友達と共に

 晴天の秋空に恵まれた今日、穣治はメリノと羊子を連れ例の友人に会うために友人の家に向かっていた。友人の家は海沿いにある為、潮風が彼らの頬を撫でては通り過ぎていく。穣治の前には海を珍しそうに見つめるメリノと羊子の姿があった。

 朝早い為か、それともシーズンが過ぎたからなのか、海はとても静かで穏やかだった。しかし、それでもマナーの悪い人達も多い。そのせいで、浜辺のあちこちにゴミが放置されたままになっている。

「ったく、マナーぐらい守れないでどうすんだよ。こういう大人がいるから子供がダメんなるんだよな」

 穣治が眉間に皺を寄せながら呟く。すると、前方に二つの人影がこちらにやってくるのが見えた。

「ん…? あれは─」

 穣治が目を細めて見ると、手を振る男とその隣りで小さく手を振る少女の姿があった。手を振る男の正体は穣治にはすぐに理解出来た。男の正体は友人の涼夜だ。だが、その隣りにいる少女は知らない。けれど、日曜日に彼と話した時に彼の飼っているクリオネが人化したと言っていたのを思い出す。

「ジョージ! 元気してるぅ? ちゃんと朝は食べないとダメよー!」

 まるで母親の様な口調で叫ぶ涼夜に穣治は頬を引き攣らせる。

「お前はバカかッ!?」

 そう叫ばずには居られなかった。そうだろ? 静かな朝にいきなりオカン口調ってさ……。

「いやぁ、ホント久しぶりだな。何週間ぶりだ?」

「さぁ? 二週間とかそのへんじゃいか?」

 穣治がそう答え視線を下にすると、彼の手には大きなビニール袋があった。

「何だその袋?」

 そう言うと涼夜は真顔で答える。

「え、ビニール袋だけど?」

 涼夜の回答に涼夜は叫びたかった。

そんなこと百も承知だよ! そうじゃなくて何の為に持ってきたか聞いてんだよ!

そんな衝動を抑えようと深呼吸しようとすると、奴は更に怒鳴りたい衝動を駆らせる言葉を放った。

「お前…大丈夫か? 熱でもあんじゃねえのか?」

 誰のせいでこうなってんのか分かんねえのかよ! 叫ぶか? いや、叫んだ瞬間きっと俺は負ける。何かに負ける!

「ダイジョウブだお」

「ふーん……ま、いいや」

 そう言って涼夜は穣治にビニール袋を手渡す。

「は?」

「ゴ★ミ☆拾い、一緒にやろうず」

 あ、うん。殴ろう。

穣治は満面の笑みの涼夜に腹パンをキメる。

「ゴミ拾いか、お前はいい奴だな。だが無意味だ」

「ほげッ!?」

 そこまで強く殴った訳ではないが、涼夜は腹を抱え蹲る。まあ、演技だろう、と穣治は思いながら見下ろした。

 涼夜とは中学から仲良くしているせいか、二人が揃えばまず茶番劇が始まる。だから、涼夜がどのタイミングでどのネタを入れて欲しいのか、どんな反応をすればいいのかが自然と分かる。それはまた涼夜も同じだった。

「ジョージザァン…オンドゥルルラギッタンディスカ!?」

「お前のせいで、俺のメンタルはボドボドだ!」

「それは…スマナイことをした。だが私は謝らない」

「フジャケルナ!」

「もう本題に入っていいか?」

「そうしてくれ」

 ヘラヘラニヤニヤしながらやり取りをしていた二人は突然真顔に戻る。しばらく沈黙が続いた。互いに互いの真顔を見つめる。そして同時に吹き出した。

「お前っ真顔やめろ!」

「お前の真顔ブサイクだわ!」

 穣治と涼夜の茶番劇を見ていたメリノと羊子は二人の真似をし始める。

「羊子ザァン…オンドゥルルラギッタンディスカ!」

「メリノのせいで私のメン…メンタ……タンタンメンはボドボドだ!」

 涼夜の背後でチラチラとメリノと羊子を見つめる少女の姿が目に入り、穣治は改めて本題に入った。

「んで、どんな話してたっけ?」

「あー、見ての通りこの砂浜はゴミが放置してあるだろ? そのゴミ拾いを手伝って欲しいんだよ」

「元々今日は人化の話をするために来たんじゃなかった?」

「いいじゃーんいいじゃーんスゲーじゃーん」

 涼夜は身体をくねらせながら穣治との間合いを詰めてくる。その姿に穣治は初めて涼夜に対しての恐怖を抱いた。彼の迫り来る様子はまるでテレビから這い出てくる貞子か、それか身体をクネらせくる不審者でしかない。

「だあーー! わかったよ! 手伝えばいいんだろ!」

 そう穣治が叫ぶと涼夜は「ウェーイ!」と叫んだ。

「あ、そだそだ。ほら、自己紹介」

 涼夜はそう言って背後に隠れてた少女の背中を押す。

「えっと……な、なんて言えばいいの?」

少女は涼夜に耳打ちをする様に小声で聞く。涼夜はヘラヘラしながら適当に答える。

「名前とかでいいんじゃね?」

「えっと、私はクリオネのリオネです! リョーさんの家族です! えっと……それだけです!」

 「宜しくお願いします」と言ってリオネは頭を深々と下げる。

穣治は開いた口が塞がらなかった。あの適当な涼夜のペットがこんなにも礼儀正しいなんて…。

「ウソダドンドコドー!!」

「おいおい、この子はマジの子だぜ? ウソも仕掛けもないぜ?」

 「ウソも仕掛けもない」って手品かよとツッコミたかったが穣治は飲み込んだ。

「よろしくね、リオネちゃん」

 穣治そう言うとリオネは涼夜の背中に半分隠れながら答えた。

「…よろしく」

「家だともっと元気なんだけどね……まぁ、まだ人とのコミュニケーションが苦手なんだ。許してやってくれよ」

「そだな。んじゃメリノ、羊子、挨拶」

 そう言うとメリノと羊子は茶番劇の真似を止め、涼夜とリオネに向かってお辞儀をした。

「羊のメリノです。宜しくお願いします! こっちは羊子です! 」

「……です」

 一通り挨拶を済ませると、五人は早速ゴミ拾いに取り掛かった。

メリノ達は直ぐに仲良くなり、三人でゴミ拾いを始めた。ゴミを見つける度に涼夜と穣治に見せにくる。

穣治達にはただのゴミなのかも知れない。だが、人間になり狭い世界しか知らなかった少女達にとっては未知なモノなんだ、そう思い思わず微笑む穣治と涼夜だった。

「ジョージさん、見てみてー!」

「ん、なんだ…ってそれブラジャーじゃん!」

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