第12話 貴族も複雑なんだって

 さてはてやってきました10階層前。9階層の階段を下りた先にある大きな空間である。

 尚、1日でリポップしたチリ―ウルフくんたちだが、記憶はなんとなくでも引き継いでいるのか、俺に近づこうとすることはなかった。どころか視認した瞬間逃げ出すほどだ。

 

「記憶が残ってんなら相当怖くねえかここ」

「魂消すとマナ増えちゃうからガワだけ再構築するんじゃね? その辺はまあ善神でも悪神でもどうにもならねえよな」


 風船は空気が溜まりすぎれば破裂してしまうように、マナの増加は世界存亡の問題なため、まずホワイトなやり方は行われないだろう。

 神がマナを何かエゲツないものに使わない限りは、世界にマナがあふれて大惨事を引き起こす。具体的に言うと周囲の世界を巻き込んで大爆発。

 異世界人が神に呼ばれるのは神たちの娯楽もあれど、そういったことへの対策でもある。

 異界の門を開くにはかなりのマナが必要になるし、いわゆるチート能力は作るときだけでなく使用するときにも周囲のマナを集めて発動している。裕斗くんの持つ呪いめいた魔法のように、パッシブスキルタイプのものがそれだ。

 アクティブの場合もあまり変わらないが、あちらは一応本人の魔力も使用する。それにしたって効果のわりに使用魔力が少なすぎるんだけどね。

 

「ま、俺たちには関係ないことだ。いつか自我を獲得して復讐に来るなら、まず真っ先に俺のところに来てほしいけどな」

「え、何の話?」


 裕斗くんが振り返って聞いてきたので「なんでもない」と答える。

 そうして、気を取り直して裕斗くんが扉に手をかける。


「入ったらすぐ戦闘が始まるから気を付けて。魔道具はいつでも発動できるように」


 真剣な顔で忠告する夏美だが、彼女は今回後ろで見ているだけだ。来兎も同様に、俺たちの成長のために手を出さないとのこと。

 

「お前がいれば万が一もないしな」


 とは来兎の談。治癒特化の魔法を授かった(ということになっている)俺にはもっともだ。


「よし……じゃあ、行くよ。鹿住さん」

「はいな。無傷で完勝とこう」


 グッと裕斗くんが扉を押す。


「あれ?」


 開かない。


「引き戸なんじゃない?」

「……どうやって引くの?」


 取っても何もない扉じゃ引くもクソもないか。まさか魔法前提なわけがない。あってももっと下層だろう。


「上にあげる?」


 開かない。


「ちょっと夏美さーん! 開かないんですけどー!」

「え、開かない? おっかしいなあ。開かないってことはないと思うんだけど」

「増援が来れないように閉まってんじゃねえか? ほら、ハイエナ的な存在の警戒で誰かが入ってたら開かないとか」


 ガーンだな……出鼻をくじかれた。


「あー、なるほど。誰かが入ってたこととかなかったからなあ。今までは事前に仲間を集めて行ったり誘われたりしてたし」

 

 さて、どうするか。

 壁を破壊して入っていっても構わないのだけど、流石に酷すぎる。モラル的な意味で。


「でも一々降りてくるのめんどくせえんだよなあ」

「中の冒険者が進むにしろ戻るにしろ、いつか開くだろ。ボスが瞬時に復活するとは思えないが、10階層通過だけは出来るかも知れん」

「あ、なるほど。11階層に転移して逆走するんだね」


 ハイエナめいてはいるけどそれしかないかあ。久々に大型とのバトルもやってみたかったんだけどな。魔王時代は人間ばっか相手にしてたから。


 仕方がないので休憩。

 来兎にテーブル、イス、ティーカップに紅茶まで作らせて時間をつぶす。


「俺酷使されすぎじゃね?」

「はい」

「はいじゃないが」


 1時間ほど経っただろうか。裕斗くんと夏美の稽古を見てうずうずしてきていると、扉が開いた。


「あっ」

「ん?」

「あっ下半身を追いかけた人」

「変態かな?」


 お前が言うな。


 扉から現れたのは、こちらへ転移してきた初日に見た全身鎧の男だった。

 あの時は4人だったが、今日はその倍の8人になっている。


「君たちは……?」


 出口で待っていた俺たちを警戒したか、自然な動作で手を剣の柄まで持っていく男に、来兎が手を上げる。


「おっとすまないな。俺たちは今日10階層を攻略に来てね。だが先客がいたようなので、ここでこうして待っていたというわけさ」


 ティーカップを持ちながら肩を竦める来兎。我が友ながらクソキザ過ぎて腹が立つ。


「そうか……それはすまないことをしたな。だが……たった4人で挑むのか?」


 少なくとも2人御荷物居るよね? というような目で俺と裕斗くんをみる全身鎧。

 

「ああいや、こいつらは魔法職でな。万が一のために剣も持たせたが、メインは魔法なんだ」

「ふむ、そうか。いやすまない。聞くことではなかったな」


 よく見れば、全身鎧集団の新しい4人は他の4人と比べて弱いらしい。真新しい傷とへこみが目立つ全身鎧が4人と、ボロボロではあるが古傷に見える全身鎧が4人。

 これはおそらく前回遭遇した全身鎧だろう。それこそ夏美と来兎のように、新人育成のために極力手は出さなかったのだろう。


「……ん?」

「どした?」

「いや──傑作だなって」


 我が魔法紅いブラッディミストはきまぐれだ。面白味のあるときしか得た情報を渡さない。

 しかし、その性能は破格の一言。なぜならこの魔法は霧を吸い込んだ者を傀儡とし、記憶、思考の全てを得る効果を持っているからだ。

 

 さて、そんな性格の悪い我が魔法が教えた情報はと言えば。



「んっふっふ。30階層のドラゴン」


 意地の悪い笑みが漏れつつそう言えば、リーダー格の全身鎧が鎧の上からでもわかるほど驚愕をあらわにする。


「なぜか負けるはずのないAランク冒険者が負けたんですよねー。おかげで助からない女性が出て来た」


 クスクスと笑いながら続ければ、来兎は察した顔になる。


「なんだって、それは本当かい? しかしまさか、Aランク冒険者がたかだかドラゴンに負けるなんて……」

「なんでもどこかのご子息に不意打ちを受けたらしいですよお。あれ、そういえば助からない女性もどこかのご令嬢でしたね」


 ここぞとばかりに煽るその姿はまごうことなき人間の屑。


「え、マジで?」

「急に素に戻るな」


 エマリエール・アレンビー。

 アレンビー家の長女であり、とある奇病に罹患。

 全身が龍と化していく奇病であり、人間では変化に耐えきれず、いずれは死に至る病である。

 治療方法は死後5時間以内のドラゴンの角を与えることだけ。


 ……なるほど。

 ポータルで運ぶにはよほどの信頼のある者にしか頼めないというのに、狩猟後5時間以内なんて難しいにもほどがある。いくらかかるかわかったもんじゃない。

 反面、ここでなら迷宮30階層にドラゴンがいる。しかもお誂え向きにAランク冒険者がいたから依頼を出したが、なぜか失敗。

 このままではまずいと信頼できる私兵を出している……と言ったところか。泣けるストーリーだぜ(笑)


 さぞや脅かされただろうアレンビー家当主が夏美に再び依頼できるかわからない。一度悪評を流した相手を頼るなんざ貴族としてのプライドが許さないだろうが、貴族の感情を優先するならそれならそれでそれまでの親ってだけだ。


「──神崎夏美に敗北はない。いずれ必ず(ドラゴンは)討ち取るつもりだ」


 鋭い目つきをした夏美が後ろから歩いてくる。

 それは普段の彼女とは比べ物にならないほど冷たい雰囲気を放っていた。


「な……いずれ必ず(カレジデートを)討ち取ると……」

「ああ。死の淵からでも蘇り、こうしてこの場にいることがその証だ」

「……そうですか。いえ、止めることなどできないでしょう」


 あれなんか勘違いしてる気がする。


 去っていく全身鎧たちを見送りつつ、夏美の方を向く。


「アイツなんか夏美がカレジデートをぶち殺すと勘違いしてたぞ」

「えっ」

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Re:最強でやり直す異世界旅行 鳴海凪 @grow789

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