第11話 死神たちとコンクリートの部屋(番外編だよ、これまで出てきたクリーチャー全員集合して目標に向かい、ホップステップ噛み砕く、なんてこれまで以上になんて惨いことなんてどうだろうかなんて?)

 K県のとある在日米軍基地周辺では台風が過ぎ去った後も曇天が続いていた。時折強い風が吹き、死体から発する強烈な腐敗臭を基地内部へと運んでいる。


     * * *


 日本に留まっている米軍も、他の一般市民の生存者と同じく、ウイルスで変異した生物との戦いの日々が続いている。基地に取り残された兵士たちは立て篭もり、本国からの救援を待ち続けている状態だった。パンデミックで完全に物資の供給が途絶え、クリーチャーとの消耗戦を強いられていた。


     * * *


 滑走路を含む広大な敷地を持つ基地は、高いフェンスによって囲まれている。兵士たちを狙う地域住民のゾンビたちはそれによって足止めされ、フェンスの鉄格子を強く握り、基地内に向かって呻り声を上げていた。

 滑走路の隅にはゾンビとなって死亡した兵士たちの即席の墓が作られており、木の板で組まれた十字架がずらりと並んでいる。その墓には犠牲となった兵士たちの血で汚れたドッグタグがそれぞれかけられていた。

 兵舎の中から外の状況を窺う兵士たちはこんな会話をする。


「フェンスの外に集まっている奴ら、まだ餓死しないのか?」

「餌が得られない状態では極限までエネルギー消費を抑えて仮死状態になるらしい」

「ちっ、何が仮死だよ。もう死んでいるのにさ」

「物資の補給ルートの確保にも失敗したっていうのに、これからおれたち、どうなるんだ……」


     * * *


 兵舎の屋上で、二人組の偵察兵が双眼鏡でフェンスの外側を監視している。自動小銃などの強力な武器を所持し、高いフェンスで居住地を囲っている米軍にとって、一般市民のゾンビはあまり問題ではなかった。むしろ彼らにとっての天敵は、その高く頑丈なフェンスを飛び越える、または破壊することが可能な変異体である。


「おい、あそこ見ろよ」


 二人組の兵士のうちの一人が、既に生存者がいなくなった住宅街に何かがたくさん飛び跳ねていることに気づく。それは大小様々なサイズであり、家の屋根やビルの屋上など経由しながら一斉に基地の方へ向かっていた。


「また来たのか」


 もう一人の偵察兵もそれを確認すると、急いでジャケットから無線機を取り出し、基地の司令部に連絡する。


「基地から10時の方向にノミを確認。真っ直ぐこちらに向かってきます! 数はおよそ50! どうぞ」

《了解。対特殊生物戦闘態勢に移行する。引き続き監視を行え。通信終了》


     * * *


《10時の方向よりおよそ50体のノミが確認された! これより対特殊生物戦闘態勢に移行する! 戦闘員はポイントB-2で迎撃にあたれ!》


 司令室からの放送により、基地内部は一気に慌しくなる。食堂やベッドで寛いでいた兵士たちの顔に緊迫感が一気に表れ、各々が武器を保管してある場所へ向かい兵舎の廊下を駆け抜ける。兵士たちは各々それまでいた場所を離れ、自室や武器庫で装備を整える。ヘルメットを被り、自動小銃の弾薬、手榴弾をジャケットにセットした。


「早く準備しろ! 基地内に入られるぞ!」


 部隊の指揮官の怒号が兵舎に響き渡る。その声に後押しされるように、その指揮官の部隊は兵舎の玄関を乱暴に開き、ポイントB-2滑走路周辺へ走っていった。


     * * *


「よし、ここで横一列になって人間の壁を作るぞ! 奴らを一匹たりとも奥へ通すな!」


 指定されたポイントに到着した兵士たちは近くのフェンスと平行に横一列に並び、自動小銃の銃口をフェンスの外側に向け、敵を迎撃する準備を整えていた。

 そこに集まった兵士は20人ほど。若い新兵から数々の戦場を生き抜いてきたベテランの兵士まで様々な軍人が参加している。また、さらに後方の建造物の屋上には狙撃部隊が待機している。全員銃の引き金に人差し指を置いて、いつでも銃弾を発射できる体勢になっており、若い新兵はその緊張感に耐えながら、フェンスの向こう側にいるゾンビの群れを見つめていた。


 ゴクッ……。


 新兵が口の中に溜まった唾を飲み込んだ瞬間、


 バッ!!


 フェンスの外にいるゾンビの群れの中から何かが上空へと跳躍した。


「来たぞぉ!」


 それはかつて三尾森さんが育成していたマックスと同種の変異体だった。一気に何匹もの変異体がフェンスを軽々乗り越え、敷地内へ侵入する。マックスほどにまで成長したサイズからまだ成長途中の小柄なサイズまで、その群れの個体の構成は多様だった。変異体たちは目の前の獲物を確認すると、それに向かって再び跳躍した。


「撃ち方、はじめっ!」


 その指揮官の声と同時に、兵士たちは引き金を強く握り、一斉射撃を始めた。大きなサイズの変異体が狙われ、小銃から発射された銃弾は変異体の頭部に命中し、体液の飛沫を上げる。次々と大きな個体が倒れていく中、小柄なサイズの個体には銃弾が当たりにくく、一気に兵士の壁との距離を詰めた。


「うわあああぁ!」


 新兵が高速で接近する小さな個体に恐怖を感じ、パニック状態に陥る。小銃で撃とうとしたが、焦っていたために細かい照準を合わせることができない。弾は外れ、小さな変異体は新兵の首元にしがみついた。


「ああああっ! 誰か! 助けて!」


 彼は助けを求めて叫ぶが、皆自分の身を守るのに精一杯だった。次々と迫る変異体に、仲間は彼を助ける余裕などなかった。

 そうしている間に、彼の首についた変異体は大動脈に吻を突き刺し、剥がれないように皮膚に爪を深く食い込ませる。新兵は腰のガンホルダーから拳銃を取り出し変異体の活動だけでも止めようとしたが、もう遅かった。心臓から大動脈を経由し頭部へ送られるはずの血液をごっそりと奪われた新兵は、意識が急激になくなり、息絶えた。


「おい! 大丈夫か!」


 ようやく彼のことを気にかけたベテランの兵士も、彼の方へ顔を向けた瞬間、上空から飛びかかる変異体に気づかず、頭部にしがみつかれると同時に吻を突き刺された。


「ぐぁあっ!」


 彼もまた拳銃を取り出して対処しようと試みたが、最初の一撃で怯んだ間に何匹も集まり、首、頭部、胸部、背中から同時に吸血され、一瞬で意識が飛んだ。まるで刃物のような吻に対し、兵士たちが着用している防弾ジャケットはほぼ無意味だった。やがて吸血した変異体は体積を増大させていく。


「グレネード!」


 吸血され続けている死体の足元へ遠くから手榴弾が投げられる。変異体は一心不乱に吸血し続けており、手榴弾の脅威から逃れようとはしなかった。


「伏せろぉっ!」


 ドオオオオォン!


 爆風によって死体と変異体はバラバラになって吹き飛び、吹き飛ばなかった個体にも手榴弾の細かい破片が突き刺さる。破片が刺さった変異体は動きが鈍くなり、兵士たちはそこを狙ってさらに射撃を続けた。こうして数人の犠牲を出しつつも、狙撃部隊の活躍もあり、着実に襲撃者の迎撃に成功していった。


     * * *


 滑走路周辺で激戦が繰り広げられる中、兵舎の屋上で外の監視を続けていた偵察兵は彼らの基地が再び危険に晒されていることに気づく。


「おい、あそこ! やばいぞ!」


 彼らが双眼鏡で見つめる先には商店街があり、その中に大きな影が動いている。

 黒い巨人「死神」2体がこちらに近づいていたのだ。


     * * *


 格納庫で待機していたヘリコプターのパイロットに、司令部から出撃指令が下る。ヘルメットに内蔵されている無線機に耳を傾けながら、二人のパイロットはコックピットの前後の座席にそれぞれ乗り込む。


《こちら、司令部。商店街の方角から、例の『死神』がこちらに近づいているのが確認された。やつらによって基地のフェンスが破壊される可能性が高い。こちらに接近される前に始末をしてほしい》

「了解」

《爆風でフェンスが損傷する恐れがあるため、対地攻撃ミサイルの使用は許可できない。注意しろ》


     * * *


 戦闘ヘリコプターが出庫し、羽が回転し始める。徐々にそのスピードが増し、ヘリは上空へと飛び立った。


「こちら、対象を確認。予想よりもフェンスにかなり近づいている。基地に隣接した道路にいるぞ。おくれ」

《了解。早急な対処を頼む》

「狙撃班、そちらから援護射撃できるか?」

《無理だ。防音林の茂みが邪魔になって狙えない》

「了解。対処は我々だけで行う」


 戦闘ヘリはフェンス近くまで接近した。前の席に座るパイロットは機首に装備されているカメラを覗き込んで、死神の一匹に照準を合わせる。


「くたばりやがれ!」


 この言葉と共に機首下の機関砲の発射スイッチがオンにされる。機関砲は絶え間なく弾を発射し、照準を合わせられた死神は一瞬で蜂の巣にされ、赤黒い肉片を周囲に飛ばしながらその場に倒れる。


「次はお前の番だ」


 グルルルルッ!!


 もう1匹の仲間を殺された死神は、歯茎を剥き出しにし、呻り声を上げて、憎らしそうに戦闘ヘリを見上げた。パイロットは再び照準を死神に合わせる。


「おい、あまり近づきすぎるなよ。やつは……」

「ああ、分かってる。かなりの高さまでジャンプできるんだってな。その前にヤツを蜂の巣にしてやるだけのことだ」


 パイロットが発射ボタンをオンにしようとした瞬間のことだった。


 ドゴンッ!!


 死神がいる道路に隣接するビルの陰から、マックスと同種の変異体が跳躍し、コックピットのガラスの上へ飛び乗った。防弾ガラスによってパイロットは守られてダメージはないものの、その衝撃で機体が大きく揺れ、重みで高度が大きく下がる。


「ああっ、くそっ! こいつ、ここにもいやがったのか!」

「まずい! これ以上高度が下がったら……」


 飛び乗った変異体によって、パイロットたちはコックピットからの視界とカメラからの視界を奪われた。その隙を死神は見逃さず、一気に機体の真下へ走り寄り、手を伸ばしながら飛んで車輪の部分を掴む。


「あいつも乗ってきやがった!」


 死神は車輪を掴むと同時に、長い尻尾をテールローターへ巻きつける。ローターの回転が止まり、ヘリコプターは制御不能となって空中で回転を始めた。


「司令部! こちら、機体が制御不能! 墜落します!」

「うわああああっ!!!」


 攻撃手のパイロットの目の前、コックピットにしがみついていた変異体が、機体の回転する遠心力で離れようとしていた。徐々に脚が離れ始め、しがみつく脚は残り1本となった。


(なんだ、あれは……?)


 コックピットが激しく揺れて回転する中、パイロットは、その変異体の脚に、水色のリボンが飾られているのを見た。


(なぜ、あんなものがあそこに……?)


 最後の1本の脚も離れ、その変異体はリボンを揺らしながら吹き飛んでどこかへ消えてしまった。それがパイロットの見た最期の光景だった。


     * * *


 ドオオオオン!!


 高速回転するプロペラがフェンスに当たって大きくそれを歪ませながら、ヘリコプターは墜落した。そのとき大量に飛び散った火花が、積まれていた燃料や弾薬に引火し、大爆発を引き起こす。その衝撃でフェンスは破損し、ゾンビたちが何人も同時に通過できるような歪みが発生してしまった。


     * * *


「報告! 戦闘ヘリが墜落し、炎上! パイロットの生死不明! ゾンビと死神が侵入しています!」


 ノミ型変異体との戦闘を終えた部隊が、墜落する一部始終を見ており状況を司令部に報告していた。


《なんてことだ……。死神への対処を優先しろ。各自RPGを装備して……》

「な、なんだ、こいつらは!!」


 部隊を率いる隊長の声によって、司令部との通信が遮られる。歪んだフェンスから侵入していたのはゾンビと死神だけではなく、頭部から複数の触手の生えた犬が、走りながら部隊に接近していたのだ。それも一匹や二匹ではない。何十匹もだった。


「う、撃てぇっ!」


 兵士たちは一斉射撃を始めたが、既に変異体との戦闘で所持していた弾薬を消費し尽くしていた。


「た、弾が……! うわあっ!」


 次々に彼らは触手の餌食となっていく。拳銃の弾を1発だけ残して、自分のこめかみに発射した者もいる。ナイフを取り出して応戦する者もいたが、複数の触手に対しほぼ効果を発揮しなかった。先端が花のように開き鋭い歯を見せた触手が、兵士の体のあちこちに穴を開け器官をぐちゃぐちゃに掻き回す。彼らは獲物が動かなくなると、血液や細かな肉片を触手から吸い取っていった。


     * * *


《現在この基地は危機的な状況下にある。これより、地下シェルターへの避難を開始せよ。各自健闘を祈る》


 司令部は基地の一時的な放棄を決定し、それを無線で全兵士に伝えた。既に建造物内部にもゾンビが侵入している。死神が非戦闘員を追い回し、爪で引き裂いて口の中へ運ぶ。犬が兵舎の階段を駆け上がり、次々とシェルターへ避難中の兵士を襲う。にとって、そこは地獄と化していた。


     * * *


 最終的に地下シェルターにまで辿り着けたのは、10人もいなかった。生存者の多くは戦闘に参加せずたまたま近くにいた非戦闘員がほとんどである。

 そのシェルターは基地に所属する全兵士を収容できるよう広く設計されており、長期間の避難を想定し非常食も十分に棚へ備蓄されている。壁と天井はコンクリートが素材で、薄暗い空間がどこまでも続いていた。


「隔離扉を閉めます」


 作業員が生存者が入るのを確認すると、コンクリートの壁に埋め込まれた操作パネルのレバーを下ろした。黄色の警告ランプが回転しながら光りだし、鋼鉄の厚いシャッターがゆっくりと降下する。薄暗い空間に警告音が鳴り響き、やがてシャッターはガチャンと大きな音を立てて出入り口を封鎖した。


「ロック完了しました。これで外からは絶対に開けられません」


 パネルを操作した作業員がそう言った瞬間だった。


 ピチャン……。


 作業員の真上から透明な雫が垂れてきた。


「……」


 作業員は嫌な予感がして、無言で首を上へ向ける。


「あっ……」


 そこで彼が見たのは、天井に張り付く巨大なムカデが涎を垂らしながらこちらを睨んでいる光景だった。

 彼は恐怖で声も出せず、その場に縛りつけられるように硬直した。元々シェルター内部に潜んでいたムカデが、誰にも気づかれないままそこで変異したのだろう。

 そして、ムカデの巨大な顎が一撃で彼を噛み砕いた。

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