錆びた星の谷〜とこしえの眠りと古の少女

あどのあこう

第1話 荒野を征けば

廃墟の星


錆びた世界があった。


もう何もかもが朽ち果て、風に鉄と砂が混ざる。かつて起きた争いは、海を燃やし、山を薙ぎ払い、人をすり潰した。


無人の兵器、「幽鉄」。それはただ、人を喰らうように殺し続けた。兵士の損耗を減らす、自軍の死者より多く相手に死者を出す、ただその為だけに作られた、もう一つの「生物」。


初めは、上手く機能していたはずだった。敵味方の区別が行えるよう、兵士達の体にはナノマシンが仕込まれてあったし、幽鉄達を管理するためのシステムも構築されていた。


競争だった。生存競争。より強くなるため、人は機械を目指した。人を機械に近づけ、機械を人に近づけ、狂騒を繰り返した。


一陣の風がすべてを終わらせた。終わりが始まる。


突如、地球を包んだ太陽風。強烈無比な電磁波であるそれは、兵士達の体内のナノマシンや、幽鉄の内部機構はもちろん、全世界の電子機器を焼き切っていった。


当然、コンピュータによる管理システムもダウンし、幽鉄達は野放しとなった。


機能停止した幽鉄もあった。が、それと同じくらい生き残った幽鉄はいた。


彼らは生き続けた・・・。生を全うし続けた。人を殺すという生を。


今も世界は、血に錆びつつある・・・。



乾いた風が喉を枯らす。軽く咳き込みながら、ハジメは目を覚ました。日はまだ昇りきっていない。暁の肌寒さが渇きを思い出させる。


(水・・・、もう無かったか)


食料もなかった。かつてラインドと言われていたこの街には、もう何も無い。お菓子の空き箱のように、空しい廃墟が乱立するだけの乾いた世界。高層ビルの廃墟が冷たく空を映し、マンションの廃墟がもう点かない電灯をぶら下げる。


沿岸部に行けばどす黒い海水があるが、糞の役にも立たない。ここの良いところと言えば潮風にやられて幽鉄がもういないくらいだ。


転がっていたのを拾っただけのロケットランチャーを負い紐で体に吊り、登山用バックパックを背負って立ち上がる。


(山にはまだいるかもしれないよな・・・、アイツら)


食料や水を取れるとしたら山だが、あいにく彼にはサバイバル技術はないし、今まで生きてこれたのは、もうここにいた人間がとっくに死んだからだ。物資の取り合いで小さな戦争みたいになった。彼は逃げたり、隠れたりしていただけだ。


(漁夫の利・・・、なんて儲けでもないよな。くたばりぞこなっただけだ)


そう考えつつも、彼は今の生活を気に入っていた。


煩わしいことが何も無い。ただ生きるために生きる。そのためには何だってしてもいい。純粋な世界。前まで栄華を誇っていた『社会』というものには、馴染めなかった。


彼は追憶をやめ、これからの行動を練った。と言ってもそんなに大層な計画があるわけでもない。田舎の方なら食いもんあるかな、ぐらいだ。


この都市部に入り込んで半年は経った。もともと食い荒らされていた物資はもうほとんど残っていないし、なによりも飽きた。拳銃の弾が警察署で手に入りはしたが、あんまり使うこともない。時々襲ってきたヤツを撃った程度だ。


「よし、行くかな・・・」


バイクディーラーに転がっていたヤツをくすねた、大型の三輪バイク。前輪が二つあるタイプの、マルチリーニングホイールだ。前輪がバイクと変わらない動きで傾くため、機動的にはほぼ普通の二輪車だが、設置面積や重心バランス的に悪路走破性が高い。


銀色のカウルに金のホイール。金色の補強のようなフレームが付いた黒い逆三角形状のマフラー。幅広のリアタイヤはオフロード仕様だ。前輪は後輪よりもわずかに細いが、それでもかなりマッチョなマルチパーパスタイヤを履かせられ、大型のサスペンションと相まってタフネスを漂わせている。


シートにまたがり、ホイールロックを解く。これで前輪が傾くようになり、スムーズな旋回ができる。ただし、自立しなくなるが。


キーを回し、イグニッション。メーターが点灯し、吸排気系統が息を吹き返す。心臓に火が灯る。


数度空吹かしをして咆哮を響かせてから、彼は走り出した。

あてどない旅。どこに向かうでもなく、退廃した風景を駆ける。


市街地を抜けると、開いた荒野の道に出た。日が昇るのが東に見える。紺色だった空は次第に明度を増し、金色の欠片が敷き詰められていくように朝の色を宿し始める。


規則正しいエンジン音、体を打つ乾いた風。干からびた脳みそに心地いい。


幽鉄の残骸が所々に転がっていた。彼は時々動いている奴に出会ったが、幸いにも撃退してこれた。経年劣化で装甲が脆くなっているのだ。


(ま、対人用のあまりゴツく無い奴だった、てのもあるけど)


しばらく物思いに耽りながら、彼は走る。久しぶりに肉が食いたいなとか、そういえば生きている間に可愛い女の子にあったことないなとか、ガソリンねえなとか・・・。


ようするに、何も考えていない。


(あー、いつまで俺は生きるんだろうな。今の内に死に様について考えておくのも悪くない。高層ビルの屋上から跳んでみようか?このバイクで崖から飛ぶのも面白いな。重りを着けて海にでも沈むか?いや、苦しいのは嫌だな・・・)


ボケっとしながらアクセルを全開にしていると、前方に小さな点が見えた。ブレーキをかけ、止める。


「なんだありゃ・・・。幽鉄ならヤバイな。隠れよ」


しかし、周りに隠れるような場所はない。となると道は一つだ。


「突っ込めええぇ」


再びアクセルを限界まで開け、弾丸の如く彼は突撃していった・・・。



矢のように突っ込んでくるそれを、彼らは戦車の中から認めた。


1人は、ゴーグルを付けた短い金髪の少年。もう1人は三十代半ばほどの男。その後ろには、透明なカプセルがあった。六角形の棺桶のような、立方体の箱。


「なんだ、アレ」


ゴーグルの少年は呆れたような声を出す。彼は操縦士だ。前は比較的良く見える。車長席の男が呻く。


「分からん・・・。強盗の類か?」

「轢いちゃう?ロケラン持ってるぜ、やべえよやべえよ」

「いや、待て。もしかしたら使えるかもしれん」

「はあ?マジで?あんなの要らないよ」

「・・・」


彼らは特に進路も変えず、戦車を進め続ける。


ハジメからも、その点は戦車の形であることに気づく。幽鉄にあんな普通の戦車はいなかった。もっと気色悪い形をしている。


(やべえ、あれ欲しい)


しかしどうやってぶんどるか?全くプランもないままに彼は突っ込み続ける。背中のランチャーをぶち込めば勝てるだろうが、本末転倒だ。


(そもそも、使い方が分からん!)


信管が先端についてるから、ミサイルの先っぽで殴れば爆発するか?いや、俺も死ぬな。


互いの距離が100メートルを切った時だった。


突如、荒野に影が差した。幽鉄だ。回転翼を持つ飛行型。黒い体に、無機質に輝くレンズの目。ガチャガチャと複雑そうな構造は、この世のあらゆる生物とは異なる、異次元的なカタチをしている。無機質で、研ぎ澄まされた以上の、もはや殺気ですらない殺人理論。小さな二つのローターが羽音より耳障りな唸りをあげる。


どうも、対戦車用の本能が彼らを嗅ぎつけたらしい。レーダーによる感知と形状認識による目標設定。逃げられはしない。


「やばい。あのトリケラトプスなんかどうでもいい。アレをやるぞ」


戦車の中、ゴーグルの少年が叫ぶ。男はトリケラトプスの意味について一瞬考えかけたが、すぐに頭を切り替える。こいつが何かを間違えて育った作家みたいな言い回しをするのはいつもの事だ。


コンソールを操作し、対空機銃を起動。砲塔上部の半球型ユニットに接続された十五ミリ機関銃を撃ち放す。幽鉄、回避行動。ローターの回転数を制御しその場でロール。舞うように避ける。


対空機関銃は自動制御だ。ほっといても動いてくれるが、柔軟とは言い難い。自律機動型の幽鉄は軽くあしらうように射程外に逃れる。戦車のFCSがエラー音を出す。


『目標、ロスト、砲塔旋回範囲外』


「くっそ、ポンコツめ」


悪態をつきながら少年はペダルを踏み込む。左右のペダルがそれぞれの履帯に対応しており、クラッチは無い。バックの際は足の甲でペダルを引き上げる方式だ。そのため、ペダルは横に長いロの様な形状になっている。


左を踏み、右を上げる。右回りにドリフトしながら超信地旋回。砂煙が巻き上がり、幽鉄の狙いが逸れる。対戦車35ミリ機関砲が肌色の地面を穴あきチーズのごとく穿つ。


「ひえ〜。こんな空き缶戦車じゃソッコーでリサイクルショップ行きだぜ」

「缶詰トマトが嫌なら黙って戦え」


男はハッチを開けて幽鉄の位置を確認する。その瞬間信じられないものが見えた。


咆哮しながら、三輪バイクの少年がロケットランチャーを構えている。走ったままのバイクの上で。幽鉄と相対速度を合わせ、命中率を上げようとしているのだ。


「ばか、落ちるぞっ」


思わず叫ぶ。聞こえたのか向こうも照準を覗いたまま叫んできた。


「当たりめえだろ、落とすんだよおおお」


駄目だ。言葉が通じない。


「うるぁあああ」


爆炎がほとばしり、ロケットランチャー後端から反動を打ち消すためのウッドチップが吹き出す。しかし、あえなく少年は転落。対するロケットは身軽に飛び出し、正確に幽鉄の下部をぶち抜いた。機能停止。しかし少年も倒れたまま動かない。三輪バイクも先程までの威勢が嘘のようにあっけなくスッ転んでいる。


(なんて奴だ・・・。たぶん、やつは殺しても死なない。きっと生きているだろう)


男はふっとため息をつき、戦車を降りようとした。少し戦車の中を振り返り、微笑んでから。


(彼女もまだ、生きている。こいつを守るのは、そういう奴にしか務まらない)


かたや、ゴーグルの少年は何も言わず、ただコンソールに突っ伏している。


「酔った。あとは、頼む・・・」


そして男の制止も虚しく、彼は祝砲のように吐瀉物を撒き散らすのだった。




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