第28話 一つの戦いの終わりに

 まばゆいばかりに輝いていた光を失って、沙耶の体が落ちていく。

 その光景をミザリオルは上から見下ろしていた。


「あの光のせいで直撃だけは避けられまちたか。しかし、いつの時代も哀れなものでちゅね。神に逆らった者の末路というものは。ここまで戦い抜いたせめてもの慈悲でちゅ。最後はみんなまとめて仲良く送ってあげましょう。このブラックホールの中へ!」


 ミザリオルはその手の上に巨大なブラックホールを作り出していく。


「今度はもう二度と抜け出られることのない、特別大きなとびっきりの物を用意してあげまちゅからね。どうかこの中で安らかな眠りに付きなしゃい」


 その言葉の通り、そこには今までの物とは遥かに規模の違う巨大なブラックホールが口を開けつつあった。




 落ちてきた沙耶の体を次郎太は受け止めた。


「沙耶姉、こんなにボロボロになるまで戦って……もういいよ。沙耶姉はもう十分に戦ったよ。ここからは僕が戦うから。だから!」


 次郎太は沙耶の体を横たえ、立ち上がろうとする。それを沙耶の手が止めた。


「待って、次郎太……その力は使わないでって言ったじゃない……」

「どうして! この剣があればあいつを倒せるかもしれないのに!」


 沙耶は弱々しく笑みを浮かべる。


「だって、あたしの知ってる次郎太はそんな次郎太じゃないから。あたしの待っていた次郎太は優しい次郎太なんだよ」

「僕だって! 僕の知ってる沙耶姉だってこんな戦いなんてしている沙耶姉なんかじゃないんだよ!」

「そっか、あたし達の気持ちは同じだったんだ」


 沙耶が微笑みを見せる。そして、次郎太は気が付いた。彼女が戦うなと言った本当の理由に。


「あたしはこの戦いを終わらせたかった。この二十年前からの戦いにけじめをつけて、後腐れなくすっきりとした気分で、みんなと平和な日常に戻りたかったんだ。でも、ごめんね。お姉ちゃん……負けちゃった……」


 沙耶の目から涙がこぼれる。次郎太は感極まって叫んだ。


「沙耶姉は負けてなんかないよ! あんなに必死に頑張って戦い抜いて! 僕に格好良い所をいっぱい見せてくれたじゃないか! 沙耶姉は僕の誇りだよ! 沙耶姉こそが勝利者なんだ!」

「ありがとう、次郎太」


 そして、沙耶は気を失った。


「どうして、僕は無力なんだ! こんなにも! こんなにもー!」


 次郎太は天を見上げて叫んだ。その時、不意に世界が真っ白に染まった。次郎太にはそう感じられた。白い光が瞬く間に天に開くブラックホールを消し去っていく。

 わけも分からず見上げている次郎太の意識に、聞いたことのない異世界の存在を思わせるような神秘的な声が掛けられた。

 それは妖精のような幻想的な少女の声。彼女は告げる。


「それは神がそうなるように運命を構築しているから。神の創造した世界では人は幸せにはなれない。そう始めから決められているから、どのような道を辿ろうともその先には不幸の結末しか待っていないんだよ」

「え?」


 その声に次郎太は振り返る。

 そこにいたのは栗色の髪と明るい瞳をした白い衣をまとった少女だった。優しい愛に満ちたその少女の背中には白い蝶のような羽が生えている。


「だから、神の手と干渉を受けない新しい世界を作る必要がある。みんなが幸せになれる平和に満ちた世界を。もう大丈夫。わたしがみんなを幸せに導くから」

「君は?」

「わたしはイルヴァーナ。呪われた神の世界から人々を解放する者」

「イルヴァーナ? それって三大脅威の……?」


 その次郎太の言葉に少女は困ったように眉根を寄せた。


「そんな大げさなものじゃないよ。わたしはみんなを幸せにしたい。ただそれだけを願っている妖精さんなんだから」


 彼女は妖精と自称したのにふさわしいふんわりとした笑顔を浮かべ、そして、真面目な顔に戻って言葉を続けた。


「この世に神がいる限り、神の創造した世界が在る限り、人の不幸は続いていく。あのふざけた神を倒したら、きっとあなた達を幸せの世界へと導きに来るから。だから、それまで頑張って」


 白い光に包まれて彼女は昇っていく。その背の羽が巨大な物となって広げられ、そしてミザリオルの元へと飛び込んでいった。




 気がつけば全てが終わっていた。

 強大なる二つの存在は数回のぶつかりを経て、そしてミザリオルは逃走した。イルヴァーナもその後を追って消えていった。

 その様子をキサエルは離れた宇宙船から見ていた。


「さすがの神様もあれほど力を消耗していては妖精には勝てませんか。残念ですね。もう少しいいものが見れると思ったんですが……余計な邪魔が入りました。次郎太君もカオスブリンガーをあまり積極的には使ってくれませんでしたし、どうも煮え切りませんね」


 この事態の推移にキサエルはやや不満気だった。

 そんな彼女にノースが話しかけた。


「キサエル様がお望みなら、わたしがあいつらの相手をしてきましょうか? やりすぎない程度に叩いてきてみせますよ」

「いえ、あなたにはもう神様に挨拶に行ってもらいましたからね。今日のところはこれぐらいにしておきましょう。彼とはまた後日招待する約束をすでに取り付けていますし、気になることを一気に片づけてしまうのもそれはそれで面白味のないことです。ノース、ご飯の用意をしてください。わたしは部屋に戻っています」

「はい、キサエル様」


 キサエルが去り、一人になったノースは外の景色を眺めやった。


「神崎次郎太。レギオンの誰かがあの少年の元に……?」


 船で会った彼の姿を思い出す。不思議とその口元に笑みが湧いてでた。


「まあ、いいか。今はご飯の準備をしないと」


 ノースはすぐに意識を切り替えて、自分の仕事をするためにその場を去っていった。




 戦いは終わった。

 次郎太達は久しぶりに地球に戻ってきた。

 いろいろあったが、次郎太は無事に帰ってこれたことに安堵する。

 みんなで一緒に帰れたならそれが一番だと思えた。


「おかえり、みんな」


 沙耶が自分も一緒に帰ってきたくせに一番に家の扉を開けてみんなを出迎えるあいさつをした。


「ただいま、沙耶姉」


 次郎太にはそんな彼女の気持ちが分かる気がしたので、素直にそう返事をした。




 それからしばらくは平穏な日々が続くかと思われた。だが、増えた住人は彼らにそんな安息の日々を送らせはしなかった。

 次郎太が部屋でくつろいでいると、沙耶が服を着崩した格好で慌てた様子で駆け込んできた。


「助けて、次郎太! あいつがしつこいの!」

「え、また?」


 次郎太は起き上がる。沙耶は隠れるように彼の背後へと回った。

 追っ手はすぐにやってきた。沙耶によく似たその少女。指をわきわきと動かしながらにじり寄ってくる。


「逃げても無駄だ。わらわはお前のことを見くびっていたぞ。お前の体を調べさせよ。お前と同じ外見をコピーしたわらわの体にも同じ能力を付与することは可能なはずだ」

「そんなの知らないわよ! あんたはもうさっさと宇宙のどこかに行っちゃいなさいよー!」

「それは出来ん。ゼツエイがまだ船の修理をしているのだ。それが終わるまでわらわはどこにも行けんのだ。だが、幸いなことに最高の物がここにはある」

「この~! 次郎太、あいつをやっつけてよ!」

「いや、そんなこと言われても」

「おとなしく観念して、わらわの前にお前の全てをさらけ出すのだ!」

「いや~~~~!」


 沙耶とベルゼは次郎太の周りを数回ぐるぐると周り、そして窓から飛び出していった。


「ちょっと、沙耶姉! ここ2階!」


 次郎太は慌てて窓へと駆け寄るが、田舎の田園風景を駆けていく2人の姿を見て、ほっと安堵に胸をなで下ろした。


「沙耶姉、元気だな」


 優しい気持ちになって景色を眺める。

 帰ってきた時はどうなることかと思ったけれど、沙耶はあの勝負の敗北を引きずってはいないようだった。


「次郎太君がいるからね」


 背後から声を掛けられ、次郎太は振り返った。部屋の入り口のところに飛鳥が立っていた。


「助けてって声がしたんだけど、いらなかったかな?」

「いや、そんなことはないけれど」

「まあ、いいや。暇だったらわたしの将棋の練習相手になってくれない? さっきおじいさんとやってたんだけどどうしても勝てなくて。リベンジしたいのよ」

「うん、いいよ」


 飛鳥が部屋に入ってきて座り、床に持ってきていた将棋の道具を置く。

 次郎太がそこへ近づこうとした時、突如窓の外の遠くで光と爆発音がした。次郎太は窓から遠くの景色を振り仰ぐ。


「あれは沙耶姉がキレたな。ごめん、飛鳥ちゃん。僕、沙耶姉達が誰かに迷惑を掛けていないか見てくるよ」

「行ってらっしゃい」


 平和に微笑む飛鳥に見送られて、次郎太は外へと飛び出していった。

 姉のいるその場所へと向かって。

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沙耶へ けろよん @keroyon

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