エルフだった僕は自分の世界を捨てました
加賀谷一縷
第1話子供だった僕は初めて大人に疑問を抱きました
普通の人なら絶対に立ち入らないような木々が生い茂る森の中にそれはあった。
今日も木漏れ日がその森を照らしている。
時間は昼を過ぎ丁度夜との夜ぐらいだ。
「ふう、こんなものかな?」
頼まれていた小枝を集める仕事がやっとひと段落したところだ。
これらは火を起こしたり、家を修理したりするのに使われる。
大人はそれをしたり森の動物を捕まえて御飯の準備をする。
子供は自分のように小さな事を手伝う。
そうして今までもこれからも生きていく。
「そろそろ戻らないと」
休憩はちょっとにしないと怒られてしまう。
村長の息子なのにサボるな、と何度言われた事か。
産まれたくて産まれたんじゃないや。
選べるなら絶対に選ばない。
それを考えるとため息が出てしまう。
「はぁ。なんでだろうなぁ」
小枝を両腕いっぱいに抱え歩いていると、人型の何かが倒れている。
エルフにはその者がエルフであるかわかる能力が備わっている。
いくら子供でもそれは持っていて、現に倒れているのはエルフ以外であるとはっきりわかる。
「誰だろう?」
抱えているものを置いて向かおうとしたが、ふと思い出したように足を止めた。
村の人は言っていた。
ニンゲンには関わるな、と。
この世界にはニンゲンという生き物がいると父から聞いた。
なんでも森を破壊したり生き物をむやみに殺したりする悪い連中だと。
実際に会った事はないし、見た事もない。
どんな悪行をしてるか聞いただけだ。
でもだからって倒れているのを見過ごせない。
ちょっとずつ近づいてみよう。
一歩一歩慎重に足を進める。
その時落ちている枝を踏んでしまった。
バキッと音がする。
「うわっ!」
倒れていたニンゲンがぐわっと起き上がる。
いきなり動くからこっちもびっくりして、
「わっ!」
と、声を出して木に隠れた。
恐る恐る倒れていた場所を見ると、そのニンゲンもこちらを見ていた。
「あなた、エルフなの?」
どうやら女の子みたいだ。
小さく頷くと近づいてきた。
どうしていいかわからずに立ち尽くしていると、気が付けば手を伸ばせば触れられる距離まで来ていた。
身長は自分より少し大きい。
ニンゲンは成長が早いのだろうか?
「ごめんなさい。驚かすつもりはなかったの」
その女の子は頭を下げて謝った。
「い、いえ。こちらこそ……」
ニンゲンと話したのは初めてだ。
大人から聞いて自分が思い描いていたのとは全然違う。
もっと攻撃的だとばかり考えていた。
「あなたは?」
「えっ?」
「あなたのお名前は?」
「リル」
ふんふんと相槌を打ってから自分の名前を口にした。
「私はハイファ。よろしくね」
三文字以上の名前は初めてだ。
エルフは名前を二文字にすると決まっている。
名前だけはそうして後には長ったらしい家系とかいっぱい付く。
「なんで……ここに……」
自分の中のニンゲンに対する恐怖心が声を震わせる。
「この辺りを探索しててね。それで……なんでだっけ?」
本気か冗談で言っているのかは区別がつかなかったが、それでもこのニンゲンが悪い人には見えなかった。
「で、あなたはエルフなの?」
「う、うん……」
「やっぱり!髪の毛が緑なんてそういないものね」
これはエルフ独特の色だ。
緑よりも少しだけ薄く淡い色をしている。
ハイファと名乗った女の子の髪の毛は明るい茶色だ。
自分からはそっちの方が珍しい。
それはそうと何を話していいかわからない。
村にはそれほど人がいないため物心がついた時には周りにいる人全員が自分を知っていて、また自分もしっていたからだ。
初対面っていうのは産まれて初めてにも等しい。
経験がないから視点も定まらない。
「ねえ、リル?村は近くにあるの?」
「うん……」
「私もそこにいける?」
「えっ、と……」
村にニンゲンを連れて来たとなると大騒ぎだ。
村長の息子が厄介事を持って来たなんて言われかねない。
返答に困る。
だけどそれ以前に一つ疑問がある。
エルフの村は周りに円を描くよう結界を張っているため本来ニンゲンは入っては来られないはずだ。
結界の事は良く知らないけどそう教えられた。
ここが結界の外である事は絶対にない。
もっと小さい時から遊んでいたからだ。
大人に見守られ木を剣に見立てて振るう。
葉っぱを集めそこにダイブする。
大人が一緒にいた場所だから結界の中である。
そこに一人のニンゲンが迷い込んだ。
これはどういう事なのだろう?
「いいよ……」
「えっ!ホント?」
「うん……」
ニンゲンを里につれて帰ったら怒られるだろう。
帰るのが少し憂鬱だ。
でもわからない事は大人に聞けばいい。
それに自分の父は村長だ。
きっとうまくやってくれる。
だって僕が信頼を寄せるのは大人だけだから。
村までは五分程度歩いた場所だ。
子供に遠くへは行かせられないと、大人が距離を決めた。
「結構いいところだね~」
「そうかな?」
ここで生まれ育って一回も出ていない。
森どころか結界の外にすらだ。
ここがいいところか悪いところかの判断基準が乏しい。
一つしか候補がないのにランキングはつけられない。
「うん。そうだよ。私が見た中でも屈指だよ」
「そう……なんだ」
自分よりもいろんな事を経験しているハイファが羨ましく思えた。
同い年ぐらいなのに自分より何倍もしっかりしていて情けなくも思えた。
「ねえ。ハイファ……君は今までどこにいたの?」
リルが自ら質問した。
大人とは違った話やすさを感じていた。
「う~ん、わりと転々としてるからねぇ。前にいたところはすっごい都会って感じだったよ」
「都会……?」
聞きなれない言葉だった。
「そう。都会。いろんな人がいっぱいいっぱい集まってそれでおっきな町を造るんだ」
「へぇ、凄そうだね」
「凄いよ!高い建物ができたり美味しい食べ物もいっぱいあるんだ」
聞く限りではここよりずっといいところのようだ。
でもその情景が思い浮かばない。
高い建物はどれくらい高いんだろう。
どんな形なんだろう。
それを一つでも見ていればすぐパッと頭に浮かぶだろうがリルは高いものは木々ぐらいしか見た事がない。
それに美味しい食べ物なんて発想がなかった。
生きていくには美味しい不味いなんていちいち言ってはいられない。
ちょっとでも文句を言えばすぐにお説教されてしまう。
「ちょっとよくわからないや」
「じゃあ見に行けばいいんじゃないの?」
「見に行く?」
エルフは森を出られない。
出ればエルフではなくなってしまうからだ。
森を捨てたエルフは戻る術を失う、らしい。
らしいと曖昧なのは出た者を知らないためだ。
昔に出たエルフがいたとは聞いたがリルが生まれるよりもっと前の話だ。
結界の外にずっといれば結界をパスできる何かが失われるとかニンゲンに染まるとかいろいろ考えてはみたが大人は教えてくれなかった。
「……行けないよ」
「どうして?」
それを知らないニンゲンのハイファはすぐに聞く。
「……僕がエルフだから」
「じゃあエルフなんてやめちゃえばいいじゃん?」
「……」
エルフをやめる?
それは今までの自分の人生を全てなかった事にするようなものだ。
ただ自分の人生がそこまで大それたものだったかどうかは言うまでもない。
「私変な事言っちゃった?」
「ううん。それよりあれだよ」
リルが指したのは木々の上葉がなるところにある村だった。
ロープを使って橋を作って行き来できるようにしてあり、家も木の上。
雨風を凌げるように葉を利用して屋根を作っている。
ハイファの口から驚嘆の声が漏れた。
「凄い……」
リルは不思議だった。
これのどこが凄いのか。
木々を切ったりロープで繋ぎ合わせただけのものだ。
「あそこに住んでるんだ……」
ハイファはずっと見上げている。
リルは、こういう時自分はどうしたらいいんだろうか、と頭を悩ませる。
「あ、ごめん。いこっか」
「うん」
「でもどうやって登るの?」
「あれ」
次に指したのは一本の木。
それにはロープで作られた梯子がかかっている。
「これかぁ」
「うん。ついてきて」
リルは先に自分が登る。
続いてハイファも登る。
「うわっ、たっかーい!」
「うん」
実際下から見るのと上から見るのでは全然違うと思う。
上から見た方がより高く感じる。
登り終えると、木の幹辺りに、それより細めの枝と太い幹の丁度中間のような木が、円形に敷かれている。
エルフはこれを床のように使って歩いていく。
木から木へはロープの橋を、木の周りは床を使う。
「こっち」
「う、うん」
ハイファは震えているようだった。
何で震えているかわからないリルだったが聞く勇気がなかった。
「あんまりエルフっていないんだね」
「今は食料を取りに行ってたりするからあんまりいないよ」
「自給自足かぁ。なんだか憧れるなぁ」
「それほどいいものでもないよ」
取ってきた量が少なかったりするとお腹が減って寝れない時もたまにある。
それが嫌だから子供はみな大人の手伝いをするのだ。
ぐんぐん進んでいくリルだが、ハイファの足取りは重かった。
「うう、早いよぉ」
「そうかな?」
「そうだよぉ……そんな早く木の上なんて歩けないよ」
慣れてないと早くは歩けない。
高さへの恐怖心で足がすくんでしまう。
ハイファは後者のようだった。
「はい」
「ありがと」
リルはそっと手を差し出した。
自分も小さい時、大人にこうしてもらったからだ。
ハイファは手を握って言った。
「ありがとう」
「……うん」
照れくさいように感じた。
「ここだよ」
目の前には一際目立つ家があった。
周りにはこれに似たものはいくつもあるがそれより大きい。
壁はたくさんの小さい木で埋め尽くされ、屋根は葉で作られている。
「ここがリルの家?」
「そう」
入口に戸はなく自由に出入りできる。
防犯の対策が必要ないからだ。
「おじゃましま~す」
また聞きなれない言葉だ。
ハイファそれはどういう意味だろう?
でも聞くのもなぁ。
一旦心の隅においておく事にした。
入るとそこは一部屋で広々とした空間だった。
奥にはリルより背が高く、髭の生えた男が座っていた。
「リル、その子は?」
「えっ、その、ニンゲン」
ニンゲンと言った瞬間に男は反応を見せた。
「本当か?」
「うん、そうだって言ってる」
男は改めてリルの隣に立っている女の子を見る。
何かを理解したような顔をしてリル聞いた。
「その子はこれからどうするつもりなんだ?」
「えっと、その」
「すみません、できれば今日のところは泊めて頂ければと……」
ハイファは申し訳なさそうに頼んだ。
語尾に近づくにつれだんだん声の大きさは小さくなっていった。
「……そうか。しかし里の者には黙っておくのだぞ、リル」
「う、うん」
普段厳格な父でニンゲンに対しては強く嫌悪していたから簡単には許しはでないと思っていた。
それがあっさり許可が出てなんだか怖がっていたのがバカらしく思えていた。
「お前の部屋があるだろ。そこから今日一日出すな。それが条件だ」
「わかったよ」
と告げて、行こう、とハイファを連れ出した。
とにかくその場から逃げ出したかった。
今はそうは言っていても気が変わって起こり始めるかもしれないと思ったからだ。
一回もそんな事はなかったけど今回は特別そう感じた。
だからすぐ部屋に行きたかった。
僕の部屋はここのすぐ隣の木だ。
ロープの橋を使って隣の木に移動する。
そこにある部屋はさっき父がいた部屋より小さい。
だが二人がいても窮屈に感じない程度の広さはある。
「さあ、入って」
「うん。やっと休憩できるね」
言うとハイファはすぐに寝ころんだ。
「あぁ、なんか疲れたぁ~」
「僕もだ」
もうじき夕食。
それまでしばしの休息だ。
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