舞い降りる言葉と想い
譲治達一行は三時間ほど砂浜のゴミ拾いをした後、涼夜と仲のいい入江と言う顎に無造作に生えるヒゲが印象的なオヤジさんが営む(?)海の家へと入れてもらった。
秋だと言う事もあって人なんて譲治達しかいない。それは譲治と涼夜があえて選んだ。「人化」という突然変異はまだ一般的ではない為、誰かに聞かれれば間違いなくメリノ達は研究施設や何やらに連れていかれるだろうと思ったからだ。
ちなみに、入江さんは既にその事を承知している。涼夜曰く「最も頼りになる大人」と言うことらしい。自分達も十分大人だというツッコミはしないでおいた。
貸切状態の店の中はガランとしていて、波の音だけが聴こえ少し寂しい。入江さんは店のカウンターらしき所でメリノ達と遊んでいる。譲治と涼夜は深刻な表情で長机の端に向かい合い座る。
二人の間にあった沈黙を先に破ったのは涼夜だった。
「お前はこれからどうする気だ?」
「んな事……わかんねえよ」
譲治は溜息混じりに答えた。そこで二人の間に再び沈黙が流れる。
そして今度は譲治が口を開いた。
「お前は…どうしたらいいと思う?」
「…やっぱり、リオネ達の事は隠した方がいいだろうな。リオネ達にはまだ人間らしさが無い」
譲治は涼夜の「人間らしさ」という言葉に首を傾げる。すると涼夜は言葉を付け足した。
「例えばリオネを見てみろよ」
そう言って涼夜はリオネを指さした。譲治は涼夜の指差す先にいる涼夜を見る。
「わかるだろ? アイツの腕はクリオネのヒレっぽいのがくっついてんだよ」
「そ、そうだったのか? てっきり俺はファッションかなんかなのかと……」
譲治の余りのファッションの疎さに自分も人の事を言えないと思いながら溜息をついた。
「俺達にはファッションに見えても普通の人なら直ぐに違和感に気付く。メリノ達なら角が目立ちすぎる」
「で、でもそれはカチューシャとかで誤魔化せばさ」
「じゃあメリノの首周りの毛は?」
「ま、マフラーです! …みたいな?」
「その言い訳が出来るのは秋冬だけだが、まあいいか」
譲治の次から次へと出てくる言い訳に涼夜はお手上げ状態になる。
「昔っから言い訳だけは出てくるよな、ジョージは」
「褒めんなよ」
「褒めてねぇよ」
話は一段落し、このまま駄弁ると茶番が始まると譲治が思っていると、羊子を頭に乗せるている入江さんが声を掛けてきた。
「……なあ、お前らはコイツらをどう思うよ」
彼の言葉に譲治と涼夜は口を噤む。入江さんは笑顔を絶やす事なくメリノ達と遊んでいる。
「…俺はこんな可愛子ちゃんとなんて暮らしたこたぁねえよ? そのうえ人化なんてモンでなった可愛子なら、なおさらだ」
入江さんは頭に乗る羊子を降ろすと、リオネをおんぶした。そしてまた口が開く。
「お前らの話聞いてるとまるでコイツらはお前らのお荷物みてぇだな」
譲治と涼夜の胸に「お荷物」という言葉が突き刺さった。
「そ…そんな事は無いですよ!」
涼夜は反射的にそう答えていた。入江さんはリオネをおんぶしたまま、ボサボサの髪を掻き毟る。
「でも、お前は『人間らしくない』って言ったよな? この嬢ちゃんの事を」
「っ……!」
涼夜は口を噤むと、一歩下がる。その時、譲治には一瞬入江さんの顔が強ばったように見えた。
「……って、なにマジにとってんだよ! 四十過ぎたのオッサンの言葉だ。お前達の好きな毎日を過ごしゃいいんだよ! 大丈夫だ、お前達がこの子達を大切に思ってんのは分かってるからな」
入江さんはそう言い、大声で笑い始めた。それを見てメリノと羊子が入江さんの隣で笑い方を真似し始めた。
「そだ、折角だしメシ食うか? 焼きそばくらい作るぜ?」
入江さんの提案を譲治は断った。
「いえ、俺達はいいです。俺達ある意味で食ったばっかなので」
「ん、そか? 涼夜はどうする?」
「じゃあ、折角なんで食べてきます」
「わかったー」
そう言うと入江さんは冷蔵庫を開け、麺を取り出し始めた。譲治はメリノと羊子を連れて出口に向かった。
「お邪魔しました」
譲治は台所で焼きそばの具材を切る入江さんに一礼する。
「しましたー!」
「また頭に乗せて」
譲治に続いてメリノ達も一礼をした。
「おーう! またジョージに連れてきてもらえー! 羊子ちゃん! いつでも頭待ってるからなー!」
入江さんの海の家を出ると日は少し傾き始めていた。海に半分だけ顔を出す黄昏を三人は静かに見つめた。
「綺麗……!」
メリノが感嘆の言葉を漏らす。その言葉に羊子が頷く。潮風が三人の頬を撫で、短めの髪が靡く。
波の音と時折聴こえてくるカラスの声が黄昏の寂しさをより引き立てる。
その時、大きな羽音が三人の後方から聞こえてくる。三人は振り返り見上げると、そこには黒い羽の生えた女性の姿があった。その女性は譲治達の前に舞い降りた。
長く漆黒の髪と小さく折りたたまれた羽。そしてルビーの様に紅い瞳が譲治達の姿を映す。純黒のドレスを着る女性はメリノと羊子を見ると詠い始める。
「哀れな子、何故鳴くの? 何処の山にも母はいない。迎えにくる母はいない。路頭に迷い命尽きる」
譲治は漆黒の羽の生えた女性を見ながら問いかけた。
「お前は一体誰だ!?」
「クロウ、それが私の意味の無い名前。私の存在は有って無いようなもの。そこの羊の娘と同じように」
クロウと名乗る女性はそう言ってメリノ達に視線を向ける。
「有って無いようなものって何だよ…?」
譲治は眉間に皺を寄せながら問う。
「そのままの意味だ」
そう言うと小さく折りたたまれた羽を広げ夕闇色に染まる空へと舞い上がった。
「哀れな子、何故泣くの? 山はアナタの居場所はない。異端の者に居場所はない」
クロウはそう言うと譲治達を背にし、夕闇の彼方へと飛び去った。空からヒラヒラと風に舞い黒い羽根が舞い降りて来た。
譲治はその羽根を拾い上げ呟いた。
「きっと彼女も人化した動物なんじゃないかな…? でも、何でだろ」
譲治が夕闇の空を眺めているとメリノが心配そうに彼の服の裾を引っ張った。
「どうしたのですか?」
「いや……なんか……クロウって子、可哀想な感じがした」
─ 一方その頃
「なあ、リョーよ」
「何? 入江さん」
海の家で焼きそばを食べていた涼夜に入江さんが声をかけた。隣ではリオネがズルズルと音を立てながら麺をすすっている。
「考え過ぎるのってのは、良くねぇよ」
「……ですよね」
涼夜は箸を動かすのを止め俯く。
「考え過ぎて何も出来ない、何でですかね?」
入江さんも手を止め、お冷を手に取り飲み干した。
「優しいってのは厄介なんだよ」
「……え?」
入江さんの言葉に涼夜は顔を上げた。
「女はよ、優しい男を好きになるっていうだろ? でも、優しいだけじゃダメだっていうだろ? 男らしく引っ張ってくみたいな強引さってのが必要らしい。だが考えてみろ? 強引って時点で優しさ何て無いんだよ」
入江さんはコップに水を入れると、再び飲み干した。
「所詮求めてる優しさはその時の優しさなんだ。本当に優しい奴は優柔不断なんだ。優しいからアレコレ悩んじまう。それはいい方向にしてやりたいからな」
「……えっと?」
話題が微妙にズレ始めたのに気付き入江さんは咳払いをし、言い直した。
「つまり、お前は優しいから悩んじまうんだ。早いことに越した事はないがな、気にするな」
そう言うと入江さんは空の皿を手に取り台所へと向かって行った。空になった皿を水に浸けながら入江は呟いた。
「リョー、優しさってのは本当に厄介だ。何で優しい奴は後悔しなきゃなんねんだよな…?」
幽寂閑雅な日々 蓮根画伯 @kagiyama
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