洋子さんのオムレツ【さんぷんしょーせつ】

るかっち

洋子さんのオムレツ

洋子さんの作るオムレツは美味い。


ふんわりとした卵の中に旬の野菜を包み込んだ暖かいオムレツは、口の中でホロリとほどけ、絡みあい、互いの旨味を引き立てあって、喉を通りすぎていく。    

洋子さんのオムレツを食べる時、ボクは冗談ではなく、この家の子として、洋子さんの子として生まれて良かったな、と思うのだ。

 

どちらかというと保守的で、今日まで、パタンとたたむタイプの携帯を持ち続けている洋子さんだけど、オムレツに関しては、貪欲に新たな地平を求め続けた。


たとえば納豆オムレツ。

ふんわりとした卵と、白く糸引く納豆のコンビネーションは「おぉ、ひょっとしたら

思わぬ科学反応を起こすかもしれないぞ。トリュフを出し抜き、キャビア、フォアグ

ラと肩を並べる世界の三大珍味になるかもしれない」

そんな期待を家族のみんなにいだかせた。

 

結果的には、洋子さんのオムレツスキルをもってしても、壁は高く、クックパッドの

コメント欄は沸いた。

でも、家族の誰も洋子さんを責めなかった。

むしろ称えた。

「果敢に限界に挑戦し、敗れ去った君はエライ、そして美しい。ひょっとして独立してもやっていけるんじゃね、なんて心の底でちっさな野心を燃やしながら、今日もソリティアしながら残業代を加算してる俺は、キミの後光が眩しすぎて、見つめることがもうできないよ」

童顔な父上、晃君の言葉は家族みんなの意見を代弁していた。


だから思いもしなかったのだ。

洋子さんのオムレツを、あざ笑う奴がいる事に。


ボクがその事を知ったのは昼休み。

配膳係として一緒にカレーの鍋を運んでいた時、アリスちゃんに聞かされた。

いくらなんでもその組み合わせは。ねえ?

ねぇ。

想像がつきそうなもんですけどねぇ。

ねぇ。

ふふふ。

ふふ。

笑い声が頭の中で何度も何度も鳴り響いて、ふわっと意識が遠くなった。

気づいた時には、校長室の黒いソファに座らされていた。


「どうもすいませんでした」


いつ来たんだろう?

洋子さんが校長先生に頭をさげていた。

校長先生の言葉は朝礼の時と同じ。要領を得なくて、よく分からない。

それから少しして、洋子さんと2人で学校の門を出た。

空はまだ明るくて、半透明の白い月がポツンと1人浮かんでいる。


「殴っちゃったら、悪いのはキミになる」と洋子さん。

「ごめんなさい」


ポソリとボクがそう呟くと、洋子さんは溜息をついて

「夕飯、オムレツでいいよね?」と、笑った。

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