第8話 吸血虫の殺意(血飛沫と露出する臓物と砕かれる骨のグロテスク&暴力&ぐちゃぐちゃ&ちゅるちゅる&うねうね回はついに訪れてしまったのだ、と憂うサッカー選手は心臓を蹴り飛ばして)

「うわああああ! 何だこいつ!」


 ホームセンターの正面玄関に集まっていた男たちは、一斉に叫び声が上がった場所へ顔を向けた。


「何だありゃ? 顔にへばりついてるぞ?」


 仲間の一人の顔に小型の茶色い生物がしがみついて離れずにいた。男はその生物を引き剥がそうと必死に頭部を振り、生物の体を掴む。しかし、その生物は離れる気配がない。

 周辺の男たちは状況が飲み込めず、その様子を窺う。


「ぐああああ!」


 その茶色い生物は頭部から鋭く尖った吻を出現させ、男の眼球を突き刺した。男はその痛みでさらに暴れ、顔面から離そうと激しく暴れた。しかし茶色い生物は彼の皮膚にしっかりと爪を食い込ませていく。

 吸血虫はさらに眼球の奥まで吻を進入させ、男の脳にまで到達させた。その生物は穴を開けた血管から血液を一気に吸い取って腹部に溜め、赤く膨れ上がる。


「おい、マジかよ……」


 得体の知れない生物に血を吸われながら、男は息絶えた。仰向けに倒れ、生物はさらに顔面から吸血し続ける。

 男の仲間はその様子を見ていることしか出来なかった。


「こいつ、ふざけやがって!」


 ようやく我に返った一人の男が吸血中の生物にゆっくりと接近していき、手に持っていた金属バットをその生物に向かって勢いよく振り下ろした。


 ガンッ!!


 しかし、生物はその動きを察知して吸血を止め、宙高く跳躍して回避する。振り下ろされたバットは死んだ仲間の顔面に当たり、血飛沫を上げた。


「ど、どこに行きやがった!」


 バットを振り下ろした男は周辺を見たが、その生物の姿を捉えることができない。


 ドスッ!


「あぐぅ……!」


 吸血虫は男の真上から急降下し、爪で男の後頭部を掴み、首筋の大動脈へ鋭い吻を刺した。男は痛みで体が硬直し、吸血虫に血液を奪われていく。男の顔面が徐々に血液が失われて蒼白になっていく一方、吸血虫の体は赤みを帯び体積を増していった。


「あいつ、どんどんでかくなっていくぞ?」 


 つい先程までウサギほどのサイズだった吸血虫は、中学生ほどの大きさにまで急速に成長した。変貌していくその生物に男たちは狼狽しながらも、どうにかして仲間の敵を討ち、自分たちの脅威を排除しようと考えていた。


(これだけ大きくなれば、攻撃を避けることは難しくなったはず……!)


 既に絶命した仲間の血液を吸い続ける生物の背後から、こっそりと手斧を持った男が近づく。


(これでも、喰らいやがれ!)


 男は一気に手斧を振り下ろし、その一撃は吸血虫の背中に命中した。


「ば、ばかな!」


 渾身の一撃だったにもかかわらず、吸血虫の背中は数ミリ窪んだだけだった。吸血虫の赤みを帯びた甲殻は硬質化しているが適度な弾力性を持っており、手斧による攻撃を吸収したのだ。


「ひっ」


 男の存在に気づいた吸血虫は体の向きを変え、男の姿を視界で捉える。彼には、黒く小さなその瞳に殺意が宿っているように見えた。


 ヒュッ!


 吸血虫は発達した後脚を上げ、男に向かって強烈な蹴りの一撃を繰り出した。その蹴りのスピードは、その場にいた全員が目で追うことが不可能なほど速く、男に避ける暇を与えない。


 ベチャ……!


 脚の先にある硬い爪に力を集中させた一撃は、男の胸部を貫通し、彼の心臓を遥か後方に吹き飛ばした。


「ど、どうしてあの女、こんな化け物を……?」


 傷口から大量の血が四方八方に飛び散り、男の口からも血液が溢れ出る。彼は朦朧とする意識の中、自分の胸部を貫く脚の付け根に、化け物には似合わない水色のリボンが結んであるのを見た。


(何だ……あれは?)


 そう思った瞬間、彼の意識は消えて、手に持っていた斧が駐車場のアスファルトに落ちていった。


     * * *


(こいつはヤバイぞ……)


 背の高いリーダー格の男は目の前で何が起こっているのか理解できず恐怖で震えていた。しかし、そんな状況でも「ここから離れたほうが良い」ということは判断できた。


「お、おい! 逃げるんだ! 隠れ家に戻るぞ!」


 その声を聞いた仲間が一斉に吸血虫から距離をとり、駐車場の出口へと恐怖でよろめきながら走っていく。吸血虫は先程殺した仲間の死体に吻を刺して吸血しており、彼らを追う気配はない。


(だ、大丈夫だ。ヤツは今、あいつの死体に夢中になっている!)


 男たちは広い駐車場を全速力で走った。


(もう少しで、あいつを撒ける!)


 出口である駐車料金支払機に辿り着きそうになったとき、彼らの横を巨大な影が猛スピードで追い抜かした。


「な、何だ!」

「あああ! 助けてくれぇ!」


 横から巨大な口が彼らを襲い、鋏のような顎が二人の男を掴み、骨の砕く音と共に喉奥へと飲み込んだ。

 その巨大な影は、長い胴体と何本もの脚を持ち、黒く光を反射する甲殻に覆われている。

 その正体は巨大化したムカデであり、体長は20メートルを軽く超えていた。


「あのムカデ野郎、店内から出てきやがった! 逃げろ!」


 リーダー格の男は叫んだが、その警告が仲間の耳に届くことはなかった。


「ぎゃあっ! げふっ!」

「い、嫌だ! 死になくない! うわあああ!」


 ムカデはその巨躯のわりに動きが速く、次々に男たちを顎で噛み砕く。ムカデの口元は鮮血で真っ赤に染まり、駐車場のアスファルトには細かな肉片が飛び散る。


「そ、そんな馬鹿な……」 


 そして、いつの間にか残ったのはリーダー格の男一人だけになっていた。彼は死んでいく仲間を振り返らずに、全力で逃げた。駐車場の料金所を曲がり、車が乱雑に置かれた道路を走り続けた。


     * * *


 この騒ぎの中、マックスは男たちの死体から血液を吸い尽くし、自身の体を急速成長させていた。

 マックスの体は人間の大人程度の大きさにまで成長しており、甲殻も分厚くなった。

 男たちと巨大なムカデはどこかへ消えてしまったらしく、駐車場は静まり返っている。マックスはキョロキョロと首を回して周辺に敵や捕食対象がいないことを確認すると、発達した脚力を使い、ホームセンターの屋上へ一気に跳躍した。そして、ビルからビルへと飛び移り、化け物は新たな獲物を探していく。その脚には水色のリボンがひらひらと揺れていた。


     * * *


 夕方5時になり、時刻を知らせる自動アナウンスがホームセンター内に響き渡る。


「……午後5時をお知らせいたします……」


 三尾森さんは様々な生活物資をショッピングカートに入れて、ホームセンターの正面玄関へ戻ってきた。ツナの缶詰や木材、サボテン、動物が食べるだろうと考えたものはとりあえずカートの中に入れておいた。


「マックスぅ~、戻ったよぉ」


 カートをガタガタと揺らしながら三尾森さんは乗ってきた自転車に近づいていく。


「あれ、蓋が開いてる」


 異常に気づいた三尾森さんは血相を変え、ショッピングカートを置き去りにしてマックスが入っているはずのクーラーボックスへ走り、中を覗き込む。


「マックス、いるの? 大丈夫?」


 彼女の嫌な予感は的中する。

 ボックスの中にマックスはいなかったのだ。


「ああぁっ、マックス!? マックス!?」


 目を大きく開き、周囲を見回す。しかしあの可愛らしい姿をしたマックスは見当たらない。


「どこなの? マックスぅ?」


 三尾森さんは悲しさのあまり、涙をこぼす。


「返事をしてよ、お願い……」


 駐車場の車の下や駐輪場の自転車の間などを、鼻水と涙と汗を垂らしながら、服の袖でそれを拭いながら、しばらく探し続けた。


「マックスぅぅぅぅぅっ!!!!」


 彼女のマックスを呼ぶ声がホームセンター周辺に響き渡る。

 その声は、もうマックスに届くことはなかった。


     * * *


 生き残ったリーダー格の男は隠れ家としている民家の近くまで逃げていた。日が暮れて周辺は暗くなり、静けさと不気味さが漂っている。


「こ、ここまで来れば、大丈夫だろ……。もう、あのムカデも追ってきてない」


 隠れ家へ戻ろうと住宅街の通路の角を曲がった瞬間、男の表情は凍りつく。


「な、何だあれは……?」


 隠れ家の前に、首のない柴犬が立っている。

 首の断面は赤黒く染まり、男がいる方角を向いてじっとしていた。


「お、おい……また化け物か?」


 柴犬は男の存在を感知したかのように、彼に向かって歩き出した。


「どうして歩けるんだよ……こいつ……」


 徐々に犬が男に近づくにつれて、首の断面から数本の触手のようなものが伸び始める。触手も首の断面と同じ赤黒い色をしており、数メートル伸びて先端が花のように開いた。


「嘘だろ……」


 花弁の部分には細かく鋭い歯がぎっしりと並び、唾液のような液体が流れている。その光景は、花が口であることを語っていた。

 そして突然犬が走り出し、男へ向かって飛びかかる。


「うわあああああああああああああああああああああああ」


 男の悲痛な叫びに振り返る者はいない。彼は犬の養分として生まれ変わっていくのだった。

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