第7話 デス・パラダイス・オブ・ホームセンター・アンド・ウォッチング・フロム・セイリング・アンド・デンジャラス・サイクリング・ガール
三尾森さんが自転車を運転したのは約2年ぶりだった。高校生時代は自転車通学をしていたが、大学生になってからは大学へ徒歩でも通えるほど近い物件に住むことができるようになったため、使っていた自転車は実家に置いている。
「あぁ~、この感覚懐かしいわぁ」
自転車に積んだクーラーボックスは重くバランスを保つのは難しかったが、可愛いマックスのため、三尾森さんは自転車を30分近く走らせた続けた。
* * *
ホームセンターに近づくにつれて、三尾森さんは奇妙な光景をみるようになった。
道の端や店の駐車場に、人間の死体が山のように高く積み上げられているのだ。
「これ、絶対に生きてる人がやったよね?」
積み上げられている死体の多くは頭の損傷が激しい。
生存者がゾンビ化した人間の頭部を破壊して活動を停止させ、その後積み上げたものなのだろう。
「この近くにまだ生きてる人がいるのかな?」
かつて三尾森さんもパンデミック発生時、死体を見て気分が悪くなって吐いていたこともあった。
しかし、現在は完全に慣れてしまっている。
* * *
このとき、自転車で移動中の三尾森さんを、若い男がビルの屋上から双眼鏡で見つめていた。
「なんだ、まだいい女が生き残っているじゃねぇか」
彼は何日も洗濯をしていないような汚れてボロボロな服装をしている。
彼は三尾森さんが向かっていく先を眺め、ニヤッと笑ったのだった。
* * *
「さあ、着いたよ。マックス」
目的地であるホームセンターに三尾森さんは到着した。
そのホームセンターは三尾森さんの住む街の中では最大級の建造物で、三尾森さんが大学に通っていた頃、「あそこに行けば何でも揃う」と評判だった。駐車場には100台以上駐車できるスペースがあり、建造物内部もかなり広い面積を持っている。店内には数多くの販売コーナーがあり、マックスが消化できる食品を探すのには膨大な時間がかかりそうだ。
「ここにあるといいんだけど……」
三尾森さんは自転車をホームセンターの正面玄関前に停め、クーラーボックス内のマックスの様子を確認した。マックスは相変わらずほぼ動かないが、時々脚の位置をちょこちょこ移動させて可愛らしい仕草を見せている。
「箱を持って移動するのはちょっと面倒だよね……」
三尾森さんは自転車からマックスの入ったクーラーボックスを取り外そうと少し持ち上げたが、彼女が考えていたよりも重かったためすぐに自転車へ戻した。
「重いよ、マックス。ここでお留守番してくれない?」
「イイヨ、ミオチャン。ボク、ミオチャンヲシンジテル」
「ありがとう。絶対食べるもの見つけてくるからね」
三尾森さんはそう言ってから、着用していたシャツの胸ポケットから水色のリボンを取り出した。
「これはね、マックスへのプレゼントだよ」
彼女はそのリボンをマックスの後脚の付け根に縛った。
「私と、マックスの友情の証。それに、せっかくのお出かけなんだからおめかしも大事でしょ?」
「アリガトウ、ミオチャン。コレダイジニスルヨ」
「じゃあ、行ってくるね」
三尾森さんはマックスが入ったボックスの蓋を閉じ、マックスが消化できそうな食品を探すためホームセンター内部へ向かった。
「けっこう頑丈に固定されてるなぁ」
ホームセンター正面玄関の扉は、タンスなどの家具や机などが大量に置かれ、バリケードを形成して厳重に封印されていた。置き方からしてホームセンターの外側から封印したものだろう。
「ここをどかせば入れそう」
三尾森さんは家具があまり置かれていない部分を探し、家具を移動させて入り口を作った。建造物の奥は薄暗く、ゾンビの呻き声があちこちから響いている。
「三尾森美緒、いざ参る!」
三尾森さんは懐中電灯を手に持ち、建造物の奥へ進んでいった。
* * *
「若い女がいたっていうのは本当だろうな?」
三尾森さんがホームセンター内部に入ってからほんの数分後、10人ほどの男が正面玄関付近へ集まってきた。彼らはゾンビの返り血で汚れた服装をしており、それぞれ手には斧や金属バットなどの凶器を持っている。
「確かにこっちの方向に行ったんですよ。ほら、乗っていた自転車が置いてある」
男の中には三尾森さんをビルの屋上から眺めていた者もいた。彼が仲間を呼んで三尾森さんを捜しにきたのだ。
「おい、あそこ、バリケードなくなってる。ホームセンターに入ったらしいぞ?」
背の高いリーダー格の男が正面玄関を指差した。
「あの女、バカなのか? なんで外からバリケードを作ってあったことを疑問に思わなかった? あのデカブツに食われたいのか?」
* * *
その頃、三尾森さんはホームセンターの中央部分にある吹き抜けのホールにいた。ホールの天井の曇りガラスからやわらかい日光が差し込んでいる。センターの内部にはあちこちに陳列棚を利用したバリケードが作られており、三尾森さんはそれを乗り越えるのに苦戦していた。
「まだバリケードあるのぉ? 勘弁してよ、もぉ」
バリケードを苦労して乗り越えた先にまだ大きなバリケードが見え、三尾森さんは下を向いて深い溜息をついた。
「無駄にバリケードばっかり作ってさぁ。防衛に失敗して生存者なんていないじゃん……」
キシャァァァァ……!
このときホールの天井を巨大な影が這っていたことに、三尾森さんは気づいていなかった。
それは黒光りする甲殻と何本もの脚を持ち、気配を消して曇りガラスの表面を移動している。巨大な影は一瞬だけ三尾森さんを見つめたが、すぐに興味をなくしたように正面玄関の方向へ去っていった。
「む?」
三尾森さんは床に見えた曇りガラスからの陰に気づいて天井を見上げたが、そこにはもう何もいなかった。
* * *
「ちっ、仕方ねぇ、女は諦めよう」
玄関前に集まっていた男たちのリーダーが言う。
「バリケードの穴を塞げ。俺たちの命のほうが大事だ」
「せっかく、また女を抱けると思ったのによ」
男たちは女に飢えており、血眼になって若い女性を探していたところだった。
「探しに入ったところで、女はどうせあのデカブツに食われてるよ」
「ふざけやがって」
彼らの声に怒りが篭る。
「自転車に置いてある荷物だけ奪って戻ろう。あのデカブツが外まで追ってこないとは限らないからな」
リーダー格の男は自転車の荷台に載せてあるクーラーボックスを指差した。自転車の近くにいた部下がそれに向かって歩いていく。
「さあ、何が入っているかな? 食料だと嬉しいんだが」
男がクーラーボックスの蓋を持ち上げた。
中には脚にリボンが結んである謎の茶色い生物が入っている。
「は? 何だこいつ?」
その生物は頭を少し上に向けて、蓋を持ち上げた男を見た。
次の瞬間、茶色の生物は男の顔に向かって飛びかかったのだ。
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