第10話 現れた男が運ぶのは驚愕の真実と自給自足へのお誘いだったけど、彼女の意識は異次元の最果てに旅をする探査船スーパーロケット三尾森号(凍りついた部屋の空気搭載型汎用無表情兵器)

「そうだよ」


 若い男の問いに、三尾森さんはそう答えた。


 三尾森さんは、その男を観察する。

 その男にはこれといった特徴がなく、『どこにでもいる普通の若者』というのが彼女から見た第一印象だった。

 フード付きのパーカーに、アウトドア用のリュックサックという装備だ。

 武器などは持っておらず、落ち着いた雰囲気を出している。


「私以外にもそういう人がいたんだね……」

「そういうことになるね」

「へぇー……ん?」


 三尾森さんは周囲に気配を感じて後ろを振り向くと、幹線道路にゾンビがわらわらと集まってきているのが見えた。先程の巨大生物の咆哮にゾンビたちが反応したのだ。

 その様子を見ていた男は提案をする。


「集まってきたな……。ここを離れた方が良いかもしれない」

「そうだね。どこに行く?」

「どこか落ち着ける場所がいい。これから色々とゆっくり話したいからな」

「じ、じゃあ……ウチにおいでよ」


 三尾森さんは思い切って彼を自宅へ招待した。若い男を自宅に招待するのは少々気が向かなかったが、そこしか落ち着ける場所を知らなかったのだ。


     * * *


 三尾森さんと若い男は、彼女の自宅に向かって住宅街を歩いていた。


「まさかねぇ、私以外に狙われない人間がいるなんてびっくりだよ」

「そうかな。僕は、自分がそうなんだから他にもいるかもしれないって思ってたけど」


 そこで会話が止まる。独り言が激しい三尾森さんだったが、実際に人と向かって会話をするとなると一気に口数が減る。しばらく沈黙が流れ、男の方が気を遣ったのか、新しい話題を持ってきた。


「あの黒いヤツ見ただろ? あいつ、この辺にもたくさんいるのか?」

「あれを見たのは初めてだよ。急に水の中から出てきてびっくりした。恐竜かと思ったよ」

「恐竜ねぇ……」


 再び会話が止まる。


(ほ、他に話題なかったかな……?)


 三尾森さんは自分の思考回路をフル稼働させて話題を探し出す。


「き、君はあの黒いのを知ってるの? 『』って言ってたけど、あの子ってたくさんいるの?」


 思考回路をフル稼働させた結果、同じような質問を返す、という結果に至った。


「生態まで詳しく知ってるわけじゃないけど、人の密集地域周辺にはもっとたくさん潜んでいるはずだよ」

「へぇ、けっこうたくさんいるのね」


 若い男は説明を続ける。


「あいつは黒い外観と凶暴性から『死神』ってあだ名がつけられてる。爬虫類の一種がウイルスによって変異したヤツだと思うけど、あいつ単体では地上最強の生物だね」

「ふぅん……」

「自衛隊が管轄してる避難所のほとんどがあいつによって壊滅した、っていう話もあるけど」

「えっ、自衛隊負けちゃったの?」


 三尾森さんは彼の顔を見て確認する。


「実際、色々な避難所で僕が見たからね。間違いないよ。機関銃程度の攻撃じゃ全く歯が立たない。戦車とRPG使ってようやく倒せたんだから……」

「へぇ……。あの子、強いんだねぇ……」


 三尾森さんは感心したように頷く。


「ああ、ここだよ。私のウチ」


 会話をしている間に、二人は彼女の自宅マンションに到着した。


「ここのマンションはまだ設備が生きているのか?」

「屋上のソーラーパネルで自家発電できるからね。まだ快適に生活できるよ」


     * * *


「そういえば自己紹介をしてなかったな」


 彼女の自室へと辿り着いた二人は、キッチンの椅子に座り込んで机越しに向かい合う形をとる。机の上に置いてあった非常食のゴミは三尾森さんがテキパキと片付けた。


「僕の名前は早田そうだ総司そうじだ。君の名前は……三尾森美緒で合ってる?」

「な、何で分かったのよ!」

「この部屋の表札とか、さっき部屋に落ちてた開けてない郵便物とかから何となく」


 三尾森さんの自宅玄関には、パンデミック以前の年金機構や放送協会からの郵便物が開けられていないまま溜まっており、彼女はそれらに興味がなく、輪ゴムで束にして放置していたのだ。


「すごいね。観察眼っていうやつ?」

「そういうことになるね」


 これまで無表情で話してきた彼の顔が少しだけ笑顔になったが、次の話題に行くときにはまた無表情に戻る。


「僕が話したいのは、これからの生活のことなんだ」

「これから?」

「僕と君は出会ったばっかりだけどさ、『同じ性質を持つ人間』として、君と仲良くやっていきたいと思ってるんだ」


 早田くんは机の上で手を組んで、少しだけ上半身を机上に乗り出す。


「君はこれからこの世界でどうやって生きていくつもり?」

「そ、そんなの決まってるじゃない。ここでずっと暮らしていくのよ」

「ほ、本気で言っているのか?」


 早田くんは驚いた表情を隠せない。


「別にいいじゃない。ここならソーラーパネルがあるから半永久的に電気の恩恵を受けられるのよ?」

「あ、あの……三尾森……さん?」


 次の瞬間、彼は衝撃の事実を告げる。



「太陽光発電は……せいぜい10年ちょっとが寿命って知ってる?」



「え……」



 三尾森さんの表情が凍りつく。

 口をポカンと開けたまま動く気配がない。

 彼女は太陽光発電に使用限界があるということを知らずに、このまま死ぬまでマンションで生きていこうと考えていたのだ。


「ま、まぁ、それでもメンテナンス技術とか部品交換の資材とかがあれば何とかなるかもしれないけど……」


 ショックを受けている三尾森さんに、早田くんは少しだけ問題の解決手段を提示する。


「もちろん、そういうのはきちんと揃ってるんだよね……?」

「……」


 三尾森さんはしばらく黙り込んだ末に、こう答えた。



「……ない」



 三尾森さんとの会話が止まる。彼女の自宅は静寂に包まれる。


 この沈黙が1時間近く続き、ついに耐えられなくなった早田くんが再び会話を切り出す。


「あのさ、僕はこれからこの街の近くで農業をやって自給自足の生活を始めようと思ってる」

「……はぁ」

「この街のすぐ外は山に囲まれていて、パンデミックで放置された農耕地もたくさんあるはずなんだ」

「……はぁ」

「稲の収穫前にパンデミックが起きたから、まだ稲穂が垂れたままの状態になってる畑をここに来るまでにたくさん見てきたよ」

「……はぁ」

「それの収穫と精米がうまく出来れば食糧にはしばらく困らないはず」

「……はぁ」

「やっぱり、いつまでも街に残された非常食に頼って生きていくのは限界があるし、健康にも悪いと思う」

「……はぁ」

「だからさ、いくら僕らが狙われない体質を持っているといっても、これからは自分から食糧を作っていかないと、早い段階で飢え死にすることになる」

「……はぁ」

「もちろんこれから全部自給自足ってわけじゃなくて、食糧生産が安定するまでは街での非常食を必要に応じて利用していくつもり」

「……はぁ」

「そこで相談なんだけど、もし良かったら、君もそれを手伝ってほしいんだ」

「……はぁ」

「話、聞いてる?」

「……はぁ」

「バーカ」

「……はぁ」

「……」

「……はぁ」

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