第6話 遠くへの移動手段として自動車の運転方法を学んでおいた方が良いかもしれないと感じても既に後の祭りだった三尾森’sLife
三尾森さんの自宅からホームセンターまでは徒歩で一時間以上かかる距離だった。その上、マックスは日光が苦手で、炎天下の中どのようにマックスを連れて行くのか考えなければならなかった。
「理想の行き方は自動車だけど、免許持ってないんだよなぁ」
かつて三尾森さんは、父親から大学に入学したら免許を取るようにガミガミ強く言われていたが、自分の好きなバイトをするために無視し続けていた。
「今、お父さん何してるんだろ?」
パンデミック発生時に実家へ電話をかけたことがあったが、そのときには誰も応対することはなかった。
* * *
三尾森さんは自室のベランダからマンションの駐車場を見下ろした。自動車はほんの数台しか残っていない。パンデミック発生時に多くの人間が逃げるため自動車に乗っていったからだ。残っている自動車は、元々放置されていたものか、持ち主が乗る前に死亡したものであると推測される。
「問題は鍵がかかっているか、よね」
マンションの駐車場に降りた三尾森さんは手当たり次第、放置されていた車のドアレバーを引いてロックされているかを確認した。ガチャガチャと何度も引いたが、どの車のドアも開く気配はなかった。
「こっちもだめか。鍵を探そうにも持ち主も知らないしなぁ」
駐車場に止めてある車の持ち主は、自分のマンションの住人であることは間違いないのだが、何号室の住人がどの車に乗っていた、ということを三尾森さんが知るはずもなかった。
よくアクション映画などで、主人公が車のドアのガラスを割ってキーの差込口周辺のコードを引き抜き、ショートさせることで車を発進させる、というシーンを三尾森さんは見たことがあったが、彼女にはそれに関する知識も経験もないのでマンションの車を発進させることはほぼ不可能だった。
「仕方ない。駐車場の車は諦めよう。ちゃんとあの映画のやつ勉強しておくべきだったかなぁ……」
三尾森さんは調査する対象を駐車場の車からマンション沿いの道路に停めてある車に移した。
「あんまりこっちの車は使いたくないんだよなぁ」
道路上の自動車は保存状態が良くないものがほとんどだった。三尾森さんはコンビニエンスストアに行く途中、近所にどのような車が放置されているか確認していたことがあり、放置されている状況をよく知っていた。電柱に衝突したものや、ゾンビに囲まれてガラスが割られたもの、自害した死体がシートに寄りかかっているもの、といったようにまともに使えそうな車はほとんどない、というのが三尾森さんの見解だ。
それでも三尾森さんは自分の足を使う手間を省きたくて、使用可能な車がないか、目を瞑り頭を掻いて必死に思い出していた。
「そういえば、ドアが開きっぱなしの車があったような。確かこっちの方角に……」
* * *
三尾森さんは自宅から北の方角に3分ほど歩き、彼女の記憶通り、運転席のドアが開きっ放しになっている普通自動車があるのを確認した。その車の白いボディーには赤黒くなった血がベットリと付着している。おそらくゾンビに囲まれ、自動車による逃走が困難と感じ、降りて移動し放置されたものであると三尾森さんは推測した。
「果たして、キーは刺さっているのか? それが問題だ」
三尾森さんはゆっくりとドアに接近し、不安そうな顔で運転席を覗き込んだ。
「おおおっ! 刺さっているではないか!」
恐らく車の持ち主は、ゾンビに車が包囲される前に一度身を隠して彼らがいなくなったところで再び発進させる予定だったのだろう。
「やったぁ、これで歩かなくていいぞぉ!」
車のボディーは血まみれだったが、幸運なことに座席にはほとんど汚れがない。ガソリンもホームセンターを往復するには十分過ぎる量が入っている。三尾森さんは運転席に座り、刺さっていたキーを勢いよく回した。ギャギャギャという音が鳴り、三尾森さんの胸が高まる。
「こいつ、動くぞぉ!」
キーを押し込んでいた力を緩めるとエンジン音が車内に響き、いよいよ車は発進できる状態になった。
「三尾森美緒、人生初ドライブの始まりよ! えーと次はアクセルだっけ?」
三尾森さんは自動車学校に通ったことがないので、安全に発進させる手順や、装置の名称をほとんど知らない。唯一知っているのはハンドル、アクセル、ブレーキ、シートベルトである。
「ここを踏めばいいのかな?」
三尾森さんが現在乗っている車にはサイドブレーキがかかっており、ギアもパーキングの状態なので、アクセルを踏んだところで発進できるわけがなかった。
「あれ、アクセル踏んでも動かないよ?」
しかも彼女が踏んでいるところはブレーキである。こうして無駄な時間だけが過ぎていく。
* * *
数分経過しても三尾森さんは自動車の仕組みを理解せずにいた。
「えぇ、どうしてよぉ、この車全然言うこと聞かないんだけどぉ。不良品なんじゃないのぉ?」
ここで三尾森さんは車外に視線を移し、ある重要なことに気づく。
「あれ、君たち、なんか増えてない?」
三尾森さんは車の操作方法を探るのに夢中で気づかなかったが、車が大量のゾンビで包囲されていたのだ。
「エ、エンジン音のせいか……」
三尾森さんはゾンビから狙われない体質を持っているとはいえ、近くにゾンビに対して刺激を発するものがあれば、彼らは彼女の方へ寄ってくる。エンジン音に反応したゾンビたちが三尾森さんが乗った車を取り囲み、車の進路を塞いでいた。車の窓にゾンビの顔や手がガンガンと押しつけられ、視界もほぼない状態だった。
「これじゃあ、車を動かせても使えないじゃん……」
三尾森さんはキーを回してエンジンを停止させ、車のドアを少し開けた。
「や、やあ」
三尾森さんはゾンビに向かって声をかけた。すると、彼女の存在を感知したゾンビたちは、「何だお前か」と言わんばかりに散り散りに去り始める。そして再び閑散とした道路に戻った。
「本当になんなのよ、君たちは!」
三尾森さんはゾンビたちに向かって怒りが篭った声でそう叫び、疲労を感じてもう一度運転席に座り込んだ。振り返って後部座席を覗き込むと、大きなクーラーボックスが置いてあるのが目に入る。
「なんだこれ?」
中には水が入ったペットボトルと非常食の乾パンやレトルト食品が保存されていた。
* * *
「ただいまぁ、マックス。つかれたぁ」
三尾森さんが自宅へ戻ると、マックスは再びベッドの下にいた。ベッドの下を覗き込んで三尾森さんはにっこりと微笑んだ。
「オカエリ、ミオチャン。ドウダッタ?」
「うん、もう自動車は諦めようと思うんだ」
クーラーボックスを自宅へ持ち帰った三尾森さんは、ボックスから中身を取り出して、キッチンのテーブルの上に移動させる。
「このクーラーボックスの中にマックスが入って、それを自転車に積んでご飯を探しに行こうと思うんだ。これなら君も日光に当たらなくていいから快適でしょ?」
「イイアイデアダネ、ミオチャン」
* * *
クーラーボックスにマックスを入れ、三尾森さんはマンションの自転車置き場へ向かった。
自動車とは違い、自転車は多くの台数が残り、鍵の管理が甘いものが多い。簡単に使用可能なものを発見することが出来た。
三尾森さんはサドルの後ろの荷台にボックスを載せ、ペダルを踏んだ。
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