。来年は彼女が受験戦争に巻き込まれると思うと、気の毒になる。
「優希ちゃんおかえり」
私は、何の気なしに声をかけた。
「樹里ねぇただいま〜」
優希ちゃんは、昔から私のことを樹里ねぇと呼ぶ。
「遊んでばっかりいるとだめよ〜」
「今日は、ちゃんと図書館行って本を読んでたんだよ〜」
「あら、優希ちゃんが本読むなんて珍しいわね」
友だちと話しているときとは違い、お姉さん口調になる。
「面白そうな本があったんだ」
ガチャ。
私の部屋の扉が勝手に開いて、母親が入って来た。
「油ばっかり売ってないで、ちゃんと勉強しなさい」
「わかった」
私が了承したのを見ると、母親は部屋を出て行った。
「それじゃ〜また今度」
優希ちゃんは、私になにが起こったのかを分かったようで、それだけ言うと家の中に入っていった。
夕飯の時間になり、母が呼びに来たので私は1階に降りた。テレビに、見たことがある映像が映し出された。
「小田川で、自殺があった模様です。どうやら、川の上の橋から飛び降り自殺をしたようです。遺書も発見されています。その遺書には、受験に疲れたと書かれていたそうです」
家からそんなに遠くない場所だ。
「この時期になると、こういう自殺が多くなってきますね。命は大事なものなので、大切にしましょう・・・・」
キャスターが決まり文句を言っている。
「あなたはあんなふうになっちゃダメよ!!」
母親は、人の死よりも今後の私のほうが大事らしい。
「大丈夫」
私も決まり文句を言った。
夕飯を食べ終わり、自分の部屋に戻る。今日は、勉強する気にはなれない。
「自殺か・・・。自殺ね・・・」
私の脳裏に彼女が落ちていく映像が流れた。彼女は死ぬ前に何を思ったのだろう?
今日はなかなか眠れなそうだ・・・。
次の日、寝不足の目を擦りながら家を出る。
「いってきま〜す」
「気をつけてね」
学校までの道を歩いていると、優希ちゃんが後ろから走ってきた。
「おはようございます」
「おはよう」
「勉強頑張ってくださいね」
優希ちゃんの笑顔は癒しを与えてくれる。
「昨日の本ちゃんと読んでる?優希ちゃんは飽き易いから」
「樹里ねぇの意地悪。これから涼しい図書館に読みに行くところですよ」
優希ちゃんが本を読むなんて、本当に珍しいこともあるものだ。
「そんなにその本おもしろいなら今度借りようかな?」
「受験生は、本なんて読まないで勉強していてください」
優希ちゃんの顔が一瞬強張った様に見えたが、気のせいだったのだろうか?
「それじゃ、私は先に行かせてもらいます」
そういうと、走って行ってしまった。後ろ姿がどこかで見た気がする・・・。すごく近い人だ。結局思い出すことができなかった。でも、いつもの優希ちゃんの後ろ姿ではないのは確かだ。
「おはよう」
私はいつも通りみゆきに挨拶をする。
「昨日のニュース見た?」
「自殺の?」
「そうそう。あの子ね、中学3年だったんだって!高校受験よりも大学受験のほうが大変なんだから、そんなに簡単に死ぬなよって感じしない?」
「親のプレッシャーとかあったんじゃない?」
私は彼女のことを何も知らない。いや、少しくらいなら知っている。
「げ!!今日は先生早いな〜。もう少し職員室で休んでればいいのに〜」
みゆきはそういうと、自分の席に戻っていった。
今日は、外が明るいうちに家に着いた。母は、今から出かけるようだ。
「今日は早いのね。昨日はどうしたの?男の子と遊んでるんじゃないんでしょうね?受験生ってことがわかってるの?」
「昨日は、図書館で勉強してたから遅くなったの」
私は、精一杯言い訳をした。
「なら、いいのだけれど・・・。これから買い物行ってくるから、ちゃんと勉強してるのよ」
「うん」
「それじゃあ行ってくるわね」
「気を付けてね」
私は、母が行ったのを見ると自分の部屋に向かった。
戸棚の奥から本を取り出して読み始めた。こういうときにしか、勉強をさぼることはできない。私を信用してくれている母には悪いけど・・・。
気が付くと、2時間が経過していた。もう母が帰ってくる頃だ。私は、今読んでる本をしまって、数学の教科書を開いた。数学の教科書は安心する。答えは一つだし、答えが合っていた時の感覚がなんともいえない。私の性格に合っている。なんと言っても、今やっていることとは違い、すぐに結果が分かることが・・・。
夕飯を食べ終わり、部屋に戻ると自殺のことを考えていた。恐怖、不安、絶望、勇気・・・私には自殺はできないという結論に至った。いっそうのこと、誰か私を殺してくれないだろうか?そうしたら・・・
朝を迎えた。制服を着て、かばんを持つ。靴を履いて、母親に声をかける
「いってきます」
「気をつけてね」
私が学校に向かって歩いていると、昨日と同様優希ちゃんが走ってきた。
「樹里ねぇ。今日の夜とか空いてます?」
「空いていると言えば空いてるけど、勉強しないと・・・」
「今日ぐらい息抜きでいいじゃないですか〜」
昨日よりも、優希ちゃんは元気だった。昨日は昨日で元気だったけど。
「昨日と言ってることが違うんじゃない?」
「昨日は昨日、今日は今日です!!ってことで、学校の屋上で待ってますから〜」
「何で学校の屋上なの?」
「星が綺麗なんです!!」
「っていうか、夜に学校は入れないんじゃない?」
「今日は大丈夫なんですよ!!天体観測部が活動する日なので」
「じゃあ、屋上使うんじゃない?」
「樹里ねぇは何にも分かってないな〜。天体観測部は、荷物は学校においてあるんですけど、観測地は学校じゃないんです」
「そうなんだ。わかったわ」
「ありがとうございます!!じゃあ、8時に屋上で」
優希ちゃんはそういうと、自分の家に帰って行った。
息抜きか・・・。最近全然勉強に集中できてないし、ちょうどいい気分転換になりそう。
「優希ちゃん遅いな〜」
時計を見ると、もう8時半を過ぎていた。
「樹里ねぇ。お待たせしました。準備がいろいろ大変だったもので・・・」
「遅い・・・よ」
優希ちゃんの右手に持っているものに、月の明かりが反射した。
「それ、なに?」
「これですか?包丁ですけど」
優希ちゃんは、平然と答えた。まるでこの状況が当たり前のように。
「そんなの知ってるわよ。何で持ってるのかを聞いてるの!」
「そんなの簡単じゃないですか。樹里ねぇを殺すため」
「えっ!」
私には今の状況が理解できなかった。
「この本に書いてあるんですよ!!」
いままで包丁のほうに目がいって、左手に持っている黒い本に気付かなかった。
「樹里ねぇが何にも知らないで死ぬのがかわいそうなので、教えてあげますね。この本の157ページに乗っ取りの法って言うのがあるんです。これを使うと、その人になれるらしいんですよ。でも条件があって、その乗っ取る人間が死んでなくちゃいけないんです。だから、樹里ねぇには死んでもらわないといけないんです」
「どうして私なの?」
「簡単なことですよ。頭良いし、運動できるし、かわいいし、私の憧れなんですよ。だから、私は樹里ねぇになりたいと思った」
不思議なものだ。昨日は殺されたいと思っていたのに、いざ殺される状況に立つと怖くて怖くてしょうがない。
「そんなの間違ってる!!もっと違う方法が・・・」
「いろいろやりましたよ。髪型、しぐさ・・・」
私は、昨日の優希ちゃんの後ろ姿を思い出した。あれは私の後ろ姿だったのだ。
「それでもダメだった。私は樹里ねぇ本人になりたい」
優希ちゃんは本を下に置くと、両手で包丁を持って近づいてきた。
樹里ねぇが、後ろに下がっていくのが見える。私は、一歩、また一歩と近づく。あと少しで樹里ねぇが私のものになる。いや、私が樹里ねぇになる。
ガシャン。
樹里ねぇが柵に到達した。もう逃げ場はない。私は、心臓めがけて包丁を突き刺した。
生々しい感触が手に伝わった。
「これで私は樹里ねぇ・・・。大丈夫。あの本によると、乗っ取りの法を使われる側に傷があっても、乗っ取りの法を使えば治るみたいだから」
包丁を何回も突き刺した。樹里ねぇの血は星より綺麗だった。私は、最後に思いっきり胸に突き刺した。そして、包丁を樹里ねぇの胸に刺したままにして、本を取りに行くことにした。
「早く準備しなさい。葬式に遅れちゃうわよ」
「わかってるよ〜」
私は、隣の家の葬式に出席することになっていた。喪服がないので、百合高校の制服を着る。
私が殺したのだが、葬式に出ないわけにはいかない。
鏡の前で悲しい顔の練習をした後で、1階へと降りていく。
「どうして自殺なんてしたのよ」
隣の家に着くと、泣いてる人や呆然としてる人が多くいた。私は心が痛くなったが、目が合った人と軽い会釈をするだけだった。母親は、泣くことさえも忘れているように、自分の娘の写真を見ていた。
「これから、加藤樹里さんの葬式を始めます」
優希ちゃんに刺された後、私の意識はだんだん遠くなった。そして、一瞬真っ暗になった。しかし、次の瞬間には優希ちゃんの後ろ姿がはっきりと見えた。私は、胸に刺さっている包丁を抜いて手に持った。
体の傷は、完全に治っているようだ。
私は、優希ちゃんに近づいていった。優希ちゃんは、まだ気が付いていない。持っている包丁を思いっきり優希ちゃんの背中に向かって突き刺した。
「じゅ、樹里ねぇどうして・・・」
「あなたの憧れは間違ってなかったってことよ。あなたは私に憧れるあまり、無意識に私が今やっていることにたどりついちゃったみたいね。実は私もその黒い本持ってるの」
「えっ!」
「優希ちゃんは、目的のところしか読まないからこうなるの。ちゃんと書いてあったでしょ。59ページ、蘇りの法。一人を殺すことによって、もう一つの命を手に入れられる。殺し方は問わないっていうのが」
「でも、樹里ねぇは」
「人を殺してないって?あなたもニュース見たでしょ。中学三年自殺。あれは私が彼女を無理やり落として殺したの。小田川は浅いから、落ちただけで死んじゃうのよ。遺書は適当に書いただけなのにうまくいったわ。でも良かった、あなたが私を殺してくれたおかげで、この本が本物だって確認できた。やっぱり確認するためだけに自殺するのは気が引けたから。もしかしたら、偽物で生き返れないかもしれないしね。話はこれぐらいにして、死んでもらうね優希ちゃん」
私は、優希ちゃんのことを何度も刺すことはしなかった。それは、優希ちゃんに傷を付けたくないからではなく、いくら乗っ取りの法を使っても服までは直らないからだ。
優希ちゃんを殺した後、乗っ取りの法で優希ちゃんになった。そして、私の体を屋上から木が生い茂っているところに落とした。その後で、ちゃんと遺書も書いた。遺体が見つかったとき、どうして制服がこんなに破れているのかと議論になったようだが、結論として木に引っかかったからとなったようだ。
中学3年の女の子を橋から落としたときは、こんなことにならなかったので、議論になったときにはドキドキしていたが、遺書の筆跡が一致したことから、その議論はそうそうに結論にたどりついたようだった。まぁ、私が書いたのだから、筆跡が一致するのは当たり前なのだけれども。
優希ちゃん(現在は私)の制服のほうは、血を洗った後で優希ちゃんの母親に釘に引っかかったのだと言ったら、スペアをだしてくれたので解決した。それに、その制服は処分されるみたいだったのでよかった。いくら洗ったとはいえ、血が一回でもついた制服を着る気にはなれなかった。例えその血が自分のものだったとしても。
これから優希ちゃんとして生きていくのは大変そうだが、受験まであと一年増えたのは嬉しい。
黒い本には、これからもお世話になりそうだ。試してみたいことがまだまだたくさんある。今度は何をやってみようかな?
ブラック・デス・ブック 高柳保奈美 @HonamiT
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ブラック・デス・ブックの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます