第4話

「アインズ様、発見しました」

ナーベラルは伝言メッセージで報告した。シャドウデーモンがそれらしい子供を発見し、彼女が巻物の魔法で確認したところ、粗末な建物の中に5人の人間がおり、目的の紙もあった。なんと机の上に堂々と置かれていた。

「男が1人。子供が4人。やはり貧民街でゴミを拾い集めて生活しているようです」

「ふむ。5人か。どうするべきか」

「殺すべきだと思います」

ナーベラルは即答した。

「子供の方は字をどの程度読めるかわかりませんが、男の方は確実に読めますし、私のことに気づいている可能性が高いです」

彼女がそう言うのは当の男が子供達に字を教えている最中だからだ。読めないわけがない。

「子供のほうも念のために殺しましょう」

野菜を切りましょう。そんな言い方で彼女はさらりと言う。

「アインズ様がわざわざお出になられて、あれらの記憶を消される必要はございません」

「うーむ」

アインズの声には不満の色があった。

「そいつらはゴミを集めて、たまたまお前の紙を持ち帰っただけだろう?そいつらの不注意ではないし、私やナザリックに対して悪意や不敬があったわけでもない。お前の失態の責任をそいつらに負わせるのは理不尽じゃないか?」

「わ、私の失態を否定するつもりはありません!」

ナーベラルは慌てて言った。

「私はいかなる罰も受けます。ただ、この人間達が消えたところで問題はないと申し上げました」

「ナーベラル、一応聞くが、殺すと問題がある人間はどういう者か理解しているか?」

「それは……」

ナーベラルは答えあぐねた。彼女にとって人間は等しく無価値で、アリの階級をなんとも思っていないように人間の役職や階級などなんとも思っていないからだ。

「だろうな」

アインズの声に失望の色があり、ナーベラルの身が震える。

「地位の高い者とは可能な限り良い関係を築きたい。都市長や貴族などがそうだな。冒険者や魔術師も利用価値があるからなるべく殺したくない」

「では、この者たちは殺しても問題ないのでは?」

ナーベラルは恐る恐る聞いた。

「それは早計だ。裏社会の犯罪者なら消えても誰も探さないだろうが、貧民とはいえ一般市民が5人も消えたら騒ぎになるだろう?衛兵が動いて思わぬ余波が起きるかもしれない。それに、こいつらがどんな才能や異能の力を持っているかわからない。ンフィーレアがそうであるように、この5人の誰かがナザリックの役に立つかもしれないだろう?」

「……はい」

ナーベラルは渋々と同意した。

「殺すことはいつでもできるし、費用もかからないが、復活は誰でもというわけにはいかない。理解したか?」

「はい。では、この者達は記憶の消去だけで済まされるのですか?」

「そうだな。とりあえずはお前が行って、その男がどこまで気づいていて、何人がそれを知っているかを確認しろ。もちろん移動は転移で行え。子供達と一緒にいると面倒になりそうだからその男が一人になった時を狙え」

「はっ」

「転移すれば未知の敵に奇襲される心配はないと思うが……。一応、むこうにシャドウデーモンを何体かやって、あれも待機させるか」

アインズはいくつかの用心を考えた。


4人の孤児は勉強が終わると再び出かけていった。遊びに行くのではない。彼らは稼ぎに行く。貧乏暇なしだ。ホーマもここでじっとしているわけにはいかない。その前に、彼は自分の机、といっても木材を組み合わせただけの不細工なものだが、の上にある白い紙束を再び手に取った。紙自体は裏面をいつもどおり子供用の練習帳にしてよいだろう。そのあとは古紙や燃料として売らず、自分で燃やしたほうがいい気がした。では、その情報はどうすべきか。もちろん彼にこのことを誰かに話す気はない。冒険者の頂点を怒らせるほど馬鹿でも命知らずでもない。ただ、自分がこの秘密を知ってしまったという事実が小心な彼を苦しめていた。

(魔術師ナーベが俺のところへやってきたりして……。いや、そんなことはありえない……)

彼は自分に言い聞かせる。そんなことが起きるわけがないと。しかし、現実は非情であった。

「それが何か気付いてる?」

氷のような声にホーマが振り返ると彼の心臓が止まりかけた。ローブを着た女が部屋の入り口に立っている。彼はその女と会ったことはなかったが、誰かはすぐにわかった。わかってしまった。この世に二つとない美貌だったからだ。白く輝く肌。それとは逆に闇が輝く瞳と長髪。理想的な形をした鼻梁と唇。噂どおり、いや、噂どころではない美の極致。間違いない。彼女が魔術師ナーベだ。アダマンタイト級冒険者、漆黒の英雄モモンのパートナー。

普段のホーマなら見惚れて春めいた夢でも見ただろうが、今は最も会いたくない人物だ。扉を開けた音はなかったが、どうやって入ってきたのか。しかし、ここへ来た理由はわかった。

「あなた、気付いてるでしょう?」

ナーベはまた言った。

「いや……」

彼はとぼけようと試みた。

「悪いが、何のことかわからない。君は誰だ?いつ入ってきた?」

「魔法で聞くからすぐわかる」

その言葉だけでホーマは全てを諦めた。魔術師が魔法で他人を尋問するのは法律で禁止されているらしいが、証人がいなければ衛兵も捕まえられないし、この人を衛兵が捕まえるわけがない。

「わかりました」

彼は肩を落とし、衛兵に罪を告白する罪人のように喋り始めた。

「ナーベさんですね?たぶん、あなたの思ってる通りです。俺は知ってはいけないことを知ってしまったんでしょう?」

本当に字が読めないんですか、とは恐ろしくて聞けない。どうしてここがわかったのかも聞かない。たぶん魔法で見つけたのだろう。彼女ならそれくらいできるはずだ。

「一つだけ聞かせてください。あの子はこれを盗んできたんですか?俺は盗みを許していないんですが、もしそうなら俺の責任です。本当にすみません」

「子供達もそれが何か気付いているの?」

ホーマはその質問に恐怖を感じた。この魔術師はモモンと違って温かみのある人物という評判はなく、時に苛烈な行動をとると有名だ。殺されはしないと思いたいが、相手のまずい情報を握っているため、断言できない。

「いいや、あいつらはまだ字が読めません。早く覚えてほしいと思ってたけど、今は読めなくてよかったと思ってます」

ホーマは心底そう思った。

「そう」

ナーベは信じているのかいないのか、表情からは全くわからない。

「それで、返してくれる?」

「返しますが、これは盗まれたわけじゃないんですか?」

ホーマはそこを確認したかった。

「いいえ、間違って捨ててしまったものよ」

そこで彼は少し安堵した。子供が盗んだわけではなかった。自分の躾は行き届いているようだ。

「とにかく返してもらうわ」

「これを返して、それで終わりにしてくれるんですよね?」

ホーマは紙を人質のように扱う気はなかったが、返した瞬間にとんでもないことが起きそうで、思わず聞いてしまった。ナーベの瞳が横へ逸れる。隣には誰もいないし、何かを考えているのだろうとホーマは思った。しかし、何かを小さく喋っている。

「では、まずは魅了で確かめてから……はい、そのあとに……」

伝言メッセージという魔法をホーマは思い出す。短い会話がしばらく続いた。

「では、さっそく」

ナーベはそう言うと彼の方を見た。何かが始まるとホーマはわかったが、できることはない。命の危機を感じる。その時、外から足音が近づいてきた。

「誰?」

ナーベは冷たい視線と質問をホーマに向けた。彼にもわからないが、検討はついた。

「たぶん、ギャリーかな?金をとりに来たんです」

「私は消えてるからさっさと話を済ませなさい。もちろん私の事は言わないように」

ホーマの目の前からナーベの姿が消えた。

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