第4話 無垢で健気そうな純白清楚天使少女がペットショップで「あの子を飼いたい」と指差すものは子犬じゃなくて、その体表にいる巨大ノミかもしれない可能性が微レ存

 先日、ペットショップへ犬を探しに行った三尾森さんだったが、そこには彼女が求めるような子犬の姿はなく、謎のウイルスに感染したであろう柴犬の成れの果てが彼女をぬか喜びさせただけであった。


 やはりパンデミック発生から3週間経過した現在、ペットを飼うのは難しいかと思われた。

 しかしこのとき、三尾森さんにペットを手に入れるチャンスが生まれようとしていたのだった。


     * * *


 ペットショップから帰宅した三尾森さんは、玄関で靴を脱ぎ捨て、そのままふらふらと歩きながらベッドへ直行した。

 彼女の自宅からペットショップまでかなり距離があり、徒歩による往復とペットをつれて帰れなかったショックが、彼女を疲労させていた。


「もうだめよ、この世界にまともな生き物なんてもういないわ……」


 そのままベッドに力なくうつ伏せに倒れ込んだ。

 獣が自分の傷を癒すように、その姿勢のままじっとする。


「このまま私は一人さみしくおばあちゃんになっていくのよ、きっと……」


     * * *

 

 うつ伏せの状態が30分経過した。

 彼女の気力も徐々に回復し、空腹を感じ始める。


「おなかすいた。誰かごはん作ってくれないかな……」


 三尾森さんはベッドで横になったまま、寝室のベランダへふと目を向けた。そのとき時刻は夕方6時を過ぎており、赤い夕日が彼女の目に飛び込む。


「きれいね……」


 三尾森さんは夕日の美しさにベランダをうっとりと眺めていた。

 しかし、その景色に何か違和感を感じ始める。

 自室のベランダの隅に、見慣れない物体が置いてあったのだ。


「何……あれ?」


 最初はベランダの柵が夕日の影となって気づかなかったが、その物体の輪郭・大きさが丁度ラグビーボールのようであることを三尾森さんはぼんやりと視界で捉えた。


「あんなもの置いた記憶ないよ?」


 三尾森さんは不審に思い、ベッドから起き上がって恐る恐るゆっくりとその物体へ忍び寄った。


「う、動いた?」


 ほんの微かにその物体が動いたような気がした。三尾森さんはさらに好奇心が刺激され、ベランダへと続く引き戸を開けた。


「な、何だね、君は?」


 そこには謎の茶色い生物がいた。

 三尾森さんの第一印象は「毛のないウサギ」で、その生物は前脚が小さく後脚が発達しており、ウサギのような姿勢で座っていた。体毛は太いものが数本生えているだけで、体表は昆虫のような光沢を持つ。黒くつぶらな瞳が頭部についており、口腔らしき器官は見当たらない。


「君、かわいい瞳してるね。どこから来たの?」


 その生物は声を発せず、時折もぞもぞと足の位置を調節していた。三尾森さんにはそのちょこちょこと動く仕草が可愛く見えたのだった。


「な、なんかよくわかんないけど、かわいいね……」


 三尾森さんは指でその生物を触ってみた。体表はつるつるとして硬く、ひんやりとしている。その生物は触られることに対して嫌がる様子を見せず、じっとしていた。


「この子、ウチで飼おうかな?」


 三尾森さんはその生物を両手で持ち上げ、寝室へ運んだ。フローリングの床に下ろし、部屋の電気を点け、目を凝らしてじっくりと観察を始める。息がかかるほど顔を近づけ、生物の周りをぐるぐる回って特徴を見極める。


「へぇ、かわいいわりに鋭い爪してるね。まあネコもそんなもんか」


 その生物の足先には鋭利な爪が数本生えていた。これでマンションの壁を登ってきたのだろうか。


「君、ウチのペットになってよ?」

「ウン、ワカッタヨ」


 三尾森さんは裏声で生物の代わりに勝手に返事をして、ほぼ強制的にペットにしてしまった。


「よし、じゃあ、名前はマックスにしよう!」

「ヤッタ、イイナマエダネ!」


 三尾森さんにはこの生物について知りたいことがいっぱいだった。

 この生物は一体どういう種類で、何を食べるのか? 


 こうして三尾森さんのペットライフがスタートしたのだった。


     * * *

 

 このとき、クリーチャーたちから狙われない三尾森さんは知らなかった。

 マックスの正体はウイルスによって変異したノミであり、恐ろしく凶暴な本性を持つことを……。

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